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不死騎  作者: 槙原勇一郎
17/34

変化

護国騎士団、保安兵団、公国中央医局合同のパーティの翌日、多くの兵士や職員は休暇を取っていたが、最低限の人員と幹部に関しては出勤していた。また、マルガレータ・バレンツのように重要な仕事についている者は自ら進んで出勤している。ただし、まともに働けているかどうかは、前日の酒量とアルコールへの耐久力によって異なった。


「ルドガーさん、牛血粉は準備できましたか?」

「はい。できてます。大丈夫です」


サスキアの声に答えたのは、マルガレータの部下で四十一歳のルドガー・フリースである。彼はもう一人のマルガレータの部下、フレデリック・ファン・ビーヘルと違い、それほど自分の境遇を悪いとは思っていなかった。元々、それほど優秀な研究者であると、自分のことを考えていないらしい。伝染性吸血病対策室でも、マウリッツの言われたとおりに仕事をするだけの男だった。マウリッツが多忙になり、指示が行き届かなくなると、急に何をやっていのかわからなくなる、そういうタイプの男である。


しかし、謙虚で堅実な彼は研究者としては落第生でも、一作業者としては極めて便利な男で、的確な指示さえ出しておけば、それを遺漏なく実施することができる。今もヨアヒム・カイパー博士の研究成果である牛血を使った伝染性吸血病患者の人工食料、『牛血粉』の配合について、数百パターンの成分比率を試し、動物実験を行って、もっとも望ましい比率を求めると言う、極めて根気のいる作業を数日掛けて終えたところであった。


「はい、じゃあ、昼食は例の方法で、お肉風にしてみましょう。ロビーさん?牛肉はお好きですよね?」

「あ、ああ・・・」


マルガレータの声に不安げに答える。すでに牛血粉を使った食事は試した。固形物を消化できないので、それを水やワインに溶かして飲んでみたのだが、あまりに生臭く、マルガレータの目指す『味覚も満足させるもの』には程遠いものだった。だが、ロビーはそれはそれで、薬と思えばと考えていたのだが、マルガレータは様々な酒やコーヒーなどに溶かして、相当な量を味見させたのである。しかも、どれもこれも、おいしくないと言うよりは吐き気をもよおすほどまずいものばかりだった。


液体しか飲めないと言うのはつらいと考えたマルガレータは、サスキアと相談して、消化が出来なくても胃や腸の負担にならないよう、ゼラチンなどを使った擬似食品を開発することにした。どうしても本物の肉よりは柔らかいが、脂身に近い食感のものができた。さらに問題ない程度の固形の食品や調味料を使い、だいぶそれらしいものを作れるようになったのである。


マルガレータが調理をしている間に、サスキアはテーブルを用意する。地下牢はすでにアメルダムの大盗賊にして、不死鬼軍の密偵、亡霊ファントムロビーを捕らえる牢獄ではなく、伝染性吸血病患者ロビー・マルダーの病室であるので、多少は居心地がよくなるようには工夫が加えられていた。灰色の岩肌がそのままのだった壁は白く塗り固められ、鉄格子もはずされている。向かい合わせの牢があった場所が、マルガレータ達の研究室となっており、必要なとき意外は鎧戸を閉めることでプライバシーも守られるようになっていた。壁に花柄のイラストを書こうとしたマルガレータをロビーが必死に止めたと言う一幕もあった。


