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不死騎  作者: 槙原勇一郎
23/34

祝勝会

ケテル村奪還の報はその翌日の朝にはアメルダムにも届いた。さすがのウィレムでも舌を巻く電光石火の作戦であった、公国元帥である兄は弟のことを激賞した。


「たった二日!たった二日で五千の吸血兵が全滅かっ!しかも、こちらの被害は軽微。不死鬼軍の連中がちょっとだけ気の毒に思えてきたぜっ!十年前だってそんなハイペースじゃなかった」


そう言って、祝杯を挙げるべく、今晩は戦勝パーティだと騒ぐウィレムを尻目に、カリスは大忙しであった。酒豪と酒乱は同じベクトルを向くとは限らないらしい。カリスはマージンをはじめとする数名の不死鬼軍の部隊長や、ノップラー副隊長の受け入れ態勢を作らねばならない。


どう考えても、今のロビー・マルダー治療チームでは人数が足りないため、マルガレータの下に人員を増やすことにしたが、まだ二十代半ばの若い娘に多くの部下をつけるのは無理がある。カリスは一計を案じた。公国医学院の学生、それも女性ばかりを彼女の下につけたのである。もちろん、成績優秀な者ばかりで、人物についてもカリス自らが鑑定した娘たちであった。彼女たちの経験不足を補うのは、クリステル財団総合診療所から派遣してもらった女医たちで、こちらは長いこと院長としてカリスを上に頂いていたせいで、若い医師が上に立つことには抵抗がない。


さらに、やはりクリステル財団総合診療所からは十数名の看護婦も派遣された。彼女たちはサスキアの下につくことになる。元々、サスキアは総合診療所の看護婦で、もう少し長くいれば、若くして総婦長になっていてもおかしくなかった。これもまた無理のない人事である。


ロビー・マルダーの場合と違い、不死鬼軍の部隊長であったものについては、反逆罪に問われる身であるので、当面は患者であると同時に囚人である。また、ロビーやノップラーのように怪我をしているわけでもなく、荒んだ前歴の持ち主ばかりで一応の警戒は必要であることから、保安兵団から監視の要員も派遣されることとなった。それと同時に、カレンが率いる社会復帰プログラムの実施チームが希望や身の上を聞き取り、反乱終結後の生活についての準備も始めることとなる。


国公ジェローン・ルワーズはヤンの求めに応じ、心ならず不死鬼軍に加わった者への特赦を即断した。反乱終結後と言うことで、当面は身柄を拘束されるが、その間に、筋力異常発達やその他の症状を抑える処置を行うので、これはほとんど無罪とする判断である。当然、閣僚の中からは反対意見も出たが、ジェローンは語気を強めて言ってのけた。


「彼らを捕らえたのはヤン・ファン・バステンであり、彼らを常人並みにする方法を考えたのはヤン・エッシャーである。この処置を決められる者は他にいるかっ?!」


もちろん、ヤン・ファン・バステンとヤン・エッシャーは同一人物である。誰もがヤンの武勲と医師としての実績の巨大さから、これにはまったく反論できなかった。護国騎士団、公国中央医局、保安兵団以外の者たちは、この件について何も出来てないのである。かろうじて、国務府の関係者であるシルヴィア・ファン・バステンとカレン・ファン・ハルスが動いているだけで、この二人は完全にヤンの案に賛成であったから、例えば国務卿ベルト・ファン・レオニーと言えど口を挟む余地はなかった。もっとも、この件については意外なことに、ファン・レオニーは反対意見を述べていない。


社会復帰プログラムについては、何せまったく新しい試みであるから、敏腕のシルヴィアといえども手探り状態である。カレンが考えていた以上に優秀で、細やかな心配りを見せてこの件に対応しているが、それでも、心もとないところはあった。ところが、ファン・レオニーはこの件についてずいぶんと協力的で、経験豊かな人材を供給し、社会復帰プログラムの実施チームは優秀なスタッフで陣容を固めることができたのである。シルヴィアはアメルダムでの行政経験のないカレンが、ファン・レオニーの貸し出したスタッフを使いこなせるかも多少は心配したのだが、彼らはカレンにきわめて従順で、彼女を崇拝すらしていた。カレンの完璧な貴婦人としての教養の高さと、美貌がすべてをよい方向に向かわせたらしい。




