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84.エピローグ 旅立ちの時 ①

 「お父さん、やめて、お髭が痛いよ」

 「そうよ、カル。リンツもリルカもそんなに抱き締められて嫌がっているわ」

 「おお、すまんすまん、何せ二人とも、何年かぶりに会ったので……」

 「やっぱ、ちゃんとこれから髭剃りとかしないと……」

 「お? リンツ、こいつ、生意気なこと言いおって――」


 ジグラト・シティ第一層、東の町にある、旧、いや現サミュエル修道院手前の広場。相変わらずこじんまりしているとはいえ、今のそこは実に和やかかつ賑やかな一帯と化していた。そう、実に三年という長い歳月を挟んで、一つの家族がようやく再会を果たしたのだ。特に小さな子供たちと様々な困難もあって離れ離れになっていたことからすれば、親たちの感動も到底筆舌に尽くせるものではあるまい。

 そう、よってその様子を修道院入口から優しく見守るリオースとガルドの両名も、いつしか我知らず胸に熱いものこみ上げてきていたのだから……。


 「フム、やはり子供は親と一緒にいるのが一番安心するというものだな」

 「何だ、リオース、そのすねたような言い方は?」

 「何、私が――?」

 「大方あの二人と別れるのが寂しいのだろうが、何もそこまであからさまに――」

 「何を言っているんだ! それはむしろお前の方……」


 もっとも相変わらず水と油の性格した二人、結局はいつも通りの大人げない言い争いへとすぐ発展してしまったのだが。ちなみに元の修道院へと戻り兄妹を引き渡す際、カルとメオナの両親は多大なお礼を感謝こめて約束すると述べたものの、律義かつ頭の固いリオースはお気持ちだけで結構ですとそれをあっさり断っている。ガルドとしてはさすがに色々あったこともあり今回だけは少々貰っても戒律違反には当たらないと思っていたらしく、どうやらその遺恨もいまだ少なからず残っていたようで……。


 「だがそれなりに長く一緒の生活していたんだ、今回くらいはやはり多少のお礼頂戴しても……」

 「またそれか! まったく、とても修道士とは思えん発言だな」

 「だがいくら修道士でも、金がない時は金がない。何せ一度はあんな隠れ処へ逃げちまったんだからな。経済的損失は否定できん」

 「あれもまた神が与え給うた試練と思えんのか。そもそもお前は日頃の――」

 「あの……」


 それゆえ、その時リンツとリルカがそっと近寄ってきて、半ば恐る恐る声を掛けてこなければ、二人のやり合いはさらなるエスカレートさえ見せているところなのであった。


 「――おっと、お前たち、何だ?」


 当然、声のした方を振り向き、ハッとしたように応じるガルド。


 「お取り込み中、申し訳ないんですけど……」

 「申し訳ないんですけど」

 「取り込んでなどいない! ただガルドと少し議論していただけだ」

 「そ、それはともかく、やっぱお礼の一つはしないとなんて父さんたちも言っているんで……」

 「お礼? いや、それは……」


 そして特にリオースの表情を窺いつつ告げたその一言――。むろんまたそれか、と対して生真面目修道士は眉間に予想通り皺寄せたが、しかしそれでも少年がなお語を継ぐのをやめることはなかった。


 「いえ、そういうことではなく、今度、ゴルディアスから町を解放した記念に祭を開くから、サミュエル会の皆さんもどうぞ、って話です。もちろんロイス院長のこともあるから無理にとは言いませんけど」

 「うん。みんなでとっても楽しいことするから」

 「ホウ……」


 この返しにはさすがのリオースも一瞬言葉が出てこず、代わりにさも納得したという風に隣から返事していたのはガルドの方である。


 「そういうことなら、特に出席拒否する理由はあるまい。何しろ、皆で祝うのだ、我らだけ参加しないのはかえって失礼に当たる」

 「ム……まあ、そうだな」

 「フフ、それに」


 と、ここで話に加わってきたのは、リンツたちの父親、カル。彼は兄妹の背後にゆっくり立つと、いかにも優しげな笑み浮かべ、二人の修道士を見つめている。


 「何よりこれからは、ジグラト・シティを再建するための大事な時期。もちろん皆さんの力も必ず必要となるのです。だから、此度の祝いの席には是非ともご参加いただきたい。我らの頼れる仲間として」

