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不死騎  作者: 槙原勇一郎
32/34

幼馴染

また、ずいぶんと間を開けてしまいました。

複数の連載を抱えている状態で再開ですので、

しょっちゅう更新できるわけではありませんが、

できるだけ間を開けないようにしたいと思いますので、

よろしくお願い致します。

ルワーズ騎士団及び対不死鬼軍兵団による一万七千の軍勢は三つのグループにわかれて、城塞都市ノールトを包囲した。


一つ目がディック・ファン・ブルームバーゲン護国騎士団第三部隊副隊長が指揮するルワーズ騎士団のうち傭兵を中心とした精鋭部隊、三千でノールトの北西に陣した。


二つ目が臨時に対不死鬼軍兵団長の称号を帯びたジェラルド・ファン・ハルスが指揮する対不死鬼軍兵団、六千で街の南西に布陣する。


最後が本隊で公国元帥ウィレム・ファン・バステンの指揮するルワーズ騎士団主力七千で、フリップ王国への商道を塞ぐ形で東の方向に布陣した。


それぞれ千人単位の部隊を周囲に散会させ、隙間なくとは言えないまでも、十分封鎖しているといえる程度に、兵員が配置されていた。


「よしっ・・・予定の時刻だっ!投石機を前へっ!」


 ウィレムの掛け声によって、部隊の前面に押し出されてきたのは、攻城用の巨大な投石機であった。今回のルワーズ騎士団招集と前後して、ウィレムの発案により大量生産されていたものだ。ただし、打ち出されるのは石ではない。


「発射準備っ!」


 投石機には石の代わりに巨大な革袋が装填される。中には干し草のようなものが入っており、さらに袋の口から火のついた松明が中に突っ込まれた。


「発射っ!」


 強力なバネを利用した仕掛けが一気に動き出す。投石機から放たれた袋は空中で燃え上がり、城壁を乗り越えて、ノールト市街に着弾した。着弾する直前、袋は敗れ、中身が周囲にぶちまけられる。


 失踪前のマウリッツ・スタンジェが考案した対吸血鬼攻城戦専用の兵器『臭気弾』である。臭気結界の材料を油を塗った革袋に大量に詰め込み、火種と共に投石機で城内に投げ入れる。指揮官である不死鬼達は、対臭気結界用のマスクを着用していることが予想されるが、一般の理性のない吸血鬼たちはそんなものをつけていられるはずがない。三つの部隊が同時にこれを行ったため、ノールト市街には臭気結界の数倍の濃度で煙が立ち込めた。


 この兵器の効果は臭気だけではない。煙が視界を奪う。不死鬼や吸血鬼は優れた視覚や嗅覚、聴覚を備えているが、そのうち二つを封じることができる。


 あとは聴覚だけであるが、戦場においては、様々な騒音が鳴り続ける。


 そもそもが吸血鬼は戦争に向いていないのだ。


 この作戦は、吸血鬼たちの動きを封じると同時に、城内を混乱させ、ロビー・マルダーとピーター・レインによる人質救出作戦に協力する目的もあった。ウィレムは臭気弾をケチるつもりは一切ない。野戦ではほとんど使い物にならない兵器なのだ。一定の間隔をおいて絶やすことなく、三方向から打ち込まれた。ディックもジェラルドも市内をくまなく臭気が覆うよう、計算ずくで投石機の射角調整していた。




「父上っ!吸血鬼は全て倉庫で寝かせました。煙が侵入しないよう目張りしております」


 マスクを着けているため、イエケリーヌの声はくぐもって聞き取りづらかった。


「うむ。我々は耐えていればいい。ヨハネスの不死騎兵が反転してくれば、寄せ集めの急造騎士団などすぐに崩れたつわっ!」

「はっ!」

「マスクを装着した操死鬼隊は?」

「指揮官の不死鬼と共に城壁の各所に配備しております」

「よし、今の臭気攻撃に関しては放置していてもかまわぬ。城壁や城門を攻撃してきたときには防戦が必要だ。操死鬼に弓を打たせて時間を稼ぎ、吸血鬼を起こして敵陣を強襲すれば、多少は抑えられよう。こちらは時間さえ稼げればそれでいい」


