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不死騎  作者: 槙原勇一郎
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決戦前夜

「思っていたより容易く侵入できたな・・・」


小声で話しかけてきたのはピーター・レインである。ロビー・マルダーは真面目にやはり小声で答えた。


「元々、警備らしい警備は少数の不死騎だけだ。前に入った時も城内への侵入は難しくはなかったけどな。その警備の不死鬼も前よりずっと少ない。エッシャー先生の予想通り、不死騎隊は事前に場外に出ているんじゃねぇかな・・・」

「だろうな。いくらなんでも人数が少なすぎる・・・」

「これ以上ないほどトンマな操死鬼だけだからな。まともに見つからない限り危険なことはないさ」


二人はノールトの城壁をロープを使って侵入した。城壁の設計にミスがあり、見張り台などからは見えない位置に侵入可能な経路があるのだ。露骨に目の前にでも現れない限り、操死鬼は警告を発したりはしない。潜入工作のエキスパートと言える二人にとって、城内に忍び込むことは拍子抜けするほど簡単なことであった。


ノールトは小なりと言えども一つの都市である。城壁を越えて市内に潜伏してしまえば、いくらでも隠れるところはあった。吸血鬼はほとんど眠らされているし、仮に不死鬼が全員残っていたとしても、市内全域をカバーできるほどの警備の人数は用意できない。


二人は外れの方にある商家の倉庫に潜伏した。半月ほどはそこで潜むことが可能な準備もすでにできている。ここで、戦闘が始まるのを待って、教会からサスキアとマルガレータの二人を救出しようと言うのである。単に潜伏しているだけなら容易いが、確実に不死鬼が警備をしているであろう、人質のいる教会の様子を伺うのはやはり命がけである。それでも、二人はこの工作に自信を持っていた。何より出発前にヤンはある予測を立てていた。


「エド・フレイレならもう気づいていることでしょう。牛骨粉の製法さえ聞き出せれば二人は用済みです。だからと言って二人を殺すようなマネは彼はしない。周囲にはそう考える者もいるでしょうが、エドは決してそれをさせないでしょう。護国騎士団本部での事件ですでに理解しているはずです。無用に非道を行えば、その分だけこちらの士気が上がるということは。ですから、実は彼はお二人によって、人質が救出されることを待っているようなものです」


首謀者の一人が人質の救出を待っているというのは信じがたい話であるが、ヤンでさえ一目を置くほどの油断ならぬ男が、こんな甘い警備を放置しているというのは、そんな理由でもなければ納得がいかなかった。


二人は攻城戦が始まるまでの間、交互に教会の様子を観察しに出かけた。周辺の警備の様子と内部の状況がつぶさにわかるほどの情報を彼らは発見されることもなく、手にいれていったのであった。




時は少しだけ遡る。ウィレムの激励で対不死鬼軍連合騎士団がザーンを出発する前日、護国騎士団支部の司令部では複数の男たちが困惑していた。司令部には二名の女性もいる。特別事務官の肩書きで連合騎士団の一員となっているカレン・ファン・ハルスと保安兵団の捜査官レベッカ・ローレンツである。


ヤンもウィレムもカレンはザーンに残し、補給や捕虜が出た場合のアメルダムへの護送の手続き等、事務面を統括してもらおうと考えていたのだが、本人が頑なに護国騎士団に同行することを希望したのだ。


「カレンさん!護国騎士団は野戦で不死騎隊と戦うことになりす。軍中にあろうと後方にいようと野戦では何がおこるかわかりませんっ!非戦闘員の同行など許可できるようなところでは・・・」


当然のごとく反対したヤンだが、言葉の後半は尻すぼみに声が小さくなった。カレンの頑なな表情から何かよほど考えてのことであることが伺えたからだ。


「何故です?」


聞いたのはシモンだった。なんとなくわかっているのは、カレンの父親が不死鬼として亡くなったことと関係あるだろうということだ。


「私は非戦闘員としていくのではありません。女のすることですから武術とは言い難いかもしれませんが、これでも弓術には多少の心得はあります。元帥閣下にはお話したことがありますが、乗馬も得意です」