アメルダムでの戦勝パーティは護国騎士団だけの話ではなくなっていた。これは、国家の危機に対する最初の明確な勝利であった。ウィレムやリートフェルトが吸血軍を撃退したのとはまったく意味が違う。リートフェルトも千人の吸血鬼を全滅させたが、敵の拠点を制圧したのではなく、ノールトを放棄した際に発生した戦闘であった。


戦勝パーティはアメルダムの全市民に対してワインが提供され、多くの出店が出る形で、首都全体が会場となって行われた。もちろん、公国政府の首脳たちは宮廷のパーティ会場に集まった。これには、護国騎士団本部で対策に動いている中心人物も招かれた。公国元帥であるウィレムや、閣僚に順ずる参事官、非常勤顧問の職にあるシルヴィアやカリスに加え、特別監察官であり今後の社会復帰プログラムの実施責任者であるカレン、城塞都市への全国民の収容という大事業を計画しやってのけたピーテル・ブルーナや、吸血鬼治療チームの責任者であるマルガレータまで呼ばれたのである。さらに、今回の勝利の立役者である護国騎士団長代理ヤン・ファン・バステンの代理の名目で、その婚約者サスキア・ウテワールまで招かれたが、これはどうも国公ジェローンの好奇心からのようであった。


「いやあ、これはこれは、あの奥手そうなエッシャー先生も意外にやるね。これほどお美しい方とご婚約されるとは」

「あら、陛下、たとえ公国の第一人者たる国公陛下と言えど、他人の婚約者に手を出すようなことがあれば、殺されても文句はいえませんわよ」

「ははは、まあ、何せこれだけの武勲を挙げたヤン・ファン・バステン殿だ。とてもとても手はだせないね」


国公は他国の国王ほどにお高くとまることはない。特にジェローンはかしこまった振る舞いが嫌いであった。出来ることなら、一般市民と同様に街を自由に歩いて、さまざまな人々と交流したいと考えているし、現にしょっちゅう微行に出ている。パーティの席でも、会話は無礼講であった。頭の古い貴族たちは相変わらず堅苦しい口調で話しかけてくるのだが、シルヴィアやウィレムが気軽に話しているのをとがめだてすることはない。すでに、ファン・バステン家が公国政府の実質的な責任者となるであろうことを、閣僚たちは確信していたのである。


ジェローンはきわめて上機嫌であった。実を言えばジェローンは不死鬼軍事件が実際に国家を覆すほどの大事件にはならないことを確信している。それだけ、ヤンやウィレム、シルヴィアなど解決に当たる者たちを信用していると言うのもあるのだが、ヤン自身がひそかに書簡で述べたとおり、実際のところ吸血鬼の軍などナンセンスであると彼自身が考えていたからであった。


むしろ、ジェローンはこの事件をきっかけに、公国の旧体制を一掃し、さまざまな意味で、本当の「ルワーズ独立公国」の建国に乗り出すことを考えている。この十年、あいまいなままのフリップ、インテグラ両王国との臣従関係を完全に解消し、女性の社会進出をさらに促進し、貴族中心の政治の世界に平民の力を取り入れて、より自由で闊達な社会を作り上げることが若い君主の夢であった。


今度はジェローンはカレンに話しかけた。シルヴィアは一瞬何かを期待するような顔をする。シルヴィアとしては、フリップ、インテグラ両王国との関係がはっきりとしたなら、次は国公ジェローンの結婚を考えねばならないと思っている。一国の君主が三十まで独身というのはあまり格好のいい話ではない。まるで、この国の晩婚化という問題を象徴しているかのようである。国際的な問題にさえならないのなら、すぐにでも結婚相手を探したいところなのだ。


「あなたが、ファン・ハルス伯の妹君ですね。シルヴィア殿から聞きました。不死鬼の社会復帰プログラムの実施に大変尽力されているとか。優秀な行政手腕もお持ちとのこと。まさしく才色兼備。あなたのような方がアメルダムに来てくれて大変うれしく思います」


