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不死騎  作者: 槙原勇一郎
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才女たち

三箇所に警備と現場検証のために残した以外の兵力と共にヤンは護国騎士団本部に戻ってきた。騎士たちを統率しているのはシモンである。第三部隊長カレルは負傷しており、馬車で運ばれている。


馬を並べて進む二人の表情は深刻であった。今や護国騎士団の大半の騎士たちは動揺を隠し切れないでいる。カレル・パルケレンネの負傷が主たる要因だが、腕利きの騎士十名がまともに戦うこともなく殺されたこと、わずか三名の不死鬼に眼前で逃亡されたことが、彼らの気を重くしていた。自分たちの力で、強力な戦闘訓練を受けた不死鬼たちと戦うことが無謀なことに思えてきたのだ。


三人の不死鬼のおそらく首領格と思われる鎧の男の目論見は成功していた。ヤンの電光石火の判断で行った拠点への襲撃は、アメルダムにおける不死鬼一党の活動を壊滅せしめたはずであり、状況をリードするという目的は果たせたのだが、その犠牲はあまりにも大きかった。死人が出たことではなく、騎士たちの精神に暗い影を落とすこととなってしまったことがだ。


「ヤンさん・・・まずいです。これでは今後騎士たちが十分に戦えるかどうか・・・」


本来、護国騎士団の騎士たちは騎士団長たるウィレム・ファン・バステンの影響を受け、危機に際しても不謹慎なほど明るい表情を失わない連中であった。死人がでれば、葬儀のまでの間はちゃんと喪に服すが、それが終わると、「死者の霊を弔う儀式」と称して、アメルダムの歓楽街に繰り出し、街ごと占領したような体で丸一晩のみ騒ぐのが慣例であった。


今回は作戦中でのことで戦死扱いであるため、喪に服するこもないのだが、騎士たちはすっかり意気消沈していた。


ヤンもシモンも疲労困憊している。全員が丸一晩一睡もしていない。しかもこの二人の場合は、前日の朝にザーンを出発し、途中で昼食を取る以外は夕刻までほとんど止まることなく馬をせかしていた。アメルダムに到着した後も、ヨアヒム・カイパーとマウリッツ・スタンジェの居館を探索、吸血鬼化の罠に嵌ったロビー・マルダーの手術をし、そこからさらに制圧作戦を実施したのである。その間には数回の戦闘が含まれている。二人とも騎士たちの動揺を抑える手立てを考える余裕はなかった。




葬列のような二千人以上の集団が騎士団本部にたどり着くと、なにやら香ばしいにおいが立ち込めていた。吸血鬼対策の臭気結界のにおいではない。確かに、ニンニクの香りはするが、ちゃんと調理した食欲をそそるものだった。


「さあ、みんな!お疲れ様でした。犠牲者がでたことは聞いています。残念なことことだけど、作戦自体は成功よ。食事とワインも用意したわ!これはファン・バステン家からのおごり!酒の一滴は血の一滴!私たちは吸血鬼と違って血は飲まないけれどもワインを飲んで力をつけるのよ!それこそが護国騎士団の死者への弔い方でしょう!」


貴婦人の割にはやたらと威勢のいい声を上げたのはシルヴィアである。練武場にはいくつもの大なべが用意され、さまざまな食材の入ったごった煮のようなスープが湯気を立てていた。それ以外にも子牛の丸焼きや豚の腸詰などの肉類を主体とした料理が大量に用意されている。それらに囲まれたスペースには野戦の際に陣地を築くのに使う大きな板と杭を使って作ったテーブルが並べられていた。先にシルヴィアたちと共に引き上げて来た騎士団長親衛隊の兵士たちが準備したものである。


だが、騎士たちの反応は鈍かった。同僚の死や指揮官の負傷以上に彼らの気持ちを静めているのは、不死鬼たちの恐るべき戦闘力の高さである。戦死を恐れるような臆病者は護国騎士団にはいないが、なすすべもなく死を迎えるかもしれないと思うと、いつものように宴会に興じる気分にはなれなかったのだ・・・。


「義姉上・・・ありがとうございます。しかし・・・」


パシッ!