「相手は不死鬼です。生半な武術など通用しません」

「護国騎士団の方々であっても、全員がシモンさんのような武術の達人というわけではないのではありませんか?それでも勝てるようにエッシャー先生は戦術を練っておられるはずです」

「それはそうですが・・・とにかく理由をおっしゃってください。理由がわからなければそんなことは許可できません。あなたは事務官として従軍しています。戦闘行為は本来の任務ではありません」


珍しくヤンは困惑していた。カレンとの付き合いは長い。だが知り合ってから五年の間にここまで頑固な様子のカレンを見たことはなかった。


「すでにサスキアさんとマルガレータさんは戦闘に巻き込まれています。ザーンにいても戦闘に無関係で入れるとは限りません」

「理由になってないぞ」


言葉を遮ったのは兄であるジェラルドだった。


「言いたいことははっきり言ったほうがいい。本音を隠すのはお前には似合わん」


ジェラルドにはカレンの考えがすでに分かっていた。カレンはヤンとシモンのことを考えているのだ。それぞれに、エド・フレイレとヨハネス・ファン・ビューレンという親しい人物が敵の中枢にある。ヨハネスは確実に不死騎隊を率いて護国騎士団に当たってくる。何ができるというわけでもないだろうが、放っておけない気持ちになったのだ。


「お兄様は先日のザーンの攻防戦の時に、お父様の敵討ちを口にしたと聞いてますわ」

「お前もそうだというのか?」


違うことなどわかっている。だが、妹の意外な頑固さについてはジェラルドはわかっていた。


「護国騎士団の戦いは総力戦だ。戦場には安全な場所など一切ないぞ」

「覚悟はできてます・・・それに・・・」


カレンはシモンを見た。正面から顔を見上げるようにして言う。


「守ってくださいますよね?」


ジェラルドはすべてを理解した。カレンの目的はシモンにヨハネスを殺させないことなのだ。自分を守るという義務感を与えることで、ヨハネスを倒すという考えに固執することを抑えようと考えているのだ。


「シモン隊長!申し訳ない、手間のかかる娘だがあなたにお願いしてもいいだろうか?」

「ジェラルド?」


ヤンは驚いた。すでにジェラルドはカレンが護国騎士団に同行することを認めている。


「こいつのわがままはちょっとやそっとではやめない。時間を使うだけ無駄だ。私としてはシモン隊長が守ってくれるというのであれば、それ以上の安全はないと思う。それでなにかあるならしかたない・・・」

「仕方ないで済まされる問題では・・・」

「いや、自分から言い出したことだ。命を掛けるというならそれも本人次第。それがファン・ハルス家の家訓でね」


シモンが一歩進み出た。


「ファン・ハルス伯、承知いたしました。妹君をお預かりいたします。必ず無事のお返しいたしますのでご安心ください」

「お願いします」


シモンは別のことを考えていた。カレンは父親のことを考えているのだろうと。父親同様不死鬼となった者達の行く末を知りたいと考えてのことだと思ったのだ。当たらずとも遠からずなのだが、ことの真相に辿りつけていないのは、本来音が純朴な武人であるが故であろう。


「では、私も護国騎士団の方へ参りたいと存じます」

「レベッカさん?」

「シモン隊長がついていると言っても、軍の指揮を取るために陣頭に立たねばならないはず。カレン様のそばには常に私がいるようにいたします」


レベッカの提案も皆を驚かせた。ただし、ピーターとロビーだけは意外そうな顔をしなかった。


「まあ、彼女であれば別に不死鬼とまともに戦おうと言うわけではないでしょうし、身を守ることぐらいはできますよ。逃げ足の速さは保安兵団でもトップクラス。なにせ私の助手ですからな」


ピーターはむしろ勧める側に回ることにした。実際、カレンの護衛役としては最も適任であった。



こうして、二名の女性が、ヤンとシモンの指揮する対不死騎兵部隊に同行することになったのである。

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