ジェローンと言う若者の言葉には過剰な装飾はないが、他人が言えばいやみに聞こえるようなほめ言葉をごく自然にさらりと言ってのけるところがある。決して軽薄な男でもない。恋愛については、いろんな事情からあまりおおっぴらにはなってはいないが、年齢相応程度の経験はある。ヤンやシモンなどに比べればはるかにましで、事情さえ許せばとっくに結婚していたことであろう。ただし、カレンに対してはこれだけのほめ言葉を並べながらも、異性として意識してのものではないようであった。ジェローンは他人の心持について実に勘のいい男であり、カレンの表情から何かを感じ取ったようである。


「お褒め頂いて大変恐縮でございます。非力ながら出来る限りの努力をさせていただきますわ」


まったく臆することなく、完璧な礼節を保って返答するところはさすがであった。


「あなたの兄上にも是非一度お目にかかりたい。機会がありましたら、是非宮廷にお越しいただいて、いろいろとお話をさせていただきたいのです。ザーンではエッシャー殿の要請に応じて、第二部隊長の代理を臨時に勤めていただいているとか。自治領での行政手腕や水産物の取引での成功も聞いております。そのように文武両道、多彩な才能のお持ちの方には公国の行政にもぜひ参加していただきたいのです」

「兄は国境地帯での田舎暮らしがとても気に入っておりまして、そのあたりがエッシャー先生とよく気があう理由なのですけれど、今回の件が落ち着いたらアメルダムに顔を出すように伝えておきますわ」

「是非、お願いします。まあ、エッシャー殿もそうですが、都会での生活や宮仕えに気が向かない方に無理を言うつもりはありません。非常時だけでもご協力いただければ大変ありがたいのでね」


身分の高い人物とでも、このようにすらすらと会話を出来るのは、普段からこういう場に慣れていて、自身も上流階級に属するウィレム、シルヴィア、カレン、カリスぐらいのもので、ピテールや、マルガレータなどは緊張のしっぱなしであった。ジェローンは、不死鬼の社会復帰につながる提案を最初に述べたと言うマルガレータにも強い興味を持っていた。ただし、彼女も婚約中であることは先にシルヴィアから聞いている。


「バレンツ主任研究員、あなたは本当に大事なことを私たちに気づかせてくれたのだと思います。不死鬼や吸血鬼と言う存在を恐れるだけでなく、公国の民であると言うことを教えてくれた。研究者としても大変優秀だとカリス殿から伺っております。今後とも是非がんばってください」

「は、はひ、はいっ!き、きき・・・きよ、恐縮で、で、ございます」

「マルガレータさん、そんな緊張しなくていいのよ。陛下と言えど一人の人間。普通にあなたと会話をなさりたいんですから。吸血鬼だって一人の患者と思ってがんばっているじゃないの」

「はは、そうですよ。私だって吸血鬼だってちゃんと人間です」

「は、は、はい。よ、よよ、よろしくお願いします」


初めてピーテルがジェローンに会ったときと似たり寄ったりの反応で、ジェローンはこの会場には珍しい年下の二人に微笑した。これほどお似合いな一組と言うのもなかなかないだろうと内心で思った。


そのピーテルは財政府や通商府の関係者に包囲され、今回の城塞都市への住民収容計画について質問攻めにされていた。これほど大規模で強引な計画をまったく混乱させずに短時間で成功させた人物が、わずか二十四歳の、若いというより幼く見える男であると言うことに皆驚きを隠せない。ピーテルの場合は、最初はマルガレータ同様、しどろもどろの応対しか出来ないのだが、話が仕事になると見違えるほどハキハキと話し出す。子供のころから天才児と言われながらも、ずっといじめられっこであった彼である。シルヴィアに見出されて史上最年少の主任主計官に任じられなければ、半人前以下の兵士で一生を終えていたことだろう。


サスキアは必ずしも、こうしたパーティに慣れてはいないが、カリスと一緒に参加したこともあり、また、マウリッツの屋敷ではごくたまにではあるが、パーティが模様され、メイドとして取り仕切ったこともあった。そのため、場慣れしているとまではいえなくとも、マルガレータやピーテルのようにおどおどしてはいないのだが、この日は所在無さ気にうつむいていることが多かった。珍しく着込んでいるドレスもよく似合ってはいるが、色の選択は妙に地味である。