乾いた音が突然鳴り響いた。


「おお痛い・・・」


シルヴィアが大げさに眉を寄せる。おもむろにヤンに近づいたサスキアが思いっきり背中をひっぱたいたのである。ヤンはいつも白衣の下に着ている服装のままで鎧はつけていない。ヒリヒリとするほどの強い平手打ちであった。


「さあ、どんどん飲んで食べてください。次の手立てや作戦はいくらでも先生の頭の中におありでしょうけど、それを話す前に別のことに口を使ってくださいませ。先生がお好きと伺って、鱒のチーズ焼きもたくさん用意しました。ステーン湖で取られたものを仕入れてきたのですよ。さあ、眠そうな顔したってだめですよ!せっかくこんなに作ったんですから、しっかり食べてから休んでくさいね」


わずかに騎士たちの表情が変わった。サスキアが『次の手立てや作戦はいくらでも先生の頭の中に』と口にした瞬間である。サスキアの信頼しきった台詞が騎士たちにあることを気付かせた。


「そうだ・・・我々にはヤン・エッシャー先生がいるのだ!不死鬼の力など恐れる必要はない!戦い方などいくらでも先生が考えてくださる!心配なんか要らないぞ!とりあえず、今は死んだ者の分まで飲んで食えっ!本格的な戦いの前の景気づけだ!」


騎士たちの反応を正確に見取ったシモンの一言で、練武場の雰囲気が一気に変わった。ヤンがいれば戦える。不死鬼は強敵ではあるが、十年前もヤンの頭脳から発せられた作戦で、大量発生した吸血鬼を殲滅できたことを古株の騎士たちはみな知っていた。その男が今自分たちの指揮官なのだ。


騎士たちは次々と皿とグラスを受け取り、料理とワイン樽の周りに群がり始めた。なにも心配はない。戦い方はヤンが教えてくれる、それに従っていればきっと勝てる。説明不可能な想念が全員の心のうちに生まれたのである。


だが、そのヤン自身は疲労困憊な上に沈んだままだった。


「あら、サスキアさん。ヤン先生は飲み食いには口は使いたくないんですってよ。あなたが別のことに使って差し上げたら?」

「・・・・?」

「え、なんですか?」


シルヴィアが妙な笑みを浮かべながら言った言葉の意味は、サスキアにもヤンにもわからなかった。


「お姫様のキスで、王子様の疲れを吹き飛ばしてさしあげてはいかがかしら?」


これはカリスの言葉である。


「な、なにをおっしゃるんですかっ!」


赤面をしてあわてる二人の周囲に哄笑が沸き起こった。


「何ならヤン先生の変わりに俺が!」

「俺も食欲がないから、是非、そっちの方で!」

「いやいや俺が!」


野卑な声が騎士たちの間から飛び交い、大騒ぎとなった。


「ほら!突っ立てたら収拾が付かなくなるわよ!とっとと食べることに口を使いなさい。やるっていうなら、みんなの前で接吻披露したっていいけどね」


シルヴィアは言いながらワイングラスと鱒のチーズ焼きの皿を手渡した。ヤンは目を瞑って下を向き、少したってから顔を上げて言った。


「わかりました。まずは空っぽの腹を一杯にしてからにしましょう」


やっとヤンの表情に明るさが戻った。羞恥の赤みは差したままである。疲れて寝不足の頭で深刻に考えても意味はない。やっとそれに気づいたのであった。


「あら、惜しかったわねぇ、サスキア。キスよりワインと料理の方がいいって」

「お姉さまっ!」


こちらも耳まで真っ赤にしたままのサスキアが声を荒げる。再び周囲に笑いが広がった。空が明るくなり始めた屋外で、大人数の奇妙な宴会が始まる。


「サスキアが言い出したのよ。みんな疲れているだろうし、何かねぎらうことはできないかって。カレル隊長が伝令を先行させて事情を知らせてくれたから、何があったかも知っているわ。指揮官がへこたれててどうするの。飲んで食べて力をつけなさい。そうすれば、あなたならいくらでも戦えるわ」