マルガレータは、程よく焼き目を入れた、『牛血粉のステーキ風』を皿に乗せて、テーブルの上に置いた。


「さ、召し上がれ」

「あ、ああ・・・」


恐る恐るロビーはナイフで肉を切り、フォークで口に運ぶ。


「んっ!!!んぐっ!!!!」

「ロ、ロビーさんっ!!!」

「ん、んぐっ!み、水をくれ!水!」


急いでサスキアは水差しからコップに水を注いで差し出す。


「か、辛いぞ!これはちょっと辛すぎだ!」


辛味は味覚ではなく痛覚で感じるものなので、ロビー以外の筋力が異常発達した不死鬼であれば何も感じないのかもしれない。


「うーん・・・やっぱり不死鬼になると少し味覚が変わるのかしら。ロビーさんの場合は痛覚も生きているから、ひょっとすると普通よりも敏感なのかも・・・」

「ほ、本当か?ちゃんとした程よく味付けしているのか?なんか粉っぽかったぞっ!」


ふと、気になったサスキアが、少しだけ切り取って口に入れてみる。牛血粉の料理は別に人間が食べたからと言って害になるものは入っていない。


「う・・・マルガレータ・・・こ、これは・・・ちょっと酷いわ・・・」

「え?いつもピーテルに作ってあげたら喜んで食べてくれる味付けなんだけど」

「・・・それは・・・ピーテル君が優しくて、おいしくないとか言えないだけなんじゃ・・・」

「そんなことないわよ・・・どれ・・・んっ!!」


自分で食べてみてマルガレータは思わず吐き出しそうになる。


「な、何これぇっ!」

「何って、自分で作ったんじゃない・・・。ピーテル君に作ってあげたときは味見してないの?」

「だ・・・だって・・・すっごいうれしそうに食べてくれるから・・・たくさん食べてほしいし・・・これでいいんだと思って・・・。」


マルガレータは半べそをかいている。


「うう・・・ごめんなさいピーテル・・・ずっと我慢してたんだね・・・」

「俺には謝罪はないものか・・・」


ロビーはぼやくが口元は緩んでいる。まったくこの娘は見ていて飽きない。


「ええと・・・マルガレータは、ほら、ロビーさんがもっと自由に昼間も歩けるように、肌のダメージを抑える研究と、フレデリックさんがやっていた筋力の異常発達を抑える薬の研究を続けて。私とルドガーさんで食事の方は考えるから。」

「う・・・うん・・・なんか敗北感・・・ちゃんと料理の勉強しようかしら・・・」

「うん・・・たぶん、その方がピーテル君もうれしいと思うわよ。あとでちゃんと教えてあげるから。ロビーさんの食事は私に作らせて。ね」


今日のサスキアは妙に機嫌がいい。昨日のヤンとの会話をカリスと共に盗み聞きしたマルガレータだが、何がこんなにうれしいのかわからない。ロビーにもルドガーにも聞こえないことを確認して、皿洗いをしているサスキアに小声で話しかける。


「ねぇ、昨日のことってちゃんと覚えているんでしょ?酔ってたって言っても」

「え?なんのこと、気持ち悪くはなったけど、二日酔いも無いし大丈夫よ」

「エッシャー先生と話したことは?」

「え・・・あ、ええ。ちゃんと覚えているわよ」


サスキアは少し頬を赤く染める。


「で、それでそんなに機嫌がいいの?」

「・・・う・・・まあ・・・って言うか・・・その・・・うれしかったから・・・」

「何が?」

「その・・・あのね・・・私が・・・そばに居てくれないと・・・って言ってくれたの・・・は、恥ずかしいじゃないっ!もうっ・・・」

「へ?」


マルガレータはあっけに取られた・・・


「そ、それだけ?それだけでそんなにうれしそうなの?」

「え?だって・・・ああ、私そばにいてもいいんだって。邪魔じゃないんだって思ったから・・・」

「え・・・は・・はは・・・や・・・安いオンナ・・・」

「え?」

「いや、それで幸せならいいんだけどね・・・」


突然、研究室と廊下を分けているカーテンが開いた。


「おーい・・・おしゃべりばっかりして仕事サボっちゃだめよ。バレンツ主任。昨日の研究日誌が出てないわ。パーティだから翌日でもいいとは言ったけど、お昼までには出してくれないと」

「あ、クリステル先生。すみません。で、先生は大丈夫ですか?」


と言ってみたものの、明らかにカリスは二日酔いである。


「だ、大丈夫よ・・・」

「お姉さま。少しお酒は気をつけないと、マウリッツ様が帰ってきた時にあきれちゃうわよ。お肌も荒れてお化粧ののりも良くないみたいだし・・・」

「う・・・ずいぶん上機嫌ね。サスキア。聞こえていたけど・・・」


再びサスキアは頬を赤らめる。


「って、そんなことぐらいで安心していて大丈夫?仕事以外の時間はカレンさんがぴったりマークするわよ。きっと。あなたも少しは積極的に・・・」

「・・・でも・・・それは・・・私は・・・」

「ああ、やっぱり何にも変わってないわ。この娘・・・」


カリスとマルガレータは二人そろって肩をすくめて首を振った。



その日の午後にもいつもどおり、幹部たちによる会議が開かれた。司令部の創設により、いつでも打ち合わせが可能な状態ではあるのだが、全員がそろって落ち着いて情報を交換するためと、部下たちには聞かせられない話もあるかもしれないと言うことで、司令部とは別の部屋で開かれる。


