76.光の塔 ⑬
荒野に敷かれた街道の上、自分用に誂えられたサミュエル会ローブごと全身汗だくとなりながらも、リンツは前方を進む大きな背中へ追いつこうと、とにかく必死だった。
何せ、まだピオトの月とはいえ日没までは遥か遠い昼下がりの厳しい陽光下だ。水筒の中身はすでにかなり心細く、これならいくら少年が脚に自信あるといっても体力の消耗余りに激しいはず。
「ハアッ、ハアッ……」
したがって当然息の荒々しさたるやもはや相当な危険レベルまで達し、哀れ彼は今にもへなへなとその場に倒れこもうとしていたのだが。
「どうした、この辺で少し休むか?」
「だ、大丈夫、まだいけるよ!」
しかしそれを見た同じいでたちの巨漢が必然的に3メティスほど手前から気遣わしげに野太い声掛けてきても、なぜか彼は強情にも一向に同意せず、むしろしぶとくまだ歩き続けようとする姿勢さえ見せていたのである――。
それは西の荒野に作った即席の隠れ処から、徒歩で一刻弱に位置する地点。
小高い丘へと差し掛かり、そこからならもうすぐ、懐かしのジグラト・シティはっきり見晴るかすこと可能となる場所である。
すなわちこの花も草も一片すらなき殺風景な丘さえ越えれば、シティへはもう指呼の間のはずで。
「……確かに本来ならもっと時間を取ってゆっくり休むべきだが、しかし今はアクセルのこともある。リンツには悪いが、ここで数分休憩したら、すぐに発つぞ」
また他の大きな理由もあり、当然のごとく先頭を行くガルドでさえ、今はとても気が逸るのを抑えられないようなのだった。
そう、昨日の昼頃アクセルがいなくなったのにはたと気づいてから、今はまだ一つ夜が明けたばかりのこと。その時は彼の布団傍に『ジグラト・シティへ向かいます。またご迷惑おかけしてすいません』という簡単な書き置きがあるのを見つけたものの、当然ながら最初は何でアクセルがそんな真似をしたのかただ頭を悩ますだけだった。そしてむろん皆の心配はいやが上にも募るばかりだったが、しかしその書き置き見た途端不意に決心したようにリンツが真剣な面持ちでそれは間違いなく自分のせいだと申し出てきたことで事態は急変、結局相談の末ガルドが少年連れ急ぎ城砦都市へ向かう次第となったのだ。
勢い、朝となって忙しくも種々準備したのち、二人はリオースたちに見送られシティ向けて出発、そうして今や思い出と因縁残るあの都市、間近とする場へと到達している――。
「ああ、もう駄目だ……」
かくてガルドが指定した休息場所、丘の頂に到着すると、途端全エネルギーが尽きたかのようにリンツは前方、シティの威容まるで確認せずその場にたまらずばったりと座りこんでいた。そうしてやはりもう足の方に大分疲労がきていたらしく、ぜえぜえと息の荒さはそのまま、下に向けた顔がもはや上がることすらない。
そうしてしばしその体勢のままでいたが、しかし当然早くも限界迎えたおのれの体力には相当忸怩たるものがあったようで――
(く、早くしないと、俺のせいでアクセルさんが……)
たちまちそんな自らへの恨み言さえ、おのずと零れていたのである。
もちろんそうやって滾々とどうしようもない焦り同時に湧き上がってきたからには大き過ぎる理由ちゃんと存在しており、すなわち彼が今も命の恩人とでも言うべきアクセルに反乱の計画等話してしまったこと、ひたすら深く後悔していたのは論を待たない。
そう、間違いなくそれを耳にした修道士が、何かをしようと無謀にもシティへ一人行ってしまった以上は……。
(畜生、何てことしちゃったんだ、俺は――)
それゆえ気づかぬうちにその口から洩れていたのは、年齢に似合わぬほどの大きなため息であった。はたして当然こんなことしている場合じゃないという気持ちもやたらと強く、情けなくも肝心の身体が追い付かないという事態でなければ、今すぐ駆け出していたのは確実だったのだから。
とにかく何としても、早いところ無事アクセルと合流し隠れ処へ連れ戻すのが先決。それがこんな事態招いてしまった自分にできる、せめてもの償いというやつだったのである。
(よし、もう行くか……!)
そうしてわずか数分も経たずして、彼は何とか早く出発しようと催促するため改めて前方で同じく休憩中のガルド、パッと見やったのだが――。
「――あれ、ガルドさん?」
しかしふとその時、少年は巨漢修道士がなぜか座りもせず立ったまま、遥か向こうの彼方、すなわちジグラト・シティの方をじっと見つめていることに初めて気づいたのだった。しかもその姿は明らかに驚きで目が離せないとでもいったもので、すなわちいくら何でもしごく見慣れた都市に対する様相とは思えない。
かくしておのずと、リンツはどこか煙に巻かれたように男に対して訊ねざるをえず……。
「あの、何かあったの、あの町に?」
「一体どうなっているんだ……」
「え?」
「人が、そう、ほとんどの人々が町の外に出ていて、それに、あの段々と大きく響いてくる地鳴りのような音は――」
――だが、結局彼が目を見開き、続けて愕然と放った言葉で少年がさらに惑乱深めていたのは、わざわざ言うまでもないことだったのである。




