78.光の塔 ⑮
ゴルディアスはその瞬間、何とも奇妙なことにはたと気がついた。
遥か上空から見下ろす我が町、来たるべき大王国の首都に、なぜか人気がまったく感じられないのだ。そう、そもそも今は都市戦の最中、加えて先ほど伝令から聞いたただ今領主軍不利という緊急報告からすると、あるいはもう憎き反乱軍が我が物顔で街路闊歩していても何らおかしくはなかったはず。実際腹心のキリクとエドアルトですら、あろうことか反徒に味方した敵ブレイカーに敗れてしまったらしいのだから。
だというのに三層から一層、いくら仔細に眺めても、まったく歩いている人間の姿が見られない……。
「では、あれか……」
そして同時につと目に入ったのは、妙なことだが城壁外に大挙して集結した、おびただしい民の群れ。見たところ余裕でその数二万人は超え、すなわちこれではほとんどジグラト・シティの住民全てだ。もちろんそこで連中が一体何をしているのかは定かでないものの、しかし<箱舟>が雄大なる機影見上げ途端あからさまに恐慌来したその様子からするに、自分の力恐れ退避した、ということなのかもしれない。それにしては領主軍の面々まで明らかに含まれているのが気にかかるも、これも主君が全く姿現さなかったことに絶望でも覚えたとすればそれなりに説明はつく。そうしてもしそれならば話は実に簡単、<箱舟>の力の元に反徒一息に叩き潰せば、彼らは再び自分へ対して絶対的忠誠誓うはず――。
(ふん、小賢しい真似を)
かくて僅かの戸惑いの後、ゴルディアスの目標はようやく定まり、彼はついに思いのまま裁きの鉄槌食らわせるべく、機首を都市の外へ勢い向けようとしたのだが。
「ム? 何だ、これは……」
――しかしその刹那、彼の感覚はふいに何かを鋭敏に捉え、レバーを掴もうとしたその左手も、なぜか忽然と止まっていたのだった。
◆
「あ、こっちに気づいた!」
ふいにゆっくりと旋回始めた空飛ぶ巨躯を前にして、クロニカが慌てふためいた大声辺りへ響かせた。
監獄前の、広々した円形広場のほぼ真ん中辺り。すなわち何の遮蔽物なく、空から見ても<ファイアー・ドレイク>含め三つの人影あるのが如実に分かってしまう地形……。
そう、アクセルの指示のもと、三人のブレイカーは決して隠れることなく、このやたら開かれた場所で静かに恐るべき<箱舟>の到来、待ち構えていたのだ。
「……間違いなく、攻撃は仕掛けてくるな」
むろん、そんな恐れ知らずの彼らが抱く目的は、ただ一つ。
ゴルディアスとの、最終にして究極の決着、いよいよこの場で着けんとするため――。
「はい。何よりも、ここに敵方に与するブレイカーがいると認めたようなので」
そしてその主役となるべきは、相変わらずどこかふわりとした印象すら抱かせる、修道士の少年。しかも傍に立つ二人と比べ、そんな彼には怯えの様相いまだまるで見かけられず……。
「――よってもうすぐ、この一帯も火の海に包まれることとなるでしょう」
したがってそのすこぶる剣呑な一言でさえ、少年の口からはいかにもさらりと、そう流れるように零れていたのである。
◆
狂おしいまでの憎しみの業火が、その刹那ゴルディアスの心に激しく燃え広がっていた。
そう、ありうべからざることに、突如として三つの見逃せるはずもないただならぬ力、市外へ向かう寸前都市の中からありありと感じたのだ。しかも、いや当然というべきか、それはキリクやエドアルトとは質、量ともに余りにも異なる力の波動。何より目を引いたのは、その中より一つだけ群を抜いて強く迫ってくる、息苦しくなるような異様なまでに凄まじき存在感である。
(どういうことだ、これは……)
当然おのずと男の心内で発されていたのは、訝しさと驚きで溢れた声だった。すなわち、このブレイカーの波乱万丈の半生をもってしても、それはついぞ経験したことのないレベルの力動。
その感覚は、はたして途端彼に怖気に似たものさえ呼び起こすにふさわしく――。
(……おのれ)
それゆえ、かくて続けてその瞳に狂熱とも呼べる激しい光まざまざと浮かぶや、ゴルディアスは我知らず右手側にあった、一際目立つ深紅のレバーむんずと掴み……
「目障りだ、消えろ!」
そして下方睨みつけたまま、それを息つく暇もなく力の限り、そう、強引なまでの勢いで一気に向こうへと押し倒していたのだった。