「サスキアさんでしたね。もうじきエッシャー婦人になられると言う。どうかなさいましたか?」


浮かない顔のサスキアを見てジェローンは少し心配なったようである。もちろん、邪な気持ちなど一切ない。


「いえ、陛下、お気になさらないでくださいまし。少し酔ってしまったようですわ」

「はじめからほとんどお召しになってないようですが?何かお悩みのことでも・・・ああ・・・エッシャー殿のことですか?」


ジェローンはやはりこう言った事には勘が働く。


「武勲を挙げたと言っても、戦いはまだ終わってませんし、武勲などよりも無事に帰ってきてほしいと願うあなたの気持ちはよくわかります。出世も名誉も望んでいないエッシャー殿にこうしたご苦労をおかけすることは、本当は申し訳ないことです。あなたがそうした憂いを感じることも私の責任です」

「いえ、そ、そんな・・・陛下・・・顔をあげてくださいまし・・・」


ジェローンは本当にヤンには申し訳ないと考えていた。ジェローン自身は先日の謁見までほとんどヤンに会ったことはない。十年前にもヤンはルワーズ公国の独立と吸血鬼の掃討につながる策を提案し、最大の貢献を成したが、前者はシルヴィアを通じてファン・レオニーが、後者はカイパー博士によって宮廷に持ち込まれたものであり、直接の面識はその時はなかった。だが、シルヴィアから話を聞いて、年齢の近いヤンが実は公国最大の英雄であることを彼は知っていたのである。彼に何も報いることができず、しかも、新たな困難に立ち向かわせている自分に引け目を感じていたのだった。


「サスキアさん、あなたの婚約者には私はどのように報いれば良いだろうか・・・?」


ジェローンの真剣な問いかけに、サスキアは憂鬱な気持ちを忘れてしっかりとした口調で答えた。


「ヤンは、いえ、ヤン・エッシャーは子供ころから患者のために全力を尽くす医者でありたいと考えていました。そして、カイパー博士の教えの下、患者とは一人一人の人間のことだけではないと言う考えに辿り着きました。人々の集まりである国家や社会が病み衰えたとき、全力を尽くして回復に向かわせることも自分の義務であると考えています。彼が望むのは自分が手を尽くす必要のない世の中、健康な社会が続くことにあると思います。私などが口にして良いことではないかもしれませんが、陛下が善政を布き、そうした世の中を作り上げることこそ、彼のもっともの望むことであると思いますわ」


ジェローンは珍しく興奮した。サスキアの言葉が胸に響いたのである。


「よくおっしゃってくださった!エッシャー殿がご苦労される必要のない、ケテル村でのんびりと診療所を営める世の中を作ることこそ私の義務です」


さらにジェローンは、君主として神に宣誓する姿勢をとって、サスキアに向かって宣言した。


「国公ジェローン・ルワーズはここに宣言する!国公の役割とは国と国民が健康に日々を過ごし、病み衰えることなく生き続けられるように全力を尽くすことにある!私はそのために一生をささげる!」


サスキアは胸を張っていた。君主たるジェローンに人生の目的を再確認させたのである。マルガレータやピーテルなどにはできないことだった。そしてそれはシルヴィアやカリスでさえ驚かせたことである。今や公国最大の英雄として世に出てきたヤン・エッシャーも、この女性あってのことであろうと思われたのだった。


「陛下!陛下だけではございません。私どもも陛下とともにそうしたルワーズ公国を作ることに全力を尽くしとう存じます!」


多くの閣僚たちがジェローンに跪きながら異口同音にそう述べた。サスキア一人の言葉によって、その場にいたすべての閣僚や高位の貴族たちの心が動かされたようである。


そのとき、一人の貴族が前に進み出た。公国政府の首班、国務卿たるベルト・ファン・レオニーである。


「陛下、陛下にお願いしたい儀がございます」


思いつめた表情であった。何を言い出すのかと閣僚たちが顔を見合わせる。


「申してみよ」

「このファン・レオニー、国務卿の職を辞し、シルヴィア・ファン・バステン殿にその席を譲りとうございます」

「!」


誰もが何も言えなかった。明らかにシルヴィアを敵視し、国務卿の職に執着していた男の言葉とは思えなかったからである。シルヴィアやウィレムでさえ息を呑んだ。まったく予測し得ないことであった。