この日も最初に話題に上がるのはロビー・マルダー氏の治療のことで、そこでまずマルガレータ・バレンツ主任のエピソードで笑うことから始めるのが習慣になりつつあった。


「ロビー氏の食事についてですが、本日の昼食も失敗。ただし、今晩からサスキア・ウテワール特別研究助手が調理を担当するので、たぶん、大丈夫ということです。・・・ブルーナ主任主計官、お優しいのはいいですけど、失敗はちゃんと指摘してあげないと本人のためによろしくなくてよ」

「す・・・すみません・・・」


カリスの報告に思わず謝ってしまったピーテル・ブルーナに視線が集まった。全員が笑う。ピーテルは顔を真っ赤にしている。


次にそのピーテル・ブルーナが各州城塞都市への住人収容計画の進捗について述べる。


「フリップ側国境三州については、すでに、ノールト、ザーン、 サーウンダイヴァラントに全住民を収容しました。ただし、ゼーラント州は元々人口も少ないですし、十分な食料もないのでノールトに一度収容された住民は明日中にザーンに移る予定です。第一部隊の千人が住民たちを護衛します。他の州についても、三日後には全住民の収容が終わる予定です」

「食料に関する取引については?」


念のための確認としてヤンが尋ねる。


「すべての住民の収容が終わった時点で、食料の買取を実施します。すでにスペルファ行きのメディサラ商人の巨大キャラバンがアメルダムに待機しております。ラウラ国からも既に食料を満載した船団がこちらに向かっておりますので、スペルファへのキャラバンの出発と同時に、売る分よりも五割増の量を確保できます」

「まるでマジックだな」


ピーテルが信用取引を駆使して食料を格安で確保する様をそう評したのは、保安兵団のピーター・レイン捜査官である。若干、二日酔いの気があるが、コーヒーの香りで少しは調子を取り戻したようだ。


「それから、ザーンへの予備兵力、これは騎士団長親衛隊と保安兵団の重歩兵部隊が中心の千人ですが、明日には出立の準備が完了します。対吸血鬼用の装備品などの輸送も兼ねておりますが、こちらは明後日に準備が完了しますので、明々後日が出立日となります」


ヤンの指示の元、護国騎士団では国境地域での戦闘に備えた準備が進められており、前線基地となるザーンに向けて様々な支援が検討されている。兄であるウィレムが戦闘に集中できるよう、そうした点はヤンが考えていると言う形である。もっとも、実務面はほとんどがピーテル・ブルーナの手によって行われていた。


次の報告はシルヴィアであった。


「まず、皆さんにご紹介する方がいらっしゃいます。国務府より特別監察官が派遣されました。伝染性吸血病対策基金の適切な運用と、三組織の円滑な連携を監視すると言う名目での派遣です。さ、自己紹介を・・・」

「カレン・ファン・ハルスです。よろしくお願いいたします」


ほう・・と言う声が何人かの男性から漏れる。カレンは美しいだけでなく、極めて魅力的な笑みを浮かべ、完璧な礼節を守って優雅に挨拶をして見せた。これほど貴族の令嬢らしい娘は滅多に見ないが、一方でそれほどお高くとまった印象も無い。気品を漂わせながら、あくまで慇懃で親しみやすい。カレンはそういう女性であった。


「既に午前中にはブルーナ主任主計官の経理資料に目を通させていただきました。健全な運用をなされてますし、実に整理されておりましたわ。三組織の連携についても、シルヴィア様のご提案された司令部の創設は実にすばらしいアイデアと思います。こうなると、あまり監察官としてのお仕事はないのですけれど、お手伝いできることがありましたら何でもさせていただきますので、お声をかけてくださいませ」


カレンはファン・ハルス家の自治領においても、兄たちの代理として領内の村々の役所を監督したり、州卿との折衝を行ったりしたことがある。伝統的な貴族の令嬢としての教育を受けてもいるが、アメルダムの政府機関で働く女性たちと同様に、実務的な能力も備えた女性であった。


国務卿ファン・レオニー伯爵はそれほどの悪意を持っていたわけではない。これだけの大きな動きなので、国務府がノータッチと言うわけには行かないのだ。監察官を派遣するのは当たり前のことだった。ただ、経理はともかく、本部内の風紀などについては、言いがかりをつけようと思えばいくらでもつけれる。しかし、カレンはすっかり昨日のパーティでここの雰囲気を気に入ってしまったようで、まったく問題にしていなかった。


結局、カレンは国務府非常勤顧問の肩書きを持つシルヴィアの助手的な位置づけで、各政府機関や有力貴族との折衝を担当することとなった。これも、別におかしなことではない。特別監察官とは言え、シルヴィアは国務府においては上司に当たる立場だからだ。シルヴィアが身重であることを考えると、この立場は今後重要性を増していくことが考えられる。



