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77.光の塔 ⑭

 それはまさに、耳をつんざくほどの恐るべき轟音だった。

 そう、次は何が起こるのかと城壁外でおびただしい群衆がざわめきつつ待ち構えていた中、ふいにつかの間の平穏は一瞬で破られ、代わって突如場には地鳴りのごとき音があまねく氾濫(はんらん)していたのだ。


 遥か上空、シティ擁する峻烈たる岩山の頂上から発された、その余りに猛々しい巨大発動機奏でる音に。


 「な、何よ、この音!」

 「上からだ、上を見ろ!」

 「! お、おい、あれは……」


 むろんたちまちにして混乱の坩堝(るつぼ)と化した、優に二万を超える避難民たち。当然だが彼ら彼女らは老いも若きも皆上方をひたすら見上げ、指を差し、そして加えて恐怖に目まで限界近く見開かせ――。


 「あれは!」


 もちろんその中には、宮殿から逃げ出したばかりのメイドたち、そしてベルタの姿もあるのだった。


 「何てこと、<箱舟>が!」

 「もう動かないんじゃなかったの?」

 「やだ、こっちに向かってくる!」

 「まさか、攻撃してくるの?!」


 かくて次第に巨大な影を下方に落としつつ現れる、傲慢にも太陽と競わんとするかのようなその偉容。空を飛んでいるとはとても思われぬ余りの威圧感、重量感に、早くもどこかへ逃げ出そうとしている者すら続々出てきたほどである。

 畢竟(ひっきょう)混乱はもはや抑えようもなくげに途轍もないものとなり。


 (そんな、まだあれを動かせるはず、ないのに……)


 はたして逃げ惑う人々のただ中、気丈なベルタですら突如恐怖と驚愕の波状攻撃に正面から襲われ、むろん彼女はガクガク震えながらただその場に立ち竦むのが、今はやっとなのであった。


                  ◇


 聖嶺宮殿の裏、広場のような空間に張られていた巨大な天幕を突き破って天へと飛び出すと、途端操縦席は眩しいばかりの光で一気に満たされた。

 少しでも首を上へと傾ければ、そこには今や窓の向こう、もう手の届く位置に青い空があるかと思われたほどだ。異様に近くで輝く、そしてほぼ真上から突き刺してくる陽光も、とにかくこの罰当たりな不届き者を追い払おうとやたら刺々しい。そう、ゴルディアスがまるで神話に出てくる、不遜にも人工の翼で天へ挑もうとした愚かしい天才発明家ででもあったかのように。


 (フ、ならば儂はそんな下らん(かせ)、解き放ってやろう)


 だがむろんそんな遥か古えの物語、この男が微塵も気にするはずはありえなかった。何より、いくら太陽が怒り狂おうと、この堂々たる巨船墜とすことなどどうあがいてもできはしないのだ。

 すなわち、ゴルディアスにブレイカーとしてのエネルギー残されている以上、彼はもはや無敵にも等しい存在であったのだから――。


 (エネルギーは十分。何より、我が気力もいよいよ高まってきたぞ)


 かくて彼の如き巨漢が一人でもいればもう圧迫感感じる、さらに騒音に(まみ)れた手狭な部屋の中、背もたれの高い無骨な椅子に身を預け、僭主は眼前のおびただしい計器類眺めながら数多(あまた)の種類あるレバー、自由自在に操っていく……。


 今は深紅の豪勢なミシュナー纏い、禿頭には真白きターバン、そして腰には豪華な飾りで彩られた青龍刀差した、覇王にも比すべき大簒奪者(さんだつしゃ)。愚かにも自分へ歯向かった無法者たちに憤怒の炎いと激しく燃やす、復讐の鬼。


 その眼は冷静にして狂おしく、そう、あからさまというか異様なまでに血走って禍々しい。むろんその半ば狂気に染められた感が自らの気力だけによるものでないのは火を見るより明らかだったが、しかしだからといって彼がそうした薬のもたらした何らかの副作用を気にしている素振りは欠片も認められない。むしろ総合した様相はますます意気軒高となってきたくらいで、力(みなぎ)るとはまさにこのことかと思われたほどだったのだ。

