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不死騎  作者: 槙原勇一郎
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ルワーズ公国小史

ここにルワーズ公国成立までの歴史と、その後の「十年前の戦争」と呼ばれている、「ルワーズ公国継承戦」「吸血鬼掃討戦」までの出来事を記す。

ルワーズ公国は特殊な成り立ちの国であった。ヨルパ大陸西部において『公』を君主とする国はいくつか存在するが、中でもルワーズの位置づけは特異である。この国はフリップ、インテグラ二カ国の複雑な関係から生まれた奇形児であった。


フリップ王国は数百年前、ヨルパ大陸西部を統一した巨大国家フリスカ王国の後継であると称している。その王家はフリスカ王国分裂の際、この地域を継承した第三王子の血を引くと言われているが真実かどうかは定かではない。


成立直後からしばらくの間、フリップ王国の王権はきわめて不安定で、臣下と君主との関係もあいまいであった。そんな折、北方の蛮族ノルム人の侵入を受ける。巨大な船をいくつも連ねて、現在のルワーズ公国の沿岸に上陸した彼らは、勇猛な戦士たちを繰り出し、瞬く間に沿岸地域を占領した。対応に苦慮したフリップ王国は政治に関する知識に欠ける彼らにルワーズの姓と伯爵位を与え、貴族として遇することでそれ以上のフリップ王国内における勢力拡大に歯止めをかけた。これが、ルワーズにおける『伯領時代』の始まりである。


ルワーズの姓を受けたノルムの族長は最初は元々の一族の習慣に従っていたが、次第にフリップの文化に染まっていく。そして、伯爵位を受けてから、百年程度が経過した後、一人の覇気ある若者が現れた。まだ、ノルム風の名を名乗ったクアナトと言うルワーズ伯爵家の三男である。


伯爵領は兄たちのために継承できないと考えたクアナトは、先祖がルワーズに進入したときと同様、大艦隊を連ねて、ヨルパ大陸の西側に位置する大ブリッツ島へと進軍する。瞬く間に当地の数十の部族を平定したクアナトは、その地に独立した王国を建設した。これがインテグラ王国の始まりである。これが、史上『ノルムコンクェスト』と呼ばれる出来事であり、インテグラ王国の正史では壮大な冒険物語として記載されている。


ところが、クアナトがインテグラ王国を建国して十年足らずで、ルワーズ伯爵領の方で異変が起こった。父親に続き、二人の兄が死去し、クアナトに伯爵領が継承されることになったのである。これにより、インテグラ王国は独立した国家でありながら、その王はフリップ王国に伯爵位を授けられ、臣下として遇されるという奇妙な状況が始まる。これが、両国の奇形的な関係の始まりであった。


未だフリップ王国の王権は安定しておらず、インテグラ王国の巨大な領地と人口を背景に、ルワーズ伯爵家はフリップ国内でも王家に並ぶ権力を持つにいたる。フリップ王家から姫君を后に貰い受けることで、フリップ王家の継承権まで主張するようになった時、両国は百年に及ぶ戦争を経験することとなった。世に言うフリップ・インテグラ百年戦争である。


きっかけは、フリップ王国側がインテグラ王国とルワーズ伯爵領の完全なる分離と、ルワーズ伯の位を王家の支配下に置くため、フリップ王家の者の中から新たにルワーズ伯を指名したことによる。


長期に及ぶ大戦により両国は疲弊していった。多くの人命を失い、また、両国の経済は混乱を極める。互いに耐え切れなくなった両国は二つのルワーズ伯爵家を統合し、当地に新しい領主を置くことで妥協する。両国の中間に位置し、独立性の高いこの領主には自由徴税権をはじめとする多くの特権と公爵位を与え、どちらの国にも臣従すると同時に、どちらの国からも半独立の状態にあった。これが、ルワーズ公国の始まりである。


初代のルワーズ公爵はインテグラ王国側の、つまりノルムを祖先とする従来のルワーズ伯爵家の者が選ばれたが、その后はフリップ王国側のルワーズ伯爵家から選ばれた。それ以来、ルワーズ公爵は一世代ごと交互に両王国から后を受け入れ、常に両王家の血が一定の割合で混ざるという状態を強要されることとなる。このような時代がその後数百年続いた。


しかし、こうした三国の微妙な関係にも終止符を打たれる時が来た。現国公ジェローン・ルワーズの父ジョージ・ルワーズはフリップ王家から降下した后との間に長女ファムケが生まれていたが、娘が十四歳の時にその母親が死んだ後、愛人としていた臣下のファン・ゴッホ家の娘との間にさらに一男をもうけた。それがジェローン・ルワーズである。


ジョージは後継者にジェローンを指名する。これは、フリップ王家にとってもインテグラ王家にとっても許容できない継承であった。しかし、女性相続を認めないフリップ王家にとっては、ファムケに公国を統治させるわけにも行かず、インテグラ王家にとっては適当な後継者がいなかった。