次にヤンがマウリッツ・スタンジェの消息について報告を始めた。


「カレンさんはケテル村よりマウリッツ・スタンジェ医局長の書簡を届けてくださいました。彼はやはりファン・クラッペ医師名義の出張辞令を使い、私の代理としてケテル村にいたようです。そして、ケテル村の住民がザーンに収容されるタイミングで、フリップ王国に渡っています」

「何のためにフリップ王国に?」

「マウリッツは十年前の戦争の直前まで各国を外遊して各地の医術を学んでいました。フリップ王国では現国王シャルル・ド・フリップが王太子だったころに彼のスペルファ熱を治療しています。不死鬼軍は両国の国境沿いに位置していますから、フリップ王国の協力を得て彼らを追い込もうと言うことでしょう」


スペルファ熱は十数年前にヨルパ大陸の西側全体で猛威を振るった熱病である。ヤンの母親も、ウィレムの母親もこの病で亡くなっている。まだ二十代前半のマウリッツがこの熱病の治療方法を確立し、それによって、師であるカイパー博士にも劣らない名声を確立したのである。


「なるほど。スタンジェ医局長は単身フリップ王国に乗り込んで隣国の伝染性吸血病の流行も食い止めようと言うのですか。深慮遠謀、医者と言うよりもまるで大軍師と言えますね」


これは、シモンのせりふである。軍将としての評価も高いヤンだけでなく、兄弟子のマウリッツまでこうなると、医者と言う職業が良くわからなくなる。


「医者には国境なんてものはそれほど関係ありません。患者が居ればそこが仕事場ですから。マウリッツはルワーズ公国民だけでなく、フリップ王国の民も助けたいと考えているのです」

「ヨアヒム・カイパー博士もね。博士はインテグラ王国に向かいました」

「えっ!?」


シルヴィアの言葉の意外さに全員が驚く。


「昨日のパーティに密かに紛れ込んでおられたのです。なぜか私のところだけに現れて、その旨を伝えて去ってゆかれました。ヤン、この意味はわかるかしら?」


試すような視線をヤンに向ける。自分にはカイパー博士の意図はまったくわからないが、博士はヤンならわかるだろうと言っていたのだ。


「なるほど・・・博士は不死鬼軍の発生そのものを問題視しているのではありませんね。少なくとも現段階で、インテグラ王国は不死鬼軍と直接関係しているとは思われませんから。不死鬼と言う伝染性吸血病に関する医学的知識が軍事利用されることに危惧を抱いているということでしょう。インテグラ王国にもその兆しがあるのではないでしょうか。我々も問題の本質はそこにあることを意識する必要があります。そう考えれば、ファン・クラッペ医師の存在の意味も明確になる」

「どういうことでしょうか?」


疑問を口にしたのはカリスである。どうも話が飛んでいてよくわからないのだ。


「彼は医者としては倫理観に欠けていますが、研究者として強烈にマウリッツを意識しています。クリステル先生にちょっかいを出してきたことも、屈折した対抗心の現れでしょう。彼は金も名声もそれほど求めてはいないでしょうが、おそらく自分自身がマウリッツ以上の研究者であると確信できることを望んでいるのです。そのために、彼は医者としての倫理観を捨て、吸血鬼の軍事利用と言う禁断の領域に手を出しました。未だ、誰が首謀者かはわかりませんが、不死鬼軍の総帥は彼にそそのかされた人物でしょう。そうして、軍を編成する計画が立ってから、スポンサーを探したのではないかと思います。目的があって、不死鬼の軍隊が作られたのではなく、まず、不死鬼の軍隊を作ることが目的で、その力を利用したい相手を見つけて、資金などを得たのではないでしょうか?」

「カイパー博士も目的と手段が逆さまと言っていたわ」


シルヴィアがすかさず言う。博士に言われたときは意味がわからなかったが。

ヤンがこう確信できたのは、テオ・ファン・ダルファー邸で大量の吸血鬼化死体が発見されたことによる。反乱を起こすことが目的なら、操死鬼ではなく不死鬼か吸血鬼を作って、国公陛下の暗殺なり、主要政府機関の占拠なり、いくらでも方法があった。それをせずに、わざわざ国境地域に軍を編成しようとしているのは、手段と目的が逆だからである。


「やはり。そうなると、今の首謀者、スポンサーや不死鬼軍の司令官を特定して倒したとしても話は終わりません。伝染性吸血病の軍事利用と言う、ヨルパ大陸全土の人々にとっての病魔を根絶しなければ我々の戦いは終わらないと言うことです」