 フーゴーにしてはずいぶんと消極的な作戦ではある。この作戦自体は彼のものではなく、エドの考案したものであった。戦術面に関してはフーゴーもエド・フレイレの力を高く評価していた。自身がしてやられたヤン・ファン・バステンに対抗しうる軍師がいる以上、吸血兵と不死騎兵を要する彼らに負ける可能性などないと思われるのだ。


 だが、そのエド・フレイレは数日前から姿が見えない。元々、神出鬼没の男ではあるが、ヨハネスに付いて行った様子もなく、何処にいるのかはわからなかった。それが多少は不安とは言えなくもない。


「ファン・ドースブルフ卿・・・大丈夫なのか?」


 不安そうにビクビクしながら問いかけたのは、彼の主君に当たる人物であった。


「アルベルト殿下・・・何も心配ありませぬ。ファン・ビューレン将軍がルワーズ騎士団の背後を強襲しまする。奇襲を受ければ、あのような急造部隊、簡単に崩れ立ちましょう」

「そうか・・・うむ。安心したぞ・・・」


 とても安心したようには見えない様子であった。アルベルトは肥大した自尊心と被害者意識を持ち、なにより小心な人物であった。





「始まったようだな・・・」

「旦那・・・そろそろ行くぜ・・・」


 時刻はまだ昼間である。だが、吸血鬼相手の潜入工作となれば、昼間の方が有利なのは当たり前であった。さらに、今はルワーズ騎士団による臭気弾攻撃により、吸血鬼は眠らされ、煙幕の役割も果たしている。


 隠れ家に使っていた倉庫にいた二人は、予め検討した計画の通りに行動を開始する。すでに何度もサスキア達の軟禁されている教会には侵入を果たしていた。亡霊ロビーならではの芸当であったろう。


 呆れたピーター・レインは言ったものである。


「お前さんの手口がわかれば、今後の仕事に役立つかと思ったが、他の誰にもできそうもないから役に立たんな・・・」

「そりゃあ、そうだろうな。俺だけを追っていたあんたは、他の奴らを捕まえられなくなってるんじゃないか?」

「ふんっ!貴様の模倣犯はいくらでもいるが、手口がずさんだからすぐに区別がつく。そっちの方はちょろいもんだ」



 二人は街中に張り巡らされた地下水路を利用して移動している。これは、ロビーがアメルダムの護国騎士団本部を脱出した際、地方行政局の書庫に忍び込んで盗んだノールトに関する資料から知り得たものである。ノールトは小さな地方都市であるが、意外と歴史は長く、驚くほど古い時代に上下水道の設備を整えていた。このような情報はエド・フレイレと言えど持ち得てはいないだろうと思われた。





「ゴホッ・・・ゴホッ・・・さ、サスキア・・:これなんだろう・・・」

「ゴホッ・・・多分、攻城戦が始まったんだと思う・・・煙も匂いもずっと濃いけど、これって臭気結界と同じ匂いよね・・・」


 サスキアとマルガレータは相変わらず、州府庁舎近くの小さな教会に軟禁されていた。吸血鬼を寝かせている倉庫などの建物と違い、この教会には目張りがされていないため、室内まで濃い煙が立ち込めてきたのである。