フリップ王家はジェローンが生まれた二年後にファムケを王族の后として迎えて、四年後に生まれた男子をアルベルト・ルワーズと名づけ、ルワーズ公爵位の継承権を主張する。一方でインテグラ王家はジョージに対し、将来ジェローンがインテグラ王国側の姫を后に迎えることを条件にジェローンの継承を承諾した。


破局はその十年後、ジョージの死とともに訪れる。アルベルトの正当性を主張するフリップ王国とジェローンの継承を認めるインテグラ王国がルワーズ公国をめぐって激しく対立を始めたのである。空位の期間が長期化することを避けたいルワーズ公家の廷臣たちは、仮のこととして、十五歳のジェローンを『公国監国』に推戴した。『監国』とは君主不在の間、臨時に君主に代わって国を統治する者の意である。


これが、フリップ王家のみならず、インテグラ王家の逆鱗にも触れることになる。まだ十一歳のアルベルトの継承を主張するフリップ王家はともかく、インテグラ王家を怒らせたのは、まさしく『監国』というあいまいな地位を称したことによる。これは、フリップ王家が古い時代に用いた称号であり、これを用いることは、いずれフリップ王家の慣習に従って、ジェローンが退位し、アルベルトに継承させることを意味するように思われたのだ。


こうした玉虫色の選択で戦争を避けようとしたのは、ルワーズ公国において、王家に次ぐ格式を持つファン・ダルファー侯爵家の党首で当時、国務卿の地位にあったテオ・ファン・ダルファーであった。だが、元々テオはフリップ王家よりの人物であり、それもまた、インテグラ王家の疑惑を生むことに繋がったのである。


しかし、『公国監国ジェローン』が誕生した事実は今更否定するわけにもいかなかった。フリップ、インテグラ両王家から使者が送られ、ルワーズ公国の宮廷において話し合いが行われる。ルワーズ公国の廷臣と民は固唾を呑んでその様子を伺ったが、大方の予想通り、話し合いは物別れに終わった。インテグラ王家もフリップ王家も譲るつもりはまったくなかったのである。


両国は軍備を増強し、力でルワーズ公国を我が物にする意図を隠さなかった。ルワーズ公国の廷臣たちは避けがたい戦争において、どちらに味方するかを真剣に話し合ったが一向に答えが出ることはない。ジェローンはまだ十代半ばの子供に過ぎず、廷臣たちの意見をまとめるには若すぎ、それを輔弼すべき国務卿テオ・ファン・ダルファーは優柔不断すぎた。


ルワーズ公国の態度が決まるきっかけは、たった一人、まだ十八歳の少年の一言による。これは歴史には明確には記載されていない出来事であった。少年はヤン・エッシャーと名乗っていたが、公国に古くからある男爵家、ファン・バステン家の次男であった。医師を志望し、名医の呼び声の高いヨアヒム・カイパー博士に師事する彼は、兄で公国最大の軍事力を象徴する護国騎士団の第一部隊長であったウィレム・ファン・バステンに拗ねた様な口調で言った。


「どっちにも味方しなけりゃ、両王家の血の薄いジェローン殿下の元に、どちらからも独立した新しいルワーズ公国を築けるのに」


ウィレムはこの事を当時密かに交際していたシルヴィア・ファン・フェルメールに話した。シルヴィアはこの時、ジェローンの家庭教師と国務府主席参事官であるベルト・ファン・レオニー伯爵の秘書を兼ねていた。シルヴィアはまずファン・レオニー伯爵にウィレムを通じて知ったヤンのアイデアを伝える。ファン・レオニーは亡くなったジョージ・ルワーズからジェローンの養育を遺言されており、その養育係として自分の秘書で才女の呼び声が高いシルヴィアを推薦していた。シルヴィアから聞いたヤンの提案に理解を示したファン・レオニーは積極的に宮廷工作に乗り出したが、成果は芳しくなかった。


優柔不断と言われる国務卿テオ・ファン・ダルファーはフリップ王家と組すると言う方針を譲らず、元々インテグラ王家よりで武断派の公国元帥フーゴー・ファン・ドースブルフ伯爵は両王家のどちらを選ぶにしても、軍を発して立場を明確にすることを主張した。


シルヴィアに相談にしたファン・レオニーは策謀を用いて、二人の実力者の意向を無視することに成功する。両王国からの使者が同じタイミングでルワーズ宮廷へ現れるように細工をし、両者を目の前にして、ジェローン自身に『フリップ、インテグラ両王家の統一した見解が出るまでルワーズ宮廷は判断を保留する』旨を宣言させたのである。ファン・レオニーはこれを自分の策動の結果と考えていたが、実際にはシルヴィアとジェローン自身が相談して決めたことであった。わずか十五歳のジェローン・ルワーズはこの時点で君主として必要な才覚を十分に備えていたと言える。


翌年、本来当事者であるルワーズ公国軍を抜きにした、ルワーズ公国の覇権をめぐる戦いが公国領ドルテレヒト州の平原で行われた。どちらが勝ったとしてもルワーズ公国は独立を勝ち取ることができた。両軍の規模と実力は均衡しており、勝った方も無事で済むはずがなく、公国自体が意思を持って何かを要求すれば、それを呑ませることは難しくなかった。