ヤンは担架で馬車から下ろされて運ばれているカレルを見た。カレルはニヤリと笑ってうなずいて見せた。自分の負傷によって士気が低下することを悟り、その影響を抑える方法をとっさに考えて手をうったのだ。シルヴィアにさえ知らせれば、方法は考えてくれると計算してのことである。戦闘においては無力だった古強者は、負傷しながらも事後処理で失点を補ったのだ。


ヤンはグラスのワインを一気に飲み干し、鱒のチーズ焼きにかぶりついた。すぐにサスキアが新しいワインをグラスに注ぐ。目が合った瞬間、顔を赤らめながらサスキアは笑顔でうなずいた。


「サスキア・・・君には助けられてばかりだ。再会してまだ一日もたっていないのに・・・」

「そのために待ってたって言ったじゃありませんか。私に出来ることなら何でもしますわ」

「ありがとう」


サスキアが照れたように笑い、空いたワインのビンを取替えにその場を離れようとしたところで、突然目の前にシモンが現れた。疲労と寝不足のせいか、まだ始まったばかりなのにすでに出来上がっている。足元が怪しい。


「ひっく・・・お二人さん・・・何でまたこんな隅っこに?こ、こっそり食べる以外のことに口を使おうったってだめですよ・・・ほら、するならみんなの見えるところで!」

「シモンさん酔いすぎですよ!」

「まだ一杯しか飲んでませんよ」

「一杯だけでそんなに?」

「景気付けに部下の前で・・・ビンごと一気しただけです・・・ひっく・・・それより、さあ、みんなの見えるところで・・・」


そう言えば手に持っているのはグラスではなく、空き瓶である。ろれつの回らない口調で話していたのが、急にコテンと倒れていびきをかき始めてしまった。シモンは長身の不死鬼と激烈な戦いを演じたばかりだ。ずっとヤンと行動を共にしていたのもあり、その疲労は尋常ではない。


「おい・・・シモンさん?ああ・・・寝てしまった・・・」

「ふ、ふふふっ・・・」

「は、はは、ははは・・・」


二人は顔を見合わせて笑い出した。




朝方の宴会は一時間ほどで終了してしまった。すさまじい勢いで料理と酒が消費されたこともあるが、全員疲労困憊だったのだ。徹夜した者たちが起き始めたのは正午になってからである。


「おはようございます。」


騎士団本部の応接室に入ってきたシモンは、シルヴィアとカリスがすでに起きていたのを見て挨拶をした。結局ビン一本を一気飲みしただけなので、二日酔いにはならなかった。頭は妙にすっきりしている。特別長くはなかったが、深い眠りについて心身の疲労はきれいに拭い去られたようだ。


昨晩のサスキアの一言で、護国騎士団は普段の不謹慎なまでの余裕を取り戻していた。ロビー・マルダーの手術直後にシモンが感じた予感は正しかったのだ。サスキアだけでなく、シルヴィアとカリスの存在も大きい。男共がだらしないときは、彼女たちが尻をひっぱたいてくれることだろう。


「あら、シモン君。おはよう」


シルヴィアはテーブルの上で何か手紙のようなものを書いていた。すぐ横に立っていた、ファン・バステン家の執事にそれを手渡す。執事はそれを持ってそそくさと部屋から出て行った。


「さて、シモン君には確認しておきたいことがあるんだけど?」

「はあ。シルヴィア様。なんでしょうか?」

「あの二人、再会してからどんな感じだったのかしら?」

「あの二人と言いますと・・・」

「ヤンとサスキアよ」

「はあ・・・」


気のないような返事をしたのは、まだ頭が完全には覚めてなかったからである。少し間をおいて、聞かれた内容のことを理解すると、シモンは例のいやらしい笑みを浮かべ、シルヴィアとカリスにマウリッツ・スタンジェの居館での出来事や、ロビーの手術前後の二人の会話の内容を話した。