 特に眼下に、自らが奪い取り発展させた自慢の都市、はっきり一望の下としていたならば。


 「反徒どもめ、今すぐ、目にもの見せてくれるわ……」


 ――そしてそれゆえに、遥か下界見下しながらそういかにも愉快げに呟かれた、一言。

 鬼気迫る、破壊以外一切望まぬ、呪われし言葉。

 かてて加えてそれは何よりも、オーバー・ブレイクの力に丸ごと飲みこまれた者の、目を背けたくなるような恐るべき執念……。


 すなわちあり余るほどの、絶大なる力への意志。


 それを拒絶できる者など、一人としているはずもない。

 ……疑問の余地、一切、微かもなく。


 「ク、フフ……」


 そうして不気味な笑み零しつつ、男はどこまでもそれに深く、無軌道に沈潜していく……。


 「さあ、本物の地獄は、これからだ!」


 ――そう、ようやくその陰に陽に自分へ歯向かってきた者たちを文字通り一網打尽にできる時が訪れた、という得がたき快感に、骨の髄までどっぷりと酔い痴れ出して。


                  ◇


 「おお、何ということだ!」


 その突然の緊急事態に、ハウド率いる反乱軍主力でさえにわかに取り乱し始めたのは言うまでもなかった。むろん彼らの多くは広場でアクセルが語った言葉によりいくらかことの真相察してはいたが、しかしそれでもいざ本物の<箱舟>間近で目撃すると、一挙に恐怖心がとめどなく迫り上がってきたのだ。

 そしてそれはハウド含めた首脳陣も完全に同様で、一切の対抗手段無き恐るべき相手が登場したことにあられもなく皆恐慌示している。とりわけいつもは沈着冷静なはずの参謀マルカスはまさか本当にあの少年の言が真実になったのかと驚愕凄まじく、もはや声も出ない状態そのものであった。


 「ど、どうするんだよ、マジで逃げ場なんてないぞ……」

 「あんなのに勝てるわけない、ヤバいぞ!」


 そのため一団は身体が固まるか怯えて逃げ出そうとする者、この二つにくっきりと分かたれ――。


 「待て、落ち着け! アクセルの言葉を思い出せ、彼が何とかしてくれると述べたあの言葉を!」


 ハウドが声を枯らして辺りにそう真摯に告げて回らなければ、一気に軍としてのまとまりすら完全消滅しても何らおかしくはなかったのだった。


                  ▽


 (アクセル、やはり君の言ったことは本当だったか――)


 かくていったんは何とか落ち着き取り戻した軍の前に立ち、ハウドは皆とともに風雲急を告げる上空見上げながら、しかし頭の中ではいまだシティの中に居残っているはずのあの少年のことばかり考えている。


 アクセル・ティコ・プラトー。


 みすぼらしいあずき色のローブ常に纏った、まだ幼い顔立ちした素朴で心優しい修道士。何よりあの日無謀にもほとんど捨て身でハウドたちの反乱計画思いとどまらせようといきなり駆け込んできた、心の底から戦を忌み嫌う平和主義の少年――。


 (そしてこれが真に君の望む作戦なら、我らにはもはや手を出せる術などあるまい)


 周囲包む轟音いよいよ高まりゆく中、そうしてひたすら思うは、あの時、雰囲気を異にしたアクセルが宣った、げに印象的な一言だった。


 「全てを終わらせるため、そして始めるために、僕はここへ来たのです」


 そう、静かな表情浮かべて述べた。


 ……はたしてそれが何を意味するのか、むろんハウドには皆目見当もつかなかったものの。


 だがただ一つ、そんな彼でもはっきりと言えるのは、その意味ありげな言葉が絶対に、そう、天地神明に誓って虚言の類ではなかった――ということだけだ。

 なぜならそう強く思わせるくらい、あの時のアクセルの瞳は澄み切って清い力に溢れていたのだから。

 今でも、(とうと)きサファイアにも似た美しい輝きがありありとはっきり想起できるほどに。

 思わず息を飲んでいた、吸いこまれそうなまでに深く、穏やかな大海の青が――。


 「――とにかく、後は任せたぞ」


 かくしてその想起された瞳に対し、おのずと彼の口から小さな呟きが零れ。



 ……こうしてついに迫り来る巨大な船を迎え、長い物語の最後を締め括らんとする大いなる戦いは、まさに今巨岩都市を舞台として始まろうとしていたのである。

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