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不死騎  作者: 槙原勇一郎
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無情の三日月

ヤンとシモンが統率する護国騎士団は奇妙な陣形で行軍していた。


陣形の全体的な形は三日月型で、決して行軍に向いているような形ではない。三日月型の一端の先頭にヤンが、もう一旦にはシモンが立ち、それぞれ半数ずつを統率している。カレンとレベッタはシモンが統率する側の、先頭からやや後方の軍中にあった。五名の騎士が二人の護衛についているが、いずれも戦闘能力よりも乗馬に優れた騎士たちで、いざという時に二人を連れて戦線を離れるための護衛である。と言っても、相手は不死鬼の馬であるから、どんな駿馬に乗っていようと追跡されれば逃亡が成功する可能性は低い。


さらに奇妙なことは、兵士の配置が極めて疎であることだ。二千の人数に対して、三日月の大きさは極めて広く、隙間が多かった。さらに、三騎ずつが一塊に集まっており、馬には二人ずつがまたがっていた。そぞれに騎手と、三騎中一騎には連発式の機械弓を持った射手が、それ以外の二騎には、ボーラと呼ばれる狩猟用の道具を持った者が乗っている。ボーラは金属製で両端に分銅の付いた鋼製の鎖である。これを振り回して遠心力を使い、獲物の足に向かって投げ、絡ませて転倒させることで獲物をとらえるのであった。


この作戦は、公国中央医局の伝染性吸血病対策室の内、生物学者を中心とするチームの研究成果が生かされていた。不死鬼の馬はこのチームの担当者によって創りだされたものである。カリス・クリステルの指示により、自ら生み出した悪しき研究成果への対応方法への研究を言い渡された彼らは、不死鬼馬の持つ決定的な弱点を見出したのである。




護国騎士団の役割は不死騎兵隊が攻城作戦中のルワーズ騎士団を背後から襲いかかる前に発見し、それを迎撃することにある。必ずしも敵を殲滅する必要はない。ルワーズ騎士団への被害を抑え、『大勝利させないこと』が作戦の目的であった。派手に勝利する必要は今回はないのである。


不死騎兵隊が攻城軍の三つの分隊のうち、どれを狙うのかは明白である。公国元帥自ら統率する本隊七千さえ叩けば、ノールトを守りきれるのだ。そして、千騎身未満の不死騎兵隊が七千の軍隊を撃退したとなれば、大きな戦果であり、新たなスポンサーを得るためのデモンストレーションとしても十分なものとなる。


だから、ヤンはウィレムが布陣した地点の後方数十キロの地点に布陣し、いつでも全力で騎馬隊が書けられるよう、低速で移動しながら、不死騎兵隊が現れるのを待っているのである。




「北北東の方向で合図!」


斥候の一人と思われる騎士が頭上に高々と火矢を打ち上げたのを見た伝令将校が大声で告げた。この日は晴天とまでは行かなくても、薄く雲に覆われた程度で視界は良好。ジェラルドの第二部隊がヨハネスに強襲を受けたときに比べれば遥かに条件は良かった。


「北北東に向い方向転換せよ!」

「北北東に向い方向転換っ!」


ヤンの叫び声を聞いた小隊長クラスの士官達が大声で復唱する。この方向転換は陣形を維持して旋回するのではなく、ヤンとシモンだけが走り、止まった地点を三日月の端点にするように、その場で陣形が変化して方向転換をなした。


「いよいよだっ!厳しい訓練の成果を見せよっ!」

「オーっ!」


ヤンの声に全軍が答える。が、傍から見ている者がいれば奇妙に思ったことであろう。陣形は先程の三日月の方向を変えただけのものだが、よく見れば個別の騎馬の向いている方向は、砂塵が上がった北北東ではなく、南南西。敵に尻を見せる形になっていた。ただし、馬の後輪に乗っている射手やボーラの使い手は、騎手と背中合わせに、馬の後方に向かって跨っていた。そのまま、敵とは逆の方向にゆっくりと進む。


「私が数えるのにあわせて、徐々に行軍速度を上げよっ!練習のとおりだっ!焦る必要はないっ!」


ヤンは北北東に見えた砂塵との距離を図りながら、大声で数え上げる。


「一ッ!」


馬の歩法が並足からだく足でに変わる。


「ニッ!」


今度はだくあしから駆け足に変わった。


「三っ!」


全速力となった。まだ、砂塵との距離は半キロメートルほどあるが、全速力になってからも、彼我の距離はどんどん縮み続ける。




不死騎兵隊は矢じり陣形で高速移動をしていた。不死鬼の移動速度は護国騎士団の駿馬の比ではない。それでも、最大の速力ではなかった。不死鬼の馬を全速力で走らせては、人間以上に長続きしない。抑え気味に走らせても、十分速いから、騎手たちは馬が本気では知らないよう、必死に制御していた。


先頭にいるのはバールーフ・グローティウスである。長大な槍をしごき、兜こそ被っていないが体は重厚なプレートアーマーをまとっていた。


「敵の布陣は密度が薄いっ!密集陣形のまま中央突破っ!一気に切り裂くっ!」


不死騎兵隊の士気は極めて高かった。その理由にはサスキアとマルガレータが関係している。


牛骨粉料理の製造体制はまだ完成していない。牛骨粉自体は備蓄できるほどの製造体制が出来上がっているが、料理については、未だ数十名程度分しか一回に提供出来ていない。そのことをバールーフが逆に利用することにしたのである。