ところが、事態は誰も予想しないものとなる。両軍が激突し、凄惨な戦いが断続的に一月ほど続いたころ、双方の軍組織が戦闘によらず崩壊したのである。伝染性吸血病の蔓延であった。何が起きたのかもわからないままに、多くの兵士たちが吸血鬼と化し、戦友たちの血を啜った。血を吸われた兵士もまた高い確率で吸血鬼となり、瞬く間に両軍の何割かが吸血鬼化して軍はその形を失ったのである。ルワーズ公国に進軍した将兵のうち、無事本国に帰ることが出来た者は、双方とも僅か三割程度でしかなかった。


両軍が退いた後、ルワーズ公国は完全なる独立を勝ち取るはずで、実際にこの時点から『ルワーズ独立公国時代』は正史の上でも始まるのだが、未来は明るいものには思われなかった。ドルテレヒト州とその周辺には、数万の吸血鬼たちが闊歩し周辺の住民たちを襲い続けた。国務卿ファン・ダルファー侯爵も、公国元帥ファン・ドースブルフ伯爵も、事実上彼らをしのぐ権力を握った国務府首席参事官ファン・レオニー伯爵もこの事態には無力だった。そもそもこの時点では伝染性吸血病は病とはされず、素朴な迷信に従い、呪術的な存在ととらえられ、教会など宗教勢力がしきりに不毛な祈りと、高価だが何の意味もない聖水や聖餅を売り散らかすだけの状態であった。


この事態を解決に導いたのは、ルワーズ公国軍の不参戦を提案したヤン・エッシャーの師、当時すでに医聖と称されていたヨアヒム・カイパー博士である。やはりシルヴィアを通じて、新国公ジェローン・ルワーズに謁見したヨアヒムは吸血鬼がドルテレヒト蝙蝠を病原とする伝染病であると言う病理を明らかにし、対抗策を示して護国騎士団の出動を提案した。


しかし、すでに半病人となっていたファン・ドースブルフも、当時の護国騎士団長トーマス・ファン・ピケもカイパー博士を信用することはなかった。業を煮やしたのは、護国騎士団第一部隊長ウィレム・ファン・バステンである。彼はファン・ピケ将軍の命令書を偽装し、第一部隊のみならず、ライバルだったピエト・ファン・サッセンを隊長とする第二部隊まで動かし、ドルテレヒト州に進軍した。彼は実弟である若きヤン・エッシャーや、子供のころからの親友であるマウリッツ・スタンジェ、二人の師匠であるヨアヒム・カイパー博士の献策をすべて受け入れ、瞬く間に数万の吸血鬼を数千の部隊で殲滅していった。


森林や山岳部に逃げ込んだ自由意志のある不死鬼の掃討まで含めると、この作戦の完了には二年ほどかかった。実際に掃討作戦を指揮したのはウィレムであり、その戦術を提案したのはヤンであり、その背景となる伝染性吸血病の病理を明らかにしたのは、ヨアヒム・カイパー博士とマウリッツ・スタンジェの師弟なのだが、記録上は護国騎士団長トーマス・ファン・ピケが裁可をした作戦となっている。


そのため、宮廷内で支持を失い辞任に追い込まれたファン・ドースブルフに代わって、トーマス・ファン・ピケが公国元帥に昇進し、ウィレムは護国騎士団長に収まった。また、テオ・ファン・ダルファーはフリップ王国の後ろ盾を失い、やはり、宮廷内での勢力を著しく弱め、国務卿を辞任した。そのため、公国独立の立役者としてベルト・ファン・レオニーが国務卿となって新生公国政府の首班を勤めることとなったのである。


本来のこの吸血鬼掃討戦の立役者であった、カイパー派医術一門はその存在を多くの医療関係者に知られ、ヨルパ大陸最大の医学関連組織と言われる公国中央医局の医局長にカイパー博士が推薦される。カイパー博士はそれを辞退し、一番弟子で吸血鬼掃討戦以前から名医として呼び声の高かったマウリッツ・スタンジェを代わりに推した。また、軍事面でもその才能を密かに発揮したヤン・エッシャーはその後も数年カイパー博士に師事した後、アメルダムで公職につくことを避けて、かつての吸血鬼掃討戦の舞台に近いドルテレヒト州ケテル村に移住、当地で小さな診療所を開業する。


実際の公国独立第一の立役者であるシルヴィア・ファン・フェルメールは、ウィレム・ファン・バステンに惚れ込み、女性継承者として家督を保持していたファン・フェルメール伯爵家の継承権を従兄弟に譲渡、押掛け女房同然の強引な求婚で、ファン・バステン男爵婦人となった。


以降八年ほどの後、ルワーズ公国には再び伝染性吸血病の病魔が吹き荒れ、フリップ、インテグラ両王国を巻き込む大事件と発展する。そして、その事件に解決に当たるのは、やはり、十年前のルワーズ公国独立と吸血鬼掃討戦の『本当の立役者たち』なのである。

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