「これって、私たちにとってはいいことなのかな?私たちって一応人質よね・・・」


 少し煙に慣れたのか、どうにか咳が落ち着いてきたマルガレータは不安そうにサスキアに訊いた。


「うーん、戦闘が始まったからって、私たちを殺したりする理由はないわ・・・そこはエドを信用していいと思う・・・」

「でも、戦闘が本格化したら吸血鬼たちがこのあたりでも暴れるかも・・・」

「それはないとは言えないけど・・・この臭気だってずっと続くわけじゃないだろうし・・・」

「あぁ・・・短い人生だったな・・・最後に大きい仕事ができたのはいいけど・・・ピーテルに・・・会いたい・・・」


 マルガレータの言葉の前半はため息混じりであったが、後半は涙声になっていた。


「マルガレータ・・・大丈夫。ヤンが何も考えていないはずはないわ・・・」

「そのとおりさ・・・」

「えっ!?」


 いつの間にか、二人の前にはエド・フレイレが立っていた。ここ数日は牛骨粉料理の試食会にも参加していなかった男が静かに佇んでいた。


「君たち二人を迎えにこの街に潜入してきた者がいる。人質の救出作戦を行っているのだろう。攻城戦の混乱に乗じて、君等を救出するつもりだ・・・」

「では・・・場所を移すのですか?それとも・・・」


 サスキアの声は冷たかった。『エドを信用してもいい』と言っていた割にはサスキアの視線と声は冷たい。サスキアは嘘を言っていたわけではない。エドが無用に自分たちを傷つけることなど、ありないと思っている。だが、彼に対する感情は単純ならざるもので、サスキアにも整理が付かず、そのためにこのような反応となってしまった。


 だが、エド自身はサスキアの様子など気に留めていない。


「二人に対する我々の用はすでに済んでいる。ここには普通の人間用の食料も十分にはないから、彼らと一緒にお帰りいただこう」


 マルガレータはわけがわからないとサスキアに視線を向けたが、サスキアは驚かなかった。牛骨粉の製法などはともかくとして、エドには特に自分たちを人質として利用するつもりはなかったのだ。サスキアは知らないが、実際に人質として利用しようなどと考えていたのはイエケリーヌぐらいのもので、根が古い武人の体質であるフーゴーなどはそんな作戦は絶対裁可しないし、ヨハネスもそのような作戦は好まない。


 そもそもが彼らの目的は吸血鬼や不死鬼の軍隊のデモンストレーションであって、人質を盾にして戦闘に勝ったところで目的は達成できないのである。


「ついてきてくれ。侵入者のところまで案内する」

「そうですか・・・」

「おかげで牛血粉の生産は可能になったし、君が作るものには及ぶべくもないが、この先は多少は人間らしい料理を口にできる。感謝する」

「いえ、私たちは医師と看護士。その役割を果たしただけです」

「そうか・・・」


 一瞬、エドの顔に浮かんだ表情は、友達に裏切られて傷付いた幼い子供の泣き顔のようであった。だが、サスキアはその泣き顔をあえて無視した。彼の案内に従い二人は教会の敷地内から地下水道へとつながる入り口を降りていった。




 ロビーは地下水路に自分とピーター以外の何者かの気配に気づいた。ほとんど遅れることなくピーターも気づく。二人は無言で同時に身構えた。地下水路には逃げ道など存在しない。操死鬼ならともかく、吸血鬼や不死鬼が相手では戦って勝てるとは限らないが、今から引き返すことなどできなかった。


「そう構える必要はない。君たちの目的の人物を連れてきた。安心して連れ帰ってくれ」


 自分には不要なはずのランタンをかざしてエドが現れた。


「・・・あんたは?」

「不死鬼軍軍師エド・フレイレ・・・」


 ロビーとピーターはエドと名乗った男の後ろにサスキアとマルガレータがいることも確認した。だが、罠である可能性は否定出来ない。二人共臨戦態勢は崩さなかった。


「エッシャー先生が言っていたな。エド・フレイレは人質を救出する者が現れるのを待っていると・・・」

「ああ、そのとおりだ。奴は昔から気が合う・・・」


 冗談とも取れない口調だった。


「二人共大切に預っていた。私としては幼馴染とも旧交を暖めることができたし、不死鬼たちは久々に人間らしい料理を口にできて感謝している。今は北門のあたりは戦闘もないし、警備も手薄だ。君たちなら容易に脱出できるだろう・・・」