 「な、なるほど」

 「どれくらいの時間がかかるかは分かりませんが、しかし皆の力合わせ絶対にやり遂げなければならない仕事なのですから」


 そうして大きく思慮深げにうなずくや、その手前ではリンツとリルカも大人ぶってまったく同じ動作示し……。


                  ◇


 「みなさん、本当にありがとうございました!」

 「院長さんにも、よろしくね。またお見舞いに来るから!」

 「はは、同じ町にいるんだ。いつでも遊びに来いよ!」


―――――――――――――――――――――――――――――――――


 「……行ってしまったな」

 「ウム」

 「これで修道院もまた静かになる、か」

 「……」

 「それにしても都市の再建、か――」


 かくて数分の後、何度も名残り惜しげに後ろ振り返る兄妹含め家族が立ち去って行くと、後に残されたのは静かな広場と二人の男だけだった。むろんリオースもカルたちの提案仕方なしと受け入れ、結局は和やかなまま、そしてどこか寂しくも話が終わった直後のことである。


 「確かにどれくらいの時を必要とするのだ、元の姿取り戻すために」

 「だが何も元通りにする必要はあるまい。要は皆で住み易い、生活に適した場所にすれば良いのだ。――第二層から上は、綺麗さっぱりなくなってしまったんだからな」

 「――お前から最初その話を聞いた時は、とても信じられなかったが」


 そうして何かから吹っ切れようとするかのごとくガルドが同僚の言葉に応じてくると、つと話は数日前、ガルドとリンツがシティで見た光景へと自動的に移っていく……。



 そう、領主軍と反乱軍の戦いの最後、全ての終わりに起こった出来事は、実際にその眼で目撃した市民全員がいまだ信じ難いと思っているほどの余りに桁違いなスケール持ったものなのであった。


 突如空から落ちてきた光の矢が、一瞬で<箱舟>を、そして第一層だけ残してジグラト・シティを壊滅、いや『消滅』させてしまったのだから……。


 「あれはまさしく破壊というより消去といったほうがふさわしかったな。何しろ余りの眩しさに目を閉じ、そして再び開けば、もうすでに都市の上の方は完全に岩山だけ残し消えていたのだから」

 「うむ、もっとも奇跡的にも民の人命的被害はなかったというが」

 「アクセルの提言に従い、事前に皆市外へ避難していたのだ。それがなかったら、一体どうなっていたことか……」


 その言、特に出てきた馴染の名前に一瞬リオースは何か言いたそうな顔となるが、しかし今は話題を変えるのは抑えたようである。


 「――だがいずれにしても家や家財はじめ、皆の財産は莫大な量が失われてしまった。貧窮者を救うためにも、とにかく迅速な手を打たなければ」

 「ハウドたちは早くも、シェムトとミスリタに支援を求めたらしいな。何、あの両都市だって辛くもゴルディアスの支配から逃れられたんだ。この町を援けるのに躊躇するはずもあるまい」

 「ゴルディアスに仕えていた者たちも、大方が投降して協力するとは言っているからな」


 そうしてリオースがそのまま真面目な顔でうなずきつつ宣うと、ガルドは彼らしくにっと魁偉な笑みを零す。


 「そうだな。そして何より、唯一残った第一層を中心として、皆が一丸となってシティ再生を誓ったならば……」


 そしてその瞳に強き輝き灯し、続けて応じたのは、いかにも希望に満ち溢れた言葉――すなわち、それは自分たちとしても全ての力を傾けてそれに協力する、という彼なりの揺るがぬ決意表明なのであった。


 「ふふ、俺はようやく、本当に為すべき自分の使命を見つけたのかもしれん」


 ――そう、何よりも次にはそんな意欲に満ち溢れた一言、燦然と知らず零していたように。

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