「理由を申してみよ」

「このファン・レオニー、十年ほどのあいだ国務卿の職を勤めさせていただきました。しかし、今回の件については、私は足手まといでしかございませんでした。予防することも解決に尽力することもなく、こともあろうか、私の所有する邸宅を不死鬼軍の策謀に利用されております。何より、十年前よりシルヴィア殿の才覚は私を遥かに凌ぐものであることをよく存じております」

「お主の申すこと、間違ってはいないがなぜこのときにそのことを申した?」

「今のそちらの・・・サスキア殿のお言葉にございます。私は大切なことを忘れておりました。国務卿の地位は自分のためにあるものではありませぬ。国家と民のためにあるものでございます。今、この国に必要なのは私ではなく、シルヴィア殿の才覚です。今回の事件だけでなく、シルヴィア殿の力によって、より力強く自由で清新なルワーズ公国を作り上げるためにも、私は退くべき人間であるのだと確信いたしました」


よどみなく、しっかりとした口調であった。ベルト・ファン・レオニーは決して無能な男ではなく、また、小人物でもなかった。十年前のルワーズ公国継承戦の際、シルヴィアを通して聞いたヤンの策を受け入れた一点においても、そのことは知れようと言うものである。自身が権力の座に着くことで、わずかに歪んだ政治家としての意識がシルヴィアとの対立を招いたが、それでも、この十年の独立公国建国の礎を築いたのはこの男だったのだ。


「宮廷書記官!特別辞令を発布する!」


パーティの席でも宮廷書記官はいつもジェローンの背後に控えている。やはり、あわただしく用紙を取り出し筆を構える。


「国務卿ベルト・ファン・レオニーの辞意を受け入れ、新たに国務府と宮廷府の特別顧問に任じるっ!」


宮廷府はジェローン自ら統率する宮廷の組織である。宮廷書記官に代表されるジェローン直轄の政務官が所属し、各政府組織との連絡役を担う。その顧問はすなわち国公たるジェローン自身の相談役であり、格式は閣僚と同列であった。国務府の顧問はシルヴィアの現職ではあるが宮廷府と兼任であればその発言権は決して小さなものではない。


「国務府と司法府の特別顧問を兼ねるファン・バステン婦人を国務卿に任じるっ!この人事に異論のある閣僚はあるかっ?!」


閣僚の人事については、臨時の代理などの場合を除き、他の全閣僚の承認を要する。ジェローンはこのパーティの場でそれを取り付けようとしたのである。


「ございませぬっ!」


閣僚のほとんどは元々シルヴィアを信望している。年長でより高位の爵位を持つものでさえそうであった。何より、ファン・レオニー自身の潔い辞意に皆が感動しており、反対するような雰囲気は一切ない。


「国務府臨時事務官カレン・ファン・ハルスっ!」


カレンの現在の職務は伝染性吸血病対策基金の運用を監察する特別監察官であるが、身分としては臨時の事務官の扱いであった。


「あなたを正式に国務府の参事官に任ずるっ!ファン・バステン婦人を補佐し、婦人が出産のために公務に支障ある場合は、ファン・レオニー特別顧問の助言の下、国務府の運用にあたれっ!」


これは大抜擢であった。アメルダムでの行政経験のない、まだ二十代のカレンを極めて権限の大きい参事官に任じたのである。しかし、これにも反対の声は上がらなかった。まだ、十分な実績を上げているとはいえなず、何よりアメルダムにおける公務の経験は数日しかない。それでも、反対が出なかったのは、このパーティの場における彼女の発言一つ一つに英知が感じられたからであろう。誰も着手したことのない不死鬼の社会復帰プログラムの策定も始まったばかりではあるが、閣僚たちにはすでに到底なしえない成果を挙げているのである。


