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不死騎  作者: 槙原勇一郎
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行方不明

ヤンはできるだけガツガツしないように、しかし、少々急いで昼食を口に運んだ。忙しい中で食べるので、いつも軽めのメニューになる。ライ麦パン、チーズ、鱒の燻製、野菜の入ったスープ。毎朝近所のおかみさんが作ってくれたものを、カスペルが切り分けたり、温めなおしたりしたものだ。


カスペルは自室で食事を取っているが、ヤンは食べながら客の話を聞くことになった。


「あらためて名乗らせていただきます。私は護国騎士団第三部隊長、カレル・パルケレンネ、こちらは副隊長シモン・コールハースです。我が隊は目下のところ、ゼーラント州で発生した失踪事件の捜査を担当しております」

「・・・地方の事件の捜査は保安兵団の担当ではありませんか?」


ヤンはあわてて口に詰め込んだ食事を飲み込んでから、尋ねた。


戦争中は主力部隊として最前線で戦うのが護国騎士団の役割であるが、平時はまた別の任務を負っている。しかし、護国騎士団の担当は国を揺るがすような大規模な反乱を未然に防ぐことと、外国に関する情報の収集や工作活動である。国内の治安維持、犯罪捜査などは保安兵団の仕事だ。


騎士団は元々騎士階級以上の身分の者を中心に、五千人程度で編成され、千名程度の部隊に分かれている。対して兵団は主に平民の志願者によって編成されているが、1万人前後と騎士団の倍近い規模となる。保安兵団は公国全土に支部を持つ、国内でも最大の兵団である。


「今回の事件につきましては、国家の存続に関わると言う判断から、我々が担当することとなりました」

「存続に関わる・・・穏やかではありませんね・・・」

「はい。穏やかではありません。そこで、エッシャー先生のご協力を仰ぎたいのです」


丁寧な物腰と言葉遣いが、話の深刻さを演出しているように思えた。ヤンには、わざわざ僻地まで犯罪捜査への協力要請に自分を訪ねてくるとすれば、理由は予想が付く。それは、確かに国家の存続に関わる話なのだ。協力を拒むことなどもとより不可能だが、それほどやる気を見せてやる気もしない。


「あの病がまた流行始めたと言うことですか・・・」


カレルと名乗る騎士の反応は意外なものだった。


「それがまだわからないのです」

「・・・どういう事ですか?わからないとは・・・」

「患者の目撃証言がないのです」

「それでは事件にもならないのでは・・・」


少しだけ、苛立ちながらも、口をつぐんだ。いちいち突っかかっていては話が進まない。まずは、十分に説明を聞くことにしなければ。


「順をおって説明させて頂きます」


そう行ったのはカレルではなく、シモンと紹介された副隊長の方だった。


「一ヶ月ほど前、ゼーラント州ドレンテ村の全住民数百名あまりが忽然と姿を消しました」


ゼーラント州はケテル村のあるドルテレヒト州の隣だが、ドレンテ村はドルテレヒト州の逆側の端にあり、陸路で直接フリップ王国に隣接する国境の村だ。ケテル村と違い、十年前の戦場と近かったこともあって、甚大な被害を受けたが、その後は村人の努力によって、どうにか戦前に近い水準まで復興したとヤンは聞いていた。


「たまたま通りかかったメディサラ国のキャラバンが不審に思い、州都ノールトの保安兵団支部に届け出たのです。生活の跡もそのままに、すべての村人が忽然と消え去っていたとのことでした」


一息ついてからまた説明が続く。


「保安兵団はすぐさま調査官を派遣しましたが、まさしく人っ子一人いない状況だったとのことです。ただ、一つ一つの家屋を調べると、争った跡や納屋や物置に隠れた者がいた形跡があり、村人が全員が自らの意思で行方を絶ったとは考えられません。同時期に我々護国騎士団はステーン湖対岸、フリップ王国側での異変について調査を進めているところでした。フリップ王国領内の複数の村で同様に村人全員が忽然と姿を消すと言う事件が発生していたのです」


「つまり、ルワーズ公国とフリップ王国の国境地帯において、数百名単位の集団失踪事件が発生していると言うことですか・・・」

「既に二千名を越しております」

「ここに来られたと言うことは、わからないとおっしゃっても私の専門に関連することが原因と推測されているのだと思いますが、その根拠は?」


ヤン・エッシャーは若くして十年前の戦争末期に流行したある病の権威である。一般に知られてはいないが、片田舎の村で小さな診療所を営む境遇であっても、公国政府からの呼び出しが年に数回はある。だが、直接騎士団の隊長クラスが尋ねてくるというのは珍しい事態であった。いつもは軍隊ではなく医局から呼び出しがほとんどである。