 エドに促され、サスキアとマルガレータはロビーとピーターの元に歩み寄った。


「ろ、ロビーさん・・・」

「ああ、エッシャー先生に頼んで出しゃばらせてもらった。あの、ちんちくりんの坊主も足は引きずることになったが、命には別状はないそうだ」


 マルガレータの顔がぱっと明るくなった。マルガレータが一番知りたいであろうことをすぐに教えてやったのだ。


「そうか・・・君がロビー・マルダー、通称亡霊(ファントム)ロビーか・・・」

「そうさ。吸血鬼のなりそこねのこそ泥さ・・・」

「私には君のようになることはできそうもない。だが、吸血鬼が人間らしく生きれるというのなら、君がそうなれることを私も祈ろう・・・」

「あんただって、望めば今からでもそうなれるんじゃないか?」


 ロビーは油断なく身構えたままそう言った。眼前の不死鬼にはそれほど危険性は感じられない。ヤン同様、武人としての芯の強さと高い知性は感じられるが、どこか儚げな印象を受けていた。


「ああ、私がそう望んでいないだけだ」

「・・・・・・」


 五人のいる空間に沈黙が流れた。


 程なくして声を発したのはまたエドだった。


「サスキア、君の料理はうまかった。ヤンにあったらよろしく伝えてくれ」


 奇妙な話であった。戦っている当の本人によろしく伝えてくれというのであるから。だが、サスキアには理解できていた。大人になっても不本意にも不死鬼として生きていても、エド・フレイレは殆ど変わっていないのだ。ヤンとサスキアの幼馴染のエドは、ヤンとは違った意味で不器用な少年だった。


「エド・・・一つだけ言っておきたいことがあるの・・・」

「何だい?」


 思いつめたサスキアの声に、なぜか全員が緊張していた。皆知っている。サスキアの言葉は時として公国の重臣のみならず国公自身をも看過することがあるのだ。目の前にいる幼馴染であるエドという男にも、何らか変化をもたらすことがあるかもしれない。


「あなたは・・・あなたはヤンに勝てない」


 大きな声ではない。だが、強い意志はこもっていた。戦争をやめろとか、昔のように戻りたいということばではなく、厳しい言葉突きつけたのは彼女でなければ意外なことであったろう。


「ああ、君がそう信じていることは知っている」

「信じているのではなく、知っているわ。あなたは決してヤンに勝てない」

「それもわかっている。俺には誰もいないが、ヤンには君がついているからな」

「私だけではないわ。ヤンにはウィレム様も、シルヴィア様も、マウリッツ様も、護国騎士団の皆さんや公国中央医局のみなさん、他にもいろんな方々がついている。ヤンの言葉に耳を傾け、ヤンと共に戦おうという人たちが・・・」

「ああ、私の不死鬼軍とは違う。だが、私はヤンと戦う。戦うからには勝つ。誰が奴に味方しようと、私は勝つつもりだ」


 エドの言葉には多少は自重の陰りが見られた。だが、サスキアの言葉と同様、強い意志がこめられており、サスキアの言葉で翻意することなどありえそうもなかった。他の者の予想とは違い、サスキア自身も自分の言葉でエドを説得しようとしていたわけではなかった。


「サスキア・・・悪いが君は私の看護婦ではないし、ヤンも私にとって医師ではない。君たちがそう思うのは勝手だが」

「憎い仇敵だとでも言うの?」


 エドはサスキアの言葉には答えなかった。代わりに、淋しげな笑顔を浮かべてから、背中を向けて元きた道を歩き始めた。これが、幼馴染との別れの儀式であった。

ノールトでの攻防戦はこれからが本番です。

次回辺りには久々に本格的な戦闘シーンも出てきます。


並行連載中の、「ヴェスタラ戦記」「Kらぼ」「ルワーズ公国異才伝~不死騎外伝~」「琴似物語」もよろしくお願い致します。


感想、ご評価をよろしくお願いいたします。

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