86.エピローグ 旅立ちの時 ③
「お、来た来た」
ジグラト・シティ全景をしかとその視界に収めること可能な、近傍の丘。
そんな荒野にむっくり持ち上がった小丘の頂で、ふいに声を上げた一人の娘がいた。短い黒髪に、真っ黒なアーモンドアイ。胸衣の上からヴァーミリオンのジャケット羽織り、黒のショートパンツはいたブレイカー。
むろんそれはクロニカ。赤と黒の機動型オーバー・ブレイク=<ファイアー・ドレイク>操る凄腕のライダーである。
彼女はその声発したまま、じっと丘から都市のほう、ここへとつながる道の先をしかと見つめ――。
「約束はちゃんと守ってくれたんだ」
「でもあと5分もしたら、出発していたところだったけど」
「だけど長年の仲間と離れるのよ? 別れの話なんて長くなるに決まっている」
そしてやがて傍らに立つ相棒――灰色の髪に水色の瞳した、理知的な青年ロビーへ諭すように答えたのだった。
それはまだ光溢れる昼下がりのこと。真っ青な空には当然まばらな雲しかなく、そんな白い塊たちも気まぐれな風に吹かれるまま、すぐにどこかへ立ち去って行ってしまうような、穏やかな時刻――。
「<失われた聖域>か。凄い力だったな」
「ええ、私たちなんかとは断然レベルが違い過ぎるくらい」
「でも、そんな彼の力、僕らで抑えられるかな」
「さあ、その時になってみないと。――とにかくアクセル自身があのオーバー・ブレイクの力に怯えているのは紛れもない事実。だったら、誰かが必ずサポートしてあげないと」
「――たしかに、それは言える」
かくて激しい陽光下、二人はひっそりと、件の最重要案件に関する話始めている。もちろん、この丘目指してゆっくりと、だが確実に近づいてくる小さな人影へ決して見逃さぬよう眼差し向けながら。ちなみに今のクロニカは徒歩状態、自慢のオーバー・ブレイクの姿は周囲にすら見かけられない。どうやらあの機体は何らかの方法で隠してあるようだった。
「とにかく、一緒に来てくれる以上、こっちも全力で守ってやらないとね」
実際、そんな二人の様子を窺えば、新入りを加えたこれからの長い旅路、どこまでも歩いて行く気満々と感じられたように。
「――うん、アクセル君は、覚醒した時の力は凄いが、ただ、それまでの状態が無防備過ぎる。あれでは危険としか言いようがない」
「そうね。ゴルディアスとの戦いだって、私たちがいなければ一体どうなっていたか……」
ともあれそう言いつつふとあの日の絶望的状況想起したのか、結局クロニカはいったん眉間に皺寄せ、話の途中ふうと知らず小さな息も吐かざるをえなかった。その点はさすがの凄腕ブレイカーもいまだ怖気走る経験忘れられなかったといえよう。そう、何より、実際肌で感じられるほどの危機を体験してしまった以上。
「ま、何とかなるとは思うけど、私たちなら」
そしてその視線は、変わらずずっとだんだん近づいてくる修道士服姿の少年へ向けたまま……。
「しかし、本当にやるつもりか?」
すると刹那の間を置いて、ふいにロビーが声色重くして静かに訊ねてきた。砂混じりの風が無造作に整えられた髪の毛揺らしていったが、そんなことには一切構わずに。
「……当然じゃない」
一方対して答えたクロニカは、やはり軽やかさ維持したままながら、しかしどこかその声にも重みがこもっている。それはまるで、このつかの間現れた二人きりの空間で、今でしか話せない真の秘密を、打ち明け合っているかのようだった。
「だが道のりは恐ろしく険しいぞ。そう、敵の強さがもはやゴルディアスの比ではなくなるくらいに」
「分かっているわ、そんなこと。余りに無謀すぎるってことも」
「……」
「でも、彼の力を目の当たりにした以上、これはどうしてもやり遂げなければいけないの。この世界のために」
そして一瞬、二人の間にピリリとした沈黙が流れ――。
「そう、<ファランクス>を倒せるのは、間違いなく彼だけなんだから」
クロニカはやがて、黒い瞳にありありと強気な光宿し、そう言い切っていたのである。
――ファランクス。
<聖鎧> <無限城> <天の宙船> <メギドの巨人> <熾天使>
それぞれ最強のオーバー・ブレイク操る、今や大陸を五つの軍管区で支配する5人の至高極めたブレイカーたち。
何よりそのたった5人だけで、あの強大なるアクシオム帝国を僅か7日間の内に滅ぼしてしまったという、もはや伝説そのものの存在……。
「――いずれにしても」
と、そんな内心で熱い想い滾らせる相棒へ、ふいに涼やかな風のごとく声を掛けるロビー。クロニカとは対照的に、その瞳はいまだ至って冷静な色維持している。
「アクセル君には、これからあのオーバー・ブレイク、上手く使いこなせるようになってもらわないと」
「……まあ、何にせよ、話はそこからね」
「結構な大仕事だぞ、これは……」
そして知らず零れている、小さなため息。
心なしか、その瞳も伏し目がちにさせて――。
◇
そうして数分後、砂漠照らす太陽の下熱き黒の瞳はついに丘の麓、その顔がはっきり分かる距離まで近づいてきた背嚢背負った少年の姿をしかと捉え、クロニカは高みからいかにも大胆不敵な笑み、その精悍にして美しい顔に映していた。
「……さあ、もう来たわ。私たちもそろそろ発つ準備を!」
「次はファムを目指すんだったな」
「とりあえずね。とにかく情報は馬鹿みたいに溢れている街だから」
同時に野心とも使命ともつかぬもので、さらに声音強くさせながら。どこまでも広く、カラカラに乾いた風がその響きを砂漠へと運んでいく中。
――あるいは充溢する生命の衝動、心の内にはっきりと感じつつ。
赤茶けた荒野のただ中、謀略と欲望渦巻く町で、こうして世界を変えんとする運命的な邂逅、ついに果たした3人のブレイカー。
「お待たせしました!」
もちろん、ついに距離を指呼の間とした、こちら見上げるアクセルは今のところそんな思い一つも抱かぬように、ただ眩しげに目の上へ右手をかざしたところである。
「フフ、こりゃますます面白くなってきたわ――」
そう、対して娘のそんな少年見つめる瞳は、いつぞや広場の入口からあの修道士が<猟兵隊>、軽やかに追い払った様相、見ていた時のようで。
「……でも、大分長い旅になりそうだ」
――傍らの青年がその時ポツリと静かに零した一言も、当然今の彼女の耳に入っていたかどうかとなると、もはやそれすら定かでないのだった。
二作目の小説になります。
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