「カイパー博士がインテグラ王国に渡る理由は、既にインテグラ国内でもそうした動きがあると?」

「そういうことでしょう。フリップ王国側の不死鬼軍とインテグラ王国の貴族が接触を図っているのかも知れませんし、独自に技術を研究している可能性もあります。十年前の戦争で被害を受けたインテグラ、フリップ、ルワーズの三国でなら、誰がはじめてもおかしくないことなのです」


そこで、ピーター・レインが口を挟む。話が大きくなり始めたので現実的な問題に戻そうとした。


「しかし、そう言ったところで、現実に今、不死鬼軍を編成した連中とそれを利用しようとしている者は特定しないといけませんな」

「ええ。ただ、こう考えると一つはっきりしてくることがあります。不死鬼の軍隊などと言う、危険極まりない、そして、非人道的な手段をあえてとるとしたら、それは、大きな軍隊に抵抗しようとする、小さな軍隊。つまりテロリストです。こうした異常な軍事力は使わずにすむなら誰も使いたくないものですから。まともにやっては敵わないから、こういうルール違反を犯そうとするわけです」

「つまり、現実にはそれほどの軍事力を有していないが、軍事的な野心や目的を持っている者が首謀者と言うことですか・・・・」

「そうです。その筋から、保安兵団で捜査を進めていただけませんか?」

「いいでしょう。どこから手を付けるべきか迷っておりましたが、軍事力を持たず、しかし、軍事的な目的、領土的な野心や権力を渇望する人物・・・つまり、没落した貴族や領主が対象となりますな。ルワーズ、フリップ両国における」

「そうです。場合によっては両方の国にいるかもしれない」

「承知しました。保安兵団ではルワーズ国内のすべての貴族の所在や経歴の資料を保管しております。それをあたってみましょう。フリップ王国側については、護国騎士団の方が詳しいかと存じますが・・・」

「そちらは、騎士団長親衛隊の捜査部が担当しましょう」


ピーターに答えたのはカレルである。本日付で護国騎士団主任参謀となった彼が親衛隊捜査部の指揮を執ることとなった。とにかく皆驚いている。カイパー派の医師たちの技術や医術に関する知識が優れていることは知っていたが、今の話は医師の職責を超えた行動に思えてならない。


「カイパー博士のご一門と言うのは、医者と言うよりも、何か別のもののように思えてきましたよ。いや、もちろん悪い意味ではなく、エッシャー先生もスタンジェ医局長も、そしてカイパー博士も、能力も行動も医者の範疇を超えております。」


ピーター・レインの言である。シモンやカレルもうなずく。とても医者が考えることとは思えなくなってきたからだ。


「いえ、これは医者としての基本的な倫理観を突き詰めるとたどり着く考え方です。カイパー派に限らず。たとえば、バレンツ主任の研究姿勢などはやはりこの考え方に合致します。患者を助けたいと思うと自然とこういう考えにたどり着きます。何も医術だけが手段じゃないと言うだけです」

「バレンツ主任が?」


ヤンの言う事はわかるのだが、マルガレータが出てくる意味まではわからない。


「はい。最終的に、不死鬼の軍事利用と言う忌避すべき技術が普及しようとしたとして、それを留めるためには何が有効かと言う事です。不死鬼となった者たちが、ごく普通に、健康な人間と同じように、少なくともそれに近い形で生活できればいいのです。不死鬼には自由意志がありますから、自ら進んで戦争の道具となることを選ばなければ、軍事利用などできません。自ら戦争の道具となることを望む者もいないわけではないでしょうが、おそらく、不死鬼軍の者であっても、大半は生存するために、または自暴自棄になって、そうした境遇を受け入れているのです。普通に生きることができるとなれば、そのような過酷な生き方をあえて選ぶものは少ないでしょう」


なるほどと、全員がうなずく。マルガレータの研究はロビーの治療をケーススタディにして、人間社会で問題なく不死鬼が生きていくための実証研究をしているとも言える。『生活を楽しめるように』と言う彼女の視点は最初は驚いたが、決しておかしな考えではなく、突き詰めればそこにたどり着くことなのだ。


「さらにいえば、普通はどんな軍が相手でも、全滅させなくても勝利を得ることはできます。指揮官が居なくなれば撤退しますし、大打撃を与えれば壊走します。降伏という選択肢もある。しかし、帰るべき場所もなく、捕虜になることも出来ないとなれば、全滅するまで戦い続けることでしょう。普通の生活が出来る可能性があるなら、捕虜になることへの抵抗も減るはずです」