「ただしっ!これらの人事は不死鬼軍事件の解決の後に実施されるものとする!ファン・レオニー伯、この件が解決するまでは、シルヴィア殿にはこちらに集中してもらいたい。もう少しの間は勤めてくれまいか?」

「承知いたしました」


ファン・レオニーの態度は悪びれもせず、実に堂々としたものであった。ここ数年、シルヴィアと対立し、権力にしがみつく体を見せていた男が見違えるようである。そしてその表情はつき物が取れたかのように晴れ晴れとしていた。


「ファン・レオニー伯・・・」


思わずシルヴィアは声をかけた。元々自分の上司であった人物であり、シルヴィアの才覚にはじめに気づいたのもファン・レオニーであった。


「シルヴィア殿・・・出産と言う大事業を前にして、ご苦労をおかけする。しかし、あなたほどこの国を治めるのにふさわしい人間が、非常勤顧問などと言う職にあるのはやはりおかしい。その才覚を存分に示してほしい。何より、女性の社会進出を推し進める中、その旗手たるあなたが、女性であることや、子供の養育のために政務に携わらないと言うわけにはいかないではないか。政府の最重要職であっても、十分にこなせるようになることが大きな意味を持つことになる」

「ファン・レオニー伯、肝に銘じまする。非才なる身、全力をもって国家と民のために尽くます」


誰かが乾杯の音頭を取った。宮廷でのパーティはこうして公国初の女性国務卿の誕生が予告されると言う珍事をもって終えたのである。




宮廷での戦勝パーティは二時間程度で終わった。上級の貴族たちが中心パーティでは食事は豪勢でも量も少なく、会話に口を使わなければならなかったので胃は落ち着かない。一行は牡鹿亭で二次会を行うことにした。


「やあ、シルヴィア殿。遅かったではないか。先に一杯やらせていただいたよ」


なんと、そこにはジェローンがいた。胃弱の侍従長が心配だと言いながら、ジェローンはほとんど毎日微行に出ている。ヤンとピーテルもいたあの日以来、牡鹿亭はジェローンのお気に入りの店になってしまっていた。店主も心得たもので目立たないように隅の個室に通すことにしている。実を言えばジェローンの微行はアメルダム市民の間でも有名であり、公けには出来ないものの、国公陛下御用達になることは、店を持つ者すべての夢であった。


「陛下・・・また抜け出してこちらに?」

「私だって宮廷のパーティの食事などでは胃が落ち着かないのだよ。気取らない食事に混ぜてくれてもいいだろう?」


シルヴィアもあきれている。どこの国にもこれほど身軽な君主はいないのではなかろうか。


「ささ、ウィレム殿もガンガンいきましょう。多少なら暴れてもかまいませんよ。個室ですし」


実を言えば公国元帥就任について一つだけ問題視されたことがあった。護国騎士団のようにルワーズ公国全軍がウィレムの人格的影響を受けて、ことあるごとに街に繰り出して大騒ぎをするようになっては、『護国騎士団の方お断り』どころか『軍関係者お断り』の看板を掲げられてしまうかもしれない。仕方なく、ウィレムは遠慮して最近は街の店で飲むことが減っている。


「ああ、カリス殿もさあ呑んで呑んで」


カリスのここ最近の酒乱振りまでジェローンは知っていた。カリスは赤面している。


「ふふ・・・実はこっそり何度か護国騎士団本部にはお邪魔させてもらっているのだよ。先日のパーティにもね。護国騎士団の制服を用意すればどうとでもなる」


全員あきれてものも言えない。ただ、このときのジェローンの発言が後日の重大な事件を示唆するものであったとは、発言した本人でさえ気づかぬことであった。


ジェローンの気楽な態度にシルヴィアやウィレム以外の者も各々挨拶をして、打ち解けた雰囲気になった。若い君主はこういったことが得意である。君主らしからぬ君主として振舞うことができ、一方で、近隣でも名君として名をはせるだけの実績もある。


食事はさすがに量は控えめだが、店主はかなり奮発していた。宮廷のパーティ料理になど負けてたまるかと言うところである。牡鹿亭の料理は格式ばったものではない。フリップやラウラ風の料理まで取り混ぜ、ルワーズの産するさまざまな食材を使ったフルコースが味わえた。酒もワインだけでなく、さまざまな果実酒やビールもある。シルヴィアとピーテルだけは、酒を飲まずに果汁を注文した。


