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82.光の塔 ⑲

 その時操縦席手前の黒い画面に表示されたのは、機体底部に吊るされた、真っ黒な物体の姿だった。ずんぐりと太いながらも、流線型の形姿した、そして尾部には十字の四枚翼も付けられた、重々しい金属の塊――。

 どことなく鮫などの巨大魚を彷彿とさせる、その奇妙で圧迫感放つシルエット。


 「『断罪の火』――。やっと準備完了したか」


 そしてそれを見て、途端背もたれからぐっと身を浮かしたのは、言うまでもなく<箱舟>の主ゴルディアスである。しかも同時にその顔貌には凄烈(せいれつ)なる笑みまであからさまに現われ、彼がいかに首を長くしてそれを待望していたのか、こうなるともはやわざわざ説明するまでもあるまい。

 何より、どうやらあの黒い物体の隠し持つ力に、男は余程揺るがぬ自信があったらしく――。


 「これで、ようやくブレイカーどもをまとめて始末できる……」


 はたして続けてのその声には、隠しようのない歓喜がありありと、誇示するがごとく含まれていたのだった。


 そう、それは<箱舟>に搭載された、究極にして最強の兵器。――なぜなら6600ゾットもの重量持つ巨躯の中にはぎっしりと爆薬が充填(じゅうてん)され、そして母機からその物体落とすや、地上部でたちまち凄まじい大爆発起こすようどこまでも精緻に仕組まれていたのである。

 すなわち、その威力たるや辺りに広がる地表の構造物、全て薙ぎ払うように一気に吹き飛ばしてしまうほどで。


 「ムハハ、もはやお前らの逃げ場など、どこにもないぞ!」


 よってますます意気軒高、次の瞬間には躊躇(ちゅうちょ)なく、ついに黒のレバー握る右手がいよいよ猛き力帯びていたのも道理。むろん彼には今さら無駄な情けをかけてやる理由など、微塵もあるはずがない以上。

 特に、まるで得体の知れないあの胡乱極まる相手のことを考えれば。


 「これより『断罪の火』、投下へ入る!」


 しかして少しの息つく暇もなく、尊大なる僭主が破壊の道へひたすら向かって一息で確実なる死のレバー、悪鬼の形相で思いきり押し倒そうとしていたのも、あらゆる意味で至極当然のことでしかなかったのであり……。


                  ◇


 監獄のほぼ真上に傲然と空中待機したその偉容をはるばる見上げながら、クロニカはどうしても身体中に冷汗流れるのを止められなかった。何しろ、気がつけばいつの間にか焼夷弾の豪雨はピタッとなくなってしまっていたのだ。むろんいまだ広場周辺のあちらこちらでは炎と煙がしぶとく生き残り、決して平穏とは形容できなかったものの、しかしひとつの激しい攻撃が終わったことでかりそめの静寂が訪れたというのも否定する術はない。

 よって妙な幕間(まくあい)とでも言うべきその時間、ブレイカーの娘の漏らす呼吸音だけがやたら目立って聞こえていたのは事実であり、従ってそれくらい、死刑執行直前を思わせる、今はまた一味違う緊張感が辺り一帯に漂っているのだった。


 「――そろそろ落としそうね、あれ」

 「……ああ、間違いなく」

 「時間切れってやつかしら」

 「……」

 「はあ、『切り札』もあることだし、これなら勝てるって思ったんだけどな」


 そして視線の向きは変えぬまま、彼女はすぐ隣にいる相棒へ溜息混じりに話しかけている。もはや観念したということか、その口調はどことなく投げやりな感じだ。もちろんいくら両者ともにブレイカーであっても、厳然たる真実として、相手があの空飛ぶ巨船では手も足も出ない。畢竟(ひっきょう)こうして隠れて密かに動き窺うのが今は関の山で、打開策となるといまだちゃんとしたものなど一個もありはしなかった。

 そう、当然口ぶりや態度も知らず(まった)き諦念に包まれたものとなるはずで。


 「……本当、嫌な時間」


 続けて忌々しげにまた大きなため息追加して吐いている……。


 「何だ、もう諦めたのか?」

 「え?」

 「君らしくもない」


 だが、対照的に幼馴染の青年の方は相変わらず淡々とした調子保ちつつ、信じられないことにいまだ闘志が衰えていないようだった。いや、むしろその様相はやたら落ち着いて見えたほどで、これにはクロニカがややあきれ返った反応示したのは言うまでもない。何より状況が状況なだけに、今は下手な冗談が通じるような時間ではないのだ。


 「……あんたこそ突然どういう風の吹き回しなのよ。この期に及んで信じていない神様の奇跡でも願うつもり?」


 むろんそうして応じる言葉の端々にも、つい非難めいたものが紛れてしまう。ただし、相手の方はそれを特に気にした様子もなかったが。


 「奇跡……なるほど、確かにそうかもしれない。彼の力に期待するということは」

 「彼――アクセルのこと? でも、あの子、まだ目が……」


 はたしてそんなあくまで普通に接してくる相棒の態度にむしろ訝しさますます全開にさせながら、クロニカはもう何度目になったか、再び背後を振り返ってみる。むろん、変わらずそこにあるのは、いまだ静かに夢の世界へ没入しているアクセルの寝姿だ。先程までと全く同様、そこには何ら起きてくる気配が認められない。せめて小さく寝言でも呟いてくれれば少しは期待持てるのだが、結局まだそれすらひとつもないのである。


 必然的に、彼女はこれもまた何回目か、深々とした溜息一つ吐いていた。


 「――ほら、今のところちょっと望み薄よ、あの切り札君も」

 「そう思うか?」

 「思うも何も、ずっとあのままじゃない。夢の中で何をしているかは知らないけど」

 「だとすると、これも単なる気のせいに過ぎないということか……」


 すると妙に真摯な目で、ふとそう呟き零すロビー。

 そしてついでに、彼は自らの左手の甲をやたら気にするようにして――。


 「? 左手がどうしたの? そこにあるのはあんたの<覇印(デュナミス)>……」

 「さっきからやたらとここが熱いんだ。それに――」

 「え」


 と、突然のそんな突拍子もない言葉に、自然クロニカは間の抜けた声で返している。もちろん同時にその眼差しが彼のその部分に強く注がれたのは言うまでもない。


 そう、いくら神聖なるブレイカーの証とはいえ、そこが突如そんな現象起こすなど、今まで一度も耳にしたことのない異常事態――。


 だが対してロビーは特に深刻な感もなく、間を置かずすっと相棒へ左手、その印のある甲の方をよく見えるように差し出すと、


 「ほら、見てみろ。眩しいくらいに、こんなにも光を放っているんだ」

 「う、嘘、でしょ……」

 「これは、この輝きは間違いなく――」


 ――次いでその輝き認めた途端すぐさま上がった相棒の驚愕でみなぎった声に、灰髪の青年は深く、そして静かにうなずいてみせたのだった。

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