「はっきりしたものではありません。ただ、最初の方に失踪事件があった村では、大量の蝙蝠の糞が発見されています。公国中央医局長の分析の結果、病原であるドルテレヒト蝙蝠のものであるという確証を得ております」

「マウリッツ・スタンジェの分析なら間違いないでしょうね」

「兄弟弟子でしたな。スタンジェ局長とは」


そう受けたのはカレルの方である。


「もう一つ、どういう関係があるかはわかっておりませんが、村の中にはまるで軍隊が行軍したかのような、整然と並んだ大量の足跡が発見されております。また、戦地であった地域の村々からは、戦没者遺品として保管されていた武器や鎧が大量になくなっておりました」

「確かに、よくわからないですね。しかし、マウリッツが既に関わっているのならば、わざわざ私を訪ねてくる必要もないと思いますが?」


兄弟子であるマウリッツ・スタンジェとはしばらく会ってはいないが、ドルテレヒト蝙蝠を感染源とする病の専門家としては、自分にまったく劣るものではない。地位の高さから行っても、まず、彼が問題に対応するのが当然であった。


「スタンジェ局長は行方不明です」

「えっ・・・?」

「ドルテレヒト蝙蝠の糞を分析され、報告書を提出された直後から行方がわからないのです。スタンジェ局長だけではありません。ヨアヒム・カイパー博士の行方もわからないのです」

「博士まで・・・」


ヨアヒム・カイパーはルワーズ公国医学会の重鎮で、ヤンとマウリッツの師にあたる。変わり者で、戦後の大流行に際し、その対策に尽力した後、公国中央医局長への就任を依頼されたものの、一番弟子のマウリッツを推薦し、自分は公国首都アメルダムで一町医者として生計を立てながら、独自の研究にのめり込んでいた。


「しかし、マウリッツはともかく、カイパー博士が行方をくらますことなど日常茶飯事ですね。マウリッツもまあ地位の重要性を考えれば無責任この上ないでしょうが、博士に無理やり研究につき合わされているのかもしれません」

「確かにそういうこともあるかもしれません。しかし、今は緊急ですので・・・」


ヤンは少し考えてからしぶしぶと言ったていで結論を出した。


「わかりました。とりあえず何が出来るかはわかりませんが、博士かマウリッツが現れるまではご協力させていただきます。中央医局からこの地域の代理の医師は派遣して頂けますね?」

「ありがとうございます。代理の医師は明日にも到着することになりましょう。夕方にお迎えにあがります。詳しい状況の説明はアメルダムまでの移動中にお話いたしましょう」


ヤンは近隣で唯一の正式な資格を持つ医師である。診療所はヤンが個人で営んでいるが、この地域全体の医療に責任を持つ立場にあり、中央医局からの支援も受けている。他の過疎地域では、居住する医師がいない場合、中央医局から若い医師が派遣されることになっているので、ヤンは中央医局の仕事を委託されていると言う形になる。自分が中央医局と関連した仕事で留守にするのなら、代理を派遣してくれるのが当たり前だった。


「ずいぶん急な話ですね。が、了解いたしました。・・・カスペルっ!」


隣室から医生が現れる。口元に食べかすが付いているのに自分で気付き、あわててハンカチで口元を拭った。


「しばらく留守にする。アメルダムまで行くから、旅の支度を手伝ってくれ。代理の先生は明日中には到着するそうだから、いつもどおり患者の引継ぎと助手を頼む」


これほど緊急ではないにしろ、中央医局からの呼び出しは年に何度かあるので、カスペルはは慣れていた。返事をしたあと、すぐに旅行用カバンを取りに部屋を走り出す。


それを見送ってから、カレルは席を立って述べた。


「それでは、一度失礼いたします。私は一足早くアメルダムに戻りますが、シモンが同行することになりますので、質問などがございましたら、道中でお聞きください」


そう言い残し、挨拶もそこそこに二人の騎士は辞去していった。ヤンは小さくため息をついてから、旅の準備をするために自室に向かっていった。


「いやな予感は良くあたるが・・・まだまだ序の口の気もするな・・・」


口の中で罵りながら苦笑い浮かべていた。

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