ウィレムはさすがに暴れるまで飲む気はないが、上機嫌であった。ヤンは弟ながら、天才的な軍将であり、実を言えば十年前の吸血鬼掃討戦の功績で護国騎士団長の座についた事にも多少の引け目を感じていたのである。弟が名誉も地位も求めていないことはわかっているが、何か手柄を兄が横取りしているような気がしてしまうのだ。


「ウィレム殿のすばらしいところはそこだ。弟気味にまったく嫉妬していない。そして、面倒くさがりの彼のために、平時は軍の管理などと言う地味な仕事をちゃんとこなしておられる。これからもよろしくお願いする」

「恐れ入ります」

「ただ、全軍が酒飲みになって、街で暴れるようなことだけはないようにしていただきのですがね」


全員が笑い出す。シルヴィアは赤面して、夫の頭を小突いた。


「カリス殿とマルガレータ殿に聞きたい。不死鬼として長く過ごした者はどこまで普通の人間に戻ることができるだろうか?」


これは重大な問いであった。ロビーの場合とは違うはずである。十分に社会生活を営めず、つらい目にあうことがあれば、不死鬼は再び犯罪に手を染めてしまうのではないか。そう考えてのことであった。


「実際に治療を始めてみませんとなんとも言えませんが、エッシャー先生からの報告によりますと、すでに不死鬼軍の捕虜にアンスレテロドを投与したところ、わずかながら痛覚の鈍化に改善が見られたそうです。筋力が平常に戻るまでには時間がかかるとは思いますが、希望は見えてきております」

「昼間の行動については、新たに開発した粘り気のあるゼリー状の油がかなり便利です。人の手を借りなくとも衣服から露出している部分に塗ることが出来ますし、植物の種子をすりつぶして作ったパウダーをその上に使うことで、べとつきやにおいも抑えることに成功しています。入浴の回数も夏の暑い日をのぞけば一日二回にまで減らせます」

「ほう・・・そこまで・・・すばらしい」


カリスに続いてマルガレータが説明したことにジェローンは感心した。マルガレータの心遣いは一部の閣僚たちはそれほど評価してなかったのだが、『人間らしい生活を送れるように』と言う彼女の基本方針は見事に徹底されていた。吸血鬼治療チームはこのわずか半月足らずで目覚しい成果を挙げている。カリス・クリステルとマルガレータ・バレンツの医学上の功績は、いずれカイパー派の医師たちに次ぐものになろう。


「食事については、確かサスキア殿が担当されているのでしたね?」


マルガレータはわずかに顔を赤らめた。まさか自分の料理オンチまでジェローンの知られているのか・・・。


「はい。バレンツ研究員の考案した牛血粉入りのゼラチンを使いまして、牛肉や鶏肉のような食感の擬似食品がすでに生産されております。少々扱いにくいところがありますので、まだ研究が必要ですが、ロビー・マルダー氏からは美味との感想を頂いておりますわ」

「それは、サスキア殿の料理の腕があってのことかもしれないが、不死鬼が自分でも用意できるような調理法が確立されれば問題なくなりますね。これもすばらしいことだ」


今日のジェローンはとにかく女性たちを褒めちぎっている。もちろん、男性についても決してその功績を認めていないわけではないのだが、この不死鬼軍事件においては、女性たちの働きが特に目覚しい。シルヴィアが女性初の国務卿になると言うのはもはや自然の流れであるかのように思われた。


「さて、ファン・バステン元帥、一つ確認したいことがあるのだ」

「なんでしょうか?」

「ヤン殿の軍略により、敵はルワーズ国内の拠点であるケテル村をわずか数日で失った。このあと彼らはどうするつもりであろう?」


話があちこちに飛ぶのは特にジェローンが上機嫌な証拠であろう。


「ヤンほどは戦略眼に自身はございませんが・・・まず、ノールトを彼らの恒久的な拠点とするための動きをはじめるのではないでしょうか?ただし、彼らが一枚岩であればそれは可能ですが・・・」