全員が言葉を失う。マルガレータの研究にそこまでの意味があるとは思っていなかったのだ。


「なるほど・・・それは戦略的に大きな意味がありますね。まだ、不死鬼軍の根拠地は特定できていませんが、それがわかれば・・・」

「ええ、ロビー・マルダー氏が人間らしい生活をできるようになるなら、そのことを知らせることで、不死鬼軍を分裂させることができるかもしれません。あまりプレッシャーをかけてはいけませんが、彼女の研究こそ、我々の希望なのです」

「こうなると、彼女の下に人員を増やしたいところではあるのですが・・・」


先日のファン・ビーヘルの事件を思い出しながらカリスが言う。人手は足りないので、要員を付けてやりたいが、一方で若すぎる彼女には部下が増えると重荷になるかもしれない。


「いえ、大変でしょうが大丈夫でしょう。サスキア・ウテワールがいれば大丈夫です」

「!」


皆がビックリしてヤンの顔を見た。


「え・・・何か変なことをいいましたか?」

「い、いえ・・・」


全員が目を逸らす。わけがわからない様子できょろきょろ周囲に様子を見ているのはカレンである。


「マルガレータ主任の責任は重いですし、困難な研究ですが、サスキアが一緒ならきっと大丈夫です。彼女が一緒だと、途中で物事を投げ出すなんてことは、考えもしなくなります。そういう娘です」

「信頼されているのですね。サスキアさんのことを」


カレンのせりふに他の者全員に妙な緊張感が走る。


「はは。なんというか、彼女には久々に会って、子供のころと何も変わってないと笑われましたが、変わってないのは彼女もそうでしたよ。彼女にやれると言われると、本当にそんな気がしてくるし、期待を裏切ることなど決し出来ないように思えてくるのです」


微妙な照れ隠しが入っているのか、会話がかみ合っていない気もする。しかし、ヤンのサスキアに対する奇妙な信頼については、皆が理解を示した。ヤンだけでなく、護国騎士団の者はサスキアの力を実感している。どんなに自分たちの気持ちが崩れかけても、サスキアの一言で勇気が沸いてくる。それゆえに、『女神』『天子』とまで呼ばれるのだ。悪ふざけだけの話ではない。




その日の夜、サスキアとマルガレータが使っている部屋にカリス、ピーテル、シルヴィアが招かれた。サスキアがマルガレータに手ほどきをして、料理を作ってみたのである。ピーテルだけでなく、カリスやシルヴィアまで招かれたのは、量を作りすぎたのと、客観的な意見を聞くためである。男性には言いづらいこともシルヴィアやカリスならずけずけと言える。


先にロビーの食事をサスキアが用意して試食させたのだが、初めてロビーの口から及第点が付いた。まだまだ改良の余地はあるが、味付けさえまともなら、それなりに味覚を楽しませるものになってきたのである。


「ふむ、良かったわね。ピーテル君。サスキアさんのおかげで、もう、妙な我慢しなくても大丈夫よ」

「い・・・いえ・・・そんなにがまんしていたわけでは・・・」

「じゃ、おいしかったの?」

「そ・・・それは・・・」

「くすっ・・・だめよ・・・。やさしいだけじゃ。女を成長させるのは男次第よ」


多少、マウリッツから厳しい仕打ちを受けていると言えるかもしれないカリスが言う。結婚直前に失踪することで、カリスはある意味大きく成長する機会を与えられているのかもしれない。


料理は、絶品とまではいかないが、まあまあおいしいと言えるものにはなっていた。サスキアに言われたとおりにやってみれば、決して難しくなかったのである。ピーテルが甘やかしすぎだったと言う結論にたどり着いたのであった。


「うぅ・・・すみません・・・ごめんねピーテル・・・」

「ま、こっちの方も努力した方が、後々いろいろいいことがあるわよ。マルガレータさん。いつまでも男が自分を女として興味を持ってくれるとは限らないんだから、料理とかの付録も結構重要なのよ。特に結婚してからはね。考えてるんでしょ」


ピーテルとマルガレータは赤面をしながらうなずいた。落ち着いたら結婚しようと言う二人の計画は本人が口にしなくても、露見していた。そういうことを隠していられるほど、二人とも大人ではないのだ。


