誰もいない村
それはとても奇妙なことであった。
夜、とは言ってもまだそれほど遅くはない。外は暗闇であっても、家々の窓には明かりが漏れていていい時間であった。にもかかわらず、村落はほとんど完全な闇に包まれている。厚い雲に覆われた空には月も星も見えてはいない。ただ、バタバタと耳障りな音を立てる無数の蝙蝠の目だけが怪しく光っていた。
村落は小さなものではあるが、それでも百数十名が暮らしている。十年前の戦争の頃には一帯が焼け野原になったが、戻ってきた村人たちは、荒らされた畑を再び耕し、焼け落ちた家を建て直し、一から自分たちの生活を取り戻したのである。略奪された物資も、奪われた娘も、徴用されたり殺された若者たちも帰ってこなかったが、それでも、自分たちの力で取り戻せるものは、すべて取り戻すことができた。
元々、さして自慢になるものもない、素朴な村人が住むだけの小さな村だった。それは戦前も戦後もほとんど変わらない。しいて言うなら、戦乱の後、村の復興に一役買った、兵士の死体から剥ぎ取られた甲冑や武器が今でも若干残っていて、帰らぬ兵士の遺品を求めて遠方から訪ねてくる遺族がいるということぐらいしか、変わったことなどありはしない。
ただし、それもこの夜までのことだ。
カシャッ・・・
カシャッ・・・
カシャッ・・・
一寸先も見えぬ暗闇の中で、古びた甲冑を着た者たちの歩く音が聞こえてくる。見ている者がいれば、苛立ちを覚えるぐらいゆっくりと、だが、機械のように正確に、全員が同じリズムで歩いている。行進ぐらいしか仕事がないと言われる、宮廷騎士団の騎士達であっても、これほどに整然とした行進を出来るものではないだろう。
ただし、この村には彼らのその行進を見物できる者は既に一人もいなかった。
兵士たちは全員が無言のまま、村の広場抜け、村の西側へ伸びる道を黙々と進み、去っていった。その後には、耳障りな蝙蝠たちの羽音も鳴き声も聞こえなくなり、吹き抜ける風の音だけが残っていた。