「なるほど。恒久的な拠点とするためには、補給なしに自足できることが重要になる。少なくとも血液と言う確保の難しい食料を用意できなくてはならない。ヤン殿の考えでは敵は住民を引き連れて戦場を移動するのではないかとのことだった・・・」

「はい。しかし、まず、ルワーズ公国内の住民はほとんどが城塞都市に収容されてしまいました。あるとすれば フリップ側国境地域の住民を強制的にノールトに住まわせることですが・・・」

「住民がノールトに移動すれば、今度は住民の食料を用意しなければならない。フリップ王国側にいれば住民たちは、自活の手段を持っているがノールトに強制移住したとなれば何もない・・・食料ごとザーンに移ってもらったことには大きな意味があったな。ヤン殿の軍略の奥深さたるや・・・」


ヤン以外の誰も、城塞都市への全住民の収容と言う強引な計画の意味を正確には理解し損ねていた。実施の責任者であったピーテルでさえである。結果がでて、その重大さにようやく気づいたのであった。


「はい。彼らが一枚岩ならフリップ王国側から血液を供給する住民とその食料を共に輸送すればいいわけですが、フリップ側にいる幹部はおそらくそうしたことを好まないでしょう。ルワーズ側に進出してきたファン・ドースブルフは窮地に立たされるはずです。ましてや、五千もの吸血兵を失ったわけですから・・・」


ヤンにはすでに不死鬼軍の首謀者についてある程度の目星をつけていた。吸血兵を率いているのはファン・ドースブルフであり、技術面でサポートしているのはファン・クラッペである。そしてそのスポンサーとなっているのは、アルベルト・ルワーズであることもほぼ間違いない。しかし、アルベルトはフリップ王家とルワーズ公家の血を引いているものの、独自の領地や財産、兵力はそれほど持ってはいない。吸血鬼や操死鬼だけでは、住民からの採血などの作業には問題があるから、普通の人間の人員が必要である。それを提供でき、吸血鬼の軍に興味を示しそうなフリップ王国側の人物はレオンス・ド・アズナブール辺境伯しかいないのである。


「ヤンからの報告によれば、ノールトには定期的な血液の補給があるはずで、それをザーンの部隊が交代で補給路の監視を行っているとのことです。吸血鬼たちは眠らせることで必要な血液を大幅に減らすことができますが、出撃するためには相当量が必要でしょう。つまり、彼らはこれから動くに動けない状態になります」

「と言って、手をこまねいているほど間抜けなやつらではあるまい?」

「は。どのみちノールトなど確保していたところでたいした意味はありません。一番近く住民が多くいるのはザーンです。彼らはどうしてもザーンを落城させないと済まなくなります」

「ヤン殿だけでなく、ファン・リートフェルト隊長も大手柄だった。彼がいる限り、ザーンは本当に難攻不落に思えるな」

「おっしゃるとおりで。レム・ファン・リートフェルトある限り、吸血兵などにザーンが蹂躙されるなどありえませぬ。攻めあぐねているうちに不死鬼たちが内紛を起こし、自滅してくれると言うのが一番ありがたい流れです」

「それには、まあ、戦略が目的ではないが、中央医局の不死鬼治療と国務府の社会復帰プログラムが生きてくるな。その成果はできるだけ大々的に発表するようにしよう。うまくいけばただでも少ない不死鬼の指揮官が分裂するかもしれない。投降者も現れる可能性がある」


すべて、ヤンの頭脳より発せられたことで、ジェローンを含めここにいる全員も、その着想にそって実務面の補強をしたに過ぎない。ヤン・エッシャーなしにはこれほど一方的に不死鬼軍に対して優位に立つことはできなかったであろう。


ささやかな宴は程なく終了した。ウィレムは暴れ始める直前で自重し、カリスも泣き上戸になる前にサスキアに止められた。珍しく上品な宴会を終えて、一向は護国騎士団本部に戻っていったのである。


「ヤン殿が公国政府か宮廷で要職についてくれるなら一番ありがたいのだがね・・・」


ジェローンの呟きを耳にした者は一人もいなかった。

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