83.光の塔 ⑳
「ま、まさか……」
燦然と輝きだしたロビーの<覇印>見たクロニカが呆然と呟いた、その時。
「――フウ、ようやく準備完了しました」
ふいに、二人の背後から届いてきたのは、まだあどけなさ残る、そして聞き覚えのある声――。
「え、アクセル……?」
当然その声音に娘が、いや青年も慌てて振り返ると
「これで、<箱舟>を倒すことができます」
「……」
「――目覚めた、の?」
そこには、むろん何事もなかったかのようにすっと立ち上がった、あのあずき色のローブ纏った修道士の姿があった。加えて今まで深き眠りに陥っていたとはとても思えぬ、相変わらず従来よりもどこか浮世離れした雰囲気持ち、何よりその穏やかな青色現した左の瞳には――。
「! これは……」
と、その刹那ロビーが驚きの声思わず洩らした。そう、クロニカ同様少年の様子じっと窺っていた最中、ふいに奇妙な現象が自分たちに起きていることに気がついたのだ。
「え、何これ――」
当然それには間を置かずして隣の相棒もはたと勘づき――。
「光が、私たちを囲んでいる……?」
再び呆然と、まるで夢でも見ているかのような呟きまで零している。
だが、それも無理はなかった。
何しろ気がつくと、アクセル含めた三人の周囲を幻めいた、しかし同時に温かとしか表現しようのない緑の光が領域示すように優しく包みこんでいたのだから。
そう、それは場違いにも決して圧迫感与えない、むしろ穏やかな春の陽光にも似た寛容なる様相だ。
「何なの、これ。すごく温かいけど――」
「今、『イーレムの光』を防ぐ障壁を張ったところです。つまり、その中にいる限り、クロニカさんもロビーさんも危害を与えられることはありません。だから絶対に、そこから出てしまうことがないように」
「イーレムの、光……」
そしてあまりの不可思議な光景に唖然としているとアクセルがゆっくり解説し始めたが、もちろんそんな彼の言葉がただちにすんなりと入ってくることはなかった。何よりさも平静と、聞きなれぬ単語告げてきたからには。
「<失われた聖域>から地上へ放たれる、強力な荷電粒子砲のことです。それをまともに受けたならば、いかに<箱舟>でも……」
「……」
「いずれにせよ、もう間もなくです。全てが終わりとなるのは」
よって少年の話は更に流れるように続いたものの、二人、特にクロニカに至っては口をただあんぐり開けるのみで、なかなか返す言葉も見つからず……。
「そう……」
だが、それでも数秒の後アクセルがにっこり笑み零すと、何とかそんなぼんやりした気持ち多少は改めて
「――とにかく、何かが起きようとしているのは確かなわけね」
――結局はそんな曖昧な反応示すくらいが、今は関の山なのであった。
◇
『――緊急警報、緊急警報。乗員に告ぐ。直ちにこの空域から退避せよ。繰り返す。直ちにこの空域から退避せよ』
「!」
――かくて、ゴルディアスがついに裁きの鉄槌下そうとした、だがそのまさに寸前。
「何だ、何が起こったというのだ?!」
機内全体に、耳をつんざくばかりのアラームと、無機質な機械音声が突如として流れ出した。
その余りにも切迫感煽る響きに、当然ゴルディアスはレバー握る手を止め、途端慌てて辺りを見回している。
むろん、それはまさしくこの<箱舟>に危害加える存在が近づいていることを知らせる緊急情報、すなわち最大級の避難警報だ。突然の発動ではあるが、まさか精密な機械がここにきて誤動作起こすはずもなく、僭主としても一気に警戒モード取らざるを得ない。
表情俄然厳しくさせ、そうして急ぎ眼だけでなく耳の方でも何か異変来ったかしばし座席からじっと注意深く窺ってみるも――。
「何だ、どこからも、何も来ないぞ?」
しかし東西南北、さらには下まで丹念に調べても、その言の通りこちらへ近寄る『何か』など一向に認められない。もちろん果てしなく広がる澄み切った空気の層と、遥か下に岩山に張り付いた市街地臨むばかりである。
そもそもここは空、その周囲取り巻く景色はただ静かにして空虚、かえって平常と何ら変わりなく思えたほどで……。
「だが、ミスの可能性は限りなく低い、いや、ほぼ零も同然。だとすると、まさかこれは……」
そしてしばらく呆然と何度も眼差し右往左往させていたゴルディアスだが、ふとそこで、唯一まだある方角を見逃していたことに気がついた。すなわち、大空を活動領域とするこのオーバー・ブレイクにとってはむしろ完全な盲点であったとすら言える方向――そう、眩しい太陽戴く、この機位置するよりも遥か上方を。
「馬鹿な、そんなはずは――」
しかしてもはや平常心ことごとく無くしたまま譫言のようにかく呟きながら、すかさずそちらをガバと見上げた、
――しかし、まさにその時。
空の一点に突如出現した、昼間の星。
ここにいても如実に分かる、その溢れるようなエネルギーの奔騰。
何より瞬く間にそれは巨大さをいや増していき……。
「な、何だと?!」
――彼は刹那、至高なる天の頂から放たれたかのごときその凄まじき光の矢を、しかとその驚愕で見開いた眼に映し出していたのだった。
◇
「何あれ?!」
もちろん監獄の窓からも、その光の矢は容易に確認することができた。<箱舟>から見るよりは大分下方だったとはいえ、その明るさたるや、瞬間的には太陽にも負けないほどだったのだ。
そして何よりも、それは次の瞬間狙い過たず空の巨船を完璧なまでに直撃し――。
「――こっちに、落ちてくる……」
次いで呆然とそう呟くしかなかった、ロビー……。
「光の、塔……」
そうしてその凄絶なる光景から彼が恐怖も忘れて知らず一言零していたように。
「あれが、『イーレムの光』なのか――」
――すなわちその一瞬、空とジグラト・シティの間を、稲妻よりも遥か長大なる閃光の柱が一直線に、そして眩くばかりにしかと結びつけていたのである。