「お、奥様・・・その辺はあとから私にもご指導を・・・」

「あら、カリスはまだまだラブラブのおつもりじゃなくて?付き合い始めて半年でしょ?このお二人の方がよっぽどベテランカップルよ。子供のころからずっとなんだから」


ピーテルとマルガレータは五歳から十三歳まで通う学塾時代からの幼馴染である。


「あら、それを言ったらサスキアとエッシャー先生だって・・・」

「な、なに言うのよマルガレータ・・・私は・・・」

「また!本当にそんなこと言っていたらカレンさんに持ってかれちゃうわよ!」

「まあまあ、バレンツさん、実は今日、ヤンがみんなの前でこんなことを口にしてね」


シルヴィアは、会議の席でヤンがサスキアについて話したことを語った。


「え・・・ヤンがそんなこと・・・」


恥ずかしいような、うれしいような顔でなにも言えなくなるサスキア。


「いや、そんなに決定的なことを言っていたように思えないんだけど・・・」


マルガレータが言うのを尻目に、サスキアは恥ずかしそうにうつむいている。


コンコンッ!


突然のノックにサスキアがびくっと動く。


「あ、え、は、はい?どなたですか?」

「カレン・ファン・ハルスです」

「え?」


物事に動じないシルヴィアでさえ、突然のことに驚く。全員に緊張が走った。

サスキアがドアを開けると幾分思いつめた表情のカレンがそこに立っていた。


「あの、よろしいかしら。サスキアさん」

「え、あ、はい。どうぞ」

「あ、あら、皆さんお揃いで・・・」

「え、ええ、あ、カレンさん、ご夕食は?よろしければ、ご一緒にいかがですか?マルガレータが料理の練習にたくさん作りましたから」

「あら、よろしいんですの?それではいただきますわ」


なんとなく、微妙な雰囲気を感じ取ってないわけではないだろうが、カレンは果敢に部屋の中に入ってくる。落ち着きを取り戻したシルヴィアが場の雰囲気を少しでも良くしようと話しかけた。


「カレンさん、もう、ここにはなれたかしら?」

「ええ、皆さんとてもご親切にしていただいて。私、ずっとケテル村にいたものですから、ザーンぐらいまでしか出てきたことがないんですの。都会暮らしは初めてでしたので、不安もあったんですけど」

「そう。よかったわ」


カレンも既に護国騎士団員の間で人気が集まっていた。気品と親しみやすさを備えた貴族令嬢と言うことで、サスキアとはまた違った趣味の男とたちが、例の『花を愛でる気持ちで見守ると言う精神風土』を発揮して、あくまで遠くから憧れのまなざしが向けている。


「あの・・・実は・・・」


この娘には珍しく言いよどむ。ハキハキと、それでいて気品に満ちた言葉遣いで話すのがこの娘の特徴なのだが、このときだけは口が重い。


「サスキアさんに・・・お尋ねしたいことが・・・」

「!」


部屋全体に言い知れぬ緊張感が走った。


「あの、な、なんでしょうか?」

「私・・・サスキアさんがうらやましくて・・・」

「?」


意外な台詞にみな固唾を呑んでなりゆきを見守る。


「エッシャー先生にあんなに信頼されていて・・・私はこの数年ずっと先生のことをお慕い申し上げてました・・・でも、あんなふうに、先生に言われた事はないんです・・・」


しーん・・・・


と、部屋の中が静まり返る。気づくとカレンの目には涙がたまっている。


「本当は・・・なんとなく・・・わかってました・・・先生のお気持ち・・・誰かはわかりませんでしたし、先生は決して口になさりませんでしたけど、どなたか先生のお心の中にはいらっしゃること・・・」

「カレンさん・・・」


声を出したのはマルガレータである。サスキアは何を言っていいかわからず、カレンをただ見つめている。


「本当は、サスキアさんにお会いして、ああ、たぶんこの方なんだなって・・・。孤児院でご一緒だったのは一、二年ほどだったとうかがいました。私はケテル村で五年以上よくお会いしていましたけど、あなたより大きな存在にはなれて・・・ないのですわ・・・」


カレンの品の良い青い目から、一筋の涙がこぼれていた。


「サスキアさん・・・サスキアさんは先生のこと・・・どう思ってらっしゃるのかしら?」

「わ、私は・・・あの・・・その・・・」


シルヴィア、カリス、マルガレータの三人が妙に力んでこぶしを握る。


『ここが正念場でしょうがっ!』


口には出さないが、三人の女性は同じ事を頭の中で叫んだ。

意を決したように、サスキアには珍しくはっきりと言う。


「私、子供のころからずっと、エッシャー先生・・・いえ、ヤンと一緒に患者さんのために働きたいと思って、看護婦になる勉強をしてました」


『はぁ?』


やはり口には出さないが、三人が同じ表情をする。


「え・・あの・・・先生のこと・・・お好きなんじゃ・・・」

「え・・・それは・・・その・・・」


『こりゃだめだ・・・』


眉間にしわを寄せて、三人の女性は視線を交わす。ところが・・・


「サスキアさん・・・はっきりした方がよろしくてよ。先生もああいう方だし、お忙しいから余計にどうしてかわからないんですわ。たぶん、エッシャー先生は今回の件が終わったら、ケテル村にお帰りになるしょう。サスキアさんはスタンジェ先生のお宅でメイドをされていたと伺いましたけど、スタンジェ先生がお姉さまとご結婚された後も続けるのかしら?」