不死騎達にとっては、金銭の恩賞などは意味を成さない。金銭によっては何も得られないのが彼らの境遇である。生殖能力を失った彼らには性欲も感じることはない。だが、食欲については、牛血粉料理によって満たすことができるようになったのである。


バールーフは手柄を立てたものが優先的に、調理された牛骨粉にありつけるようにするルールを設けたのだ。それが当たらなければ、水やワインに牛骨粉を溶かし込んだり、煮込んだだけのものにしかありつけない。人血のみをすするよりはマシだが、すでにほとんどの不死騎はサスキアの牛骨粉料理を食べたことがある。彼らが唯一満たすことのできる生理的欲求が士気を向上させた主な要因であった。



バールーフを先頭に不死騎兵隊が護国騎士団の移動する三日月型陣に突入していく。このあたりはかなり広大な平野で、遮蔽物は殆ど無い。不死騎兵隊の速力は騎馬の常識を超えたものではあるが、護国騎士団の騎馬隊は自らも移動している。相対的な位置関係の変化で言えば、どうにか戦術理論の常識の範囲内の速度となった。


不死騎兵隊は小細工なしに三日月の中心を貫くべく直進してくる。月の両端を結ぶ直線を超えた瞬間、護国騎士団の攻撃が一斉に始まった。



ビュンッ


豪雨のような風切音とともに無数のボーラが不死騎兵の軍勢に向かって放たれた。護国騎士団のボーラは通常のものより長めだが、ザーンでの訓練により、かなりの距離をある程度性格に投げることができるようになっていた。三日月型陣形の全体から放たれたボーラは様々な角度から、騎兵を強襲する。


上空から落ちてきたボーラは、馬の首や不死騎の胴体や、腕、武器に絡みついた。一人の不死騎の胴体に絡みついただけであれば、その異常筋力により鎖ごと引きちぎることができたが、騎馬隊は密集陣形をとっていた。一端は馬の首に、もう一端が別の馬に乗る不死騎の腕などに絡んだり、時にはボーラ同士が絡みついて、やはり、両端で別々の騎馬に絡みついたりする。


不死騎兵の正面に位置する者は低い段度で、騎馬の足元に向かってボーラを放っていた。多くは馬の前足に絡みつく。


不死騎兵隊は大混乱に陥った。理性を残しながら異常な筋力を維持する不死騎、はやり異常発達した筋力を誇り、視覚や聴覚を奪われることで、機会のごとく旗手の指示に従う不死騎馬。それが互いにその異常な筋力をもって足を引っ張り合う形となったのである。


二つの前足にボーラが絡まった不死騎馬はいとも簡単に両足が折れた。不意に武器や腕に絡みつかれその逆端が隣の不死騎馬の首に絡まってしまった不死鬼はバランスを崩して落馬する。


問題はその後であった。


不死騎馬の走力は通常の馬とは比較とならない。旗手の指示に的確に従うことができるが、逆に言えば、旗手が的確に操ることをできなければ、これほど危険な乗り物はなかった。不死鬼の身体能力は常人では及ぶべくもないものだが、反射神経や判断力はまちまちである。ほとんどの不死鬼は元々兵士などではなく、十分な乗馬の訓練など受けてはいないし、そもそも不死騎馬を駆ったことがあるものなどいないのだ。


突然、前方の騎馬が転倒したを見ても、後続の不死鬼はそれに反応することができなかった。高速で移動する不死騎馬がそのままの勢いで、転倒したり旗手を失って身動きが取れなくなった不死騎馬に突っ込む。わずか一瞬のことで、不死騎兵隊はその三分の一が落馬し、負傷した。


さらにそこに機械弓の乱射が襲う。連発式の機械弓はマウリッツ・スタンジェの考案によるものだが、同時に三発の弓を一瞬の間を置いて、連続十回まで放つことができる。一度、撃ちきったあとには、再装填に三十秒程度必要となるが、これ一台で普通の弓手数十人分の働きができる。もちろん、矢は対吸血鬼用の瀉血矢や対吸血鬼鏑矢である。


ボーラの襲撃の直後に大量に注がれた瀉血矢により、主に不死騎馬の体から大量の血液が放出された。不死鬼自身は鎧をまとっており、よほど当たり所の悪かった者以外は直接ダメージを受けていない。だが、精神的なダメージは著しかった。自分たちは不死鬼の血液を得ることで、無敵の超人になった思い込んでいたのである。だが、実際にはただの人間の軍隊に言いように手玉に取られたのだ。


半数ほどが、この惨事巻き込まれたところで、後続部隊はどうにか絶望的な突撃を押しとどめることができた。


一方で、先頭にいた不死騎ではただ一人、バールーフ・グローティウスだけは無事であった。彼は不死騎馬の扱いに熟達し、ボーラが飛んできた瞬間、馬体ごとそれらをかわし、長大な槍を頭上で回転させて、瀉血矢の雨も防ぎきって見せた。


だが、先頭に近い位置にいた者で、無事だったのは彼だけであった。気付けば護国騎士団の騎馬はそのままノールトの方向に向かって走り去っていた。不死騎馬の走力を持ってすれば、追いつくことは可能であるが、その前に、混乱を収拾し、部隊を再編しないことは身動きが取れなかった。


ヤン・エッシャーの見事な戦術にしてやられたのである。

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