「あらら・・・うーん・・・サスキアも照れ屋だからなぁ。まあ、二人にしては上出来かしら」

「あら、カリス、二人はあなたとスタンジェ先生とは違って、もう十年以上前から知り合いだったのよ。久々の再会ったって、もうちょっと親密な雰囲気でもいいんじゃないかしら?今の話じゃまるで十代の子供の恋愛じゃないの」


二人の年長の女性は、ヤンとサスキアの二人のゴシップを話し始めた。女の長話に付き合うのも大変なので、シモンは会釈をして、その場を離れようとする。


「あ、お待ちなさい。シモン君。大事なお話があります」

「は。なんでしょうか」

「今の話、ちょっとおかしくないかしら?」

「・・・はあ、どこがでしょう・・・?」


シルヴィアはちらりとカリスを見た。


「シモンさん。サスキアは生真面目な娘で人前で殿方と親しげに話すなんてことはしないわ。他人には聞こえないところでしか敬語を使わずに話したりはしないはずよ。つまり・・・」

「あなた、盗み聞きしてたわね!」


どーんと、音が聞こえてきそうな迫力でシルヴィアがシモンの胸あたりを指差した。


「うっ!」

「う、じゃないわよ。長年剣が恋人だなんて言っていたけど、欲求不満が募って、知人の恋愛事情に聞き耳を立てているようじゃ情けないわよ」

「知り合いの精神科医が言っていたわ。異常性愛の源は性欲求の過剰な抑圧にあるってね」

「ああ・・・、副隊長が性犯罪なんて犯したら護国騎士団の名誉も丸つぶれだわ。どうしましょう・・」


今度は標的が自分に代わったようである。たじたじになって後ずさるシモンに急にまじめな顔になってシルヴィアが話を続けた。


「まあ、冗談はさておき、あなたもそろそろいい加減結婚でも考えたら?ヤンの精神的負担と医師の仕事についてはサスキアさんが補うわ。あなたはヤンの指揮官としての務めを補佐しなければならないのよ。でも、あなたの精神的負担はいったい誰が補うのかしら?」

「じ、自分は大丈夫です!」

「大丈夫ったって、男なんてみんな追い詰められると赤ん坊より無力なものなのよ。ウィレムだってすっかり甘えん坊になっちゃうんだから。でも、重大な責任を負う人にはそういうことも必要なのよ」


『甘えん坊』のところで一瞬、例のいやらしい笑みを浮かべかけたが、問題はそんなことではない。なにやら話が怪しい方向に進みだした。


「というわけで、私がいい娘を見繕ってあげるから、安心して待ってなさい」

「え、いや、シルヴィア様が?」

「そう。私が。これでも社交界では縁結びで有名なんだから。大貴族から一騎士まで、娘の婚期の遅れを心配するかわいそうな父親たちから、しょっちゅう相談をうけているのよ」

「はあ・・・いや、ありがとうございます」


気のない返事を返しながら、部屋を出るタイミングを逸してしまったことに気付いた。特に急ぎの仕事もないのだが、年長の女性たちの会話の中に身を置く危険にいまさらながらに気付いたのである。これ以上妙なことを言われないうちに、出来るだけ早く遠ざかりたいのだがそうも行かない。


「さて、しかしまあ、タイプの違う美女が三人もいるって言うのに、すっかり最年少に人気が集まっちゃったわね。やっぱり若さには勝てないのかしら?」

「あら、奥様。年齢よりも人妻と近日中に人妻となる女では、乙女のサスキアとはハンデがありすぎでしてよ。いたしかたないですわ。」


実は朝方の宴会の席での出来事で、サスキアはすっかり騎士団員たちの憧れの的になってしまった。酒の勢いもあってであろうか、いつの間にか『サスキア嬢防衛隊』なる有志の集まりまで結成され、騎士団内において犯罪者などの似顔絵を作成する部署の者が、サスキアの顔をデッサンして、入隊者に配っていたりするのだ。曰く『男だけの地獄に舞い降りた清らかな天使を不実な男からお守りすることを聖なる使命とする』のだそうだ。この部屋に来るまでに兵士たちからこの話を聞いたシモンも一瞬入隊することを考えた。こうした度を越した悪ふざけの雰囲気こそ、護国騎士団長ウィレム・ファン・バステンの人格的影響の最もたるものであった。今朝の沈滞した雰囲気から、騎士団員たちの精神が復活を遂げたことが良くわかる。