「え・・・それは・・・」

「新婚生活に妹はいらないわ」


カリスがはっきりと言い切る。目が冷たい。


「そしたらどうなさるの?ケテル村に先生とご一緒に行かれるのが一番ではないかしら?先生のお力になりたいと言うなら、一緒に居ないと何もできませんわよ」


幾分口調が強い。やや涙声ではあるが、言葉には力がある。


「ちゃんとお話しておいた方がよろしくてよ。そうすれば、先生はもっと今の大変なお仕事もがんばれます。それこそ一番先生のお役に立てることになると思いますわ。それとも、アメルダムに留まって、また離れ離れになるおつもり?」

「い、いえ・・・」

「サスキア!カレンさんはとても辛いことを口にしてらっしゃるのよ。とても勇気のいることよ。あなたがそうしてうじうじしていたら、彼女ももっと苦しめることになるのよ。はっきりとおっしゃい」


厳しい口調だが、柔らかい笑みを浮かべてカリスが言う。カレンと言う女性を見直したのだ。なかなか出来ることではない。自分の気持ちを押し殺して、サスキアを後押ししようとしているのだ。


「は・・・はい。私・・・ヤンに着いていきたい・・・」

「よく言った!」


シルヴィアとマルガレータが手を打つ。涙を浮かべたまま、カレンもうなずいた。


「それがよろしくてよ。私も、諦めがつきますわ」


ハンカチを取り出し、涙を拭いてから、シルヴィアに向いて別の話を始める。


「シルヴィア様。私、今回の監察官のお仕事が終わった後もアメルダムに留まりたいと思います。何かの形で、どこかに勤められる様にお取り計らいいただけないでしょうか?」

「もちろんよ。国務府でも司法府でも女性の職員は不足しているわ。カレンさんは大変優秀な方ですし、今回の件でがんばれば、重要なお仕事もお願いできるわ」

「ありがとうございます。ふうぅ・・・!」


大きなため息をついて、肩の荷が下りたようにすっきりとした顔を全員に向ける。


「すっきりしました。いつまでも、他の方の男性にこだわっていては先に進めませんわね。アメルダムでもっと素敵な方を探すことにしますわ」

「ふむ。護国騎士団も保安兵団もいくらでも他人の手垢がついてない男がたくさんいるわよ。社交界の縁結び担当者と言われる私が、素敵な殿方をご紹介するわ」

「あら、でも私・・・体育会系の殿方はちょっと苦手ですの・・・。汗臭い感じが・・・」

「あらら・・・ま、いろんな男がいるわ。汗臭いのも割りとよく思えることもあってよ。主人も相当汗臭いし」


部屋中に笑いが広がる。シルヴィアも実はカレンと同じように汗臭い男は嫌いだったのだが、一方で名門貴族のおぼっちゃまたちにも興味が持てず、このまま一生独身でいようかと思っていた時期もあった。汗臭いを通り越して、奇抜な行動の多い豪快なウィレムに惹かれることがあろうとは自分でも思っていなかったのである。


「あの・・・カレンさん・・・ありがとうございます・・・」

「あら、そんなことおっしゃらないで。私自身、すっきりしたかったんですの。私、田舎では歳の近いお友達もできなくて・・・。仲良くしてくださいね」

「よし!じゃあ、今日はもう仕事もないし!煮え切らないサスキアがはっきりしたことと、女同士の友情を祝して呑みましょう!料理もまだまだあるし!」

「せ、先生・・・昨日あんなに飲んだばかりじゃないですか・・・」

「男も一人いるんですけど・・・」


やや、居心地が悪く思えてきたピーテル。


結局、まだ仕事を残していたピーテルを抜いて、その日はサスキアとマルガレータの部屋で宴会となった。カリスは二日続けて痛飲したが、なぜか翌日は元気だった。自分とマウリッツの結婚後、サスキアがどうするのかを結構気に病んでいたのである。

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