「といっても、サスキアさんだって、あなたほど直近でなくても人妻予定者のようなものよ」

「どうかしらね。サスキアの生真面目と照れ屋は筋金入りよ?エッシャー先生だってかなりのものよね。ホントに十代の医生ぐらいにしか見えないわ。サスキアと二人の時は」


話が再びヤンとサスキアに移ってきたので、ほっとしながら、自分自身も含め、この三名の女性たちの力でどれだけ勇気付けられたかと言うことを考え始めた。シルヴィアとカリスは開明派が優勢で女性の権利の強いルワーズ公国にあっても異色の才女である。その気になれば政界で実権力を握れると言われるほどの実力者シルヴィア・ファン・バステン、女性ながら医師であり、中央医局参事官の職にあるカリス・クリステル。二人ともこの国を代表する人材であると言える。


サスキアも含め、女性たちは不死鬼たちとのこの戦いをまったく恐れることはなかった。それぞれが、その力を信じて疑わない人物がいるからであろう。今はヤン・エッシャー一人しかアメルダムにいないが、彼女たちが信頼する、ウィレム・ファン・バステン、マウリッツ・スタンジェの二人が合流すれば、本当に不死鬼など恐れる必要はないのではないかとすら思われてきた。


「それにしても、マウリッツってホントにやさしいのよね」

「あら、婚約者ののろけ?」

「自分だけ結婚して幸せになるのは気が引けるからって、弟弟子の世話までしちゃうんだから。私の義妹がエッシャー先生の幼馴染だって聞いたらすぐに」


独身主義者のシモンは頭なの中で今の話をマウリッツの本音に翻訳してみた。


『自分だけが結婚と言う人生の牢獄に捕らえられるのは癪だから、弟弟子を道連れにしよう』


だが、このことは口には出さなかった。


「ところで、クリステル先生もサスキアさんも美人ですが、あまり似ておられませんね」

「あら、ありがとう。そりゃあ、血のつながりはないもの」

「カリスの亡くなったお父様はアメルダムでも有数の実業家だったけど、慈善家としてもその名が知られていたわ。理髪なサスキアを孤児院で見つけて引き取ったのよね」

「私が妹がほしいってせがんだのもあるんだけどね。サスキアは頭もいいし器用だったから、父は私同様、公国医学院に入れて医者にしようとしてたんだけど、本人がどうしても看護婦の方がいいって言って聞かなかったのよね。あの子の頭の中には十年以上、ずっとエッシャー先生の手伝いをすることしかなかったみたいよ」

「なるほど。いやあ、エッシャー先生がですね、さっきお話したように、スタンジェ医局長とサスキアさんの仲を誤解した時に、医局長の女性の好みはわかるって言ってたんですがね」

「ぷっ!誰の好みだか。美人姉妹とか言われることはあるけれども、私とサスキアじゃだいぶ違うわよね」


深刻な事態を脱したわけではないが、この女性たちがいるとずいぶんと気持ちに余裕が出てくるようであった。


ヤンはもう起きているはずだが、この部屋には現れていない。廊下にいた兵士によれば、地下のロビー・マルダーの様子を見に行ったようであった。サスキアは誰よりも早くに目を覚まし、廊下で出会った騎士に案内を請いながら、本部庁舎の掃除を始めている。


肋骨を折っているカレルは、庁舎で本格的な治療を受けた後、シルヴィアの許可で自宅療養することとなった。


シルヴィアはカリスとくだらない話に花を咲かせながら、しきりに何枚もの手紙を書いている。この夫人は意味のないことはしない。戦略と医療はヤンの範疇だが、政界への工作などは彼女一人の才覚に掛かっていた。

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