75.光の塔 ⑫
遮蔽され密閉されたその空間は、男にとってもっとも精神集中するにふさわしい、また同時に心休まる場所だった。
真っ暗な、まるで地下墓所のような冷たささえ漂う、ただしその圧迫感からやたら狭い部屋だということもたちどころに分かる一室。とにかく、光の一切射しこむ余地なき領域だ。
だがそんなまったき闇の中、昏い影と同化した男はわずか一瞬でも眠ることなく、事実椅子に腰かけているらしきその姿からは、先ほどからやや荒い、睡眠とは異なる呼吸音が静かに漏れ聞こえてくる。
そう、まるで何かを待ち構えているのか、ピリピリと張り詰めた尋常ならざる雰囲気、辺りにあからさまなまでに漂わせて、静謐と。
……周囲の余りにおぞましき暗闇が、その鋭い気配にとってはいかにもふさわしいほどに。
それは反乱軍が凱歌上げている最中だとはとても思えぬ、ひたすら静かな、そして同時に来たる脅威前にした、まさに究極に研ぎ澄まされた最後のひと時。何よりも、そんな憎むべき反徒へ死を告げる秒読みが、ついに容赦なく始まった瞬間である。
そして己が手にするは、まさしく絶大なる火力傲岸と誇る、天空翔ける大巨船。
――そは伝説の巨鳥とも見紛うばかりの、巨翼持つ大空域の支配者。
すなわちたとえ歯向かう相手がどんなに手強い者だったとしても、この<箱舟>の持つ、げに凄まじき圧倒的破壊力もってすれば――。
◆
それゆえそうして奥深き暗渠がごとき室に身をたゆたうこと、およそ数分の後、
「おお!」
その時ふいに生命再起のごとく前面に仄青き光ボウといくつも次々浮かび上がってくるや――
「つ、ついに来たか……!」
そう、斜めに傾いだ手前の卓の表示板に忽然と現れたのは、謎めいた記号の数々と、おびただしい数字の列。それはまるで何かの複雑な暗号か、理解し難い秘密の暗示のようで……。
――それを見たゴルディアスは、だがそんな歓喜に包まれた声とともに、獰猛なまでの笑み、満面と零していたのである。
◇
乾いた風がその赤い髪を悪戯っぽく揺らしていくと、目の前の少年はあたかも何かに名前を呼ばれたかのように、遥か上空へと視線振り向けた。
真っ青で、そして雲の欠片一つも無き、目眩すら覚える大空。当然太陽以外には存在主張する姿などなく、今は夜輝き出すはずの星々もそこにはまるで影一つ認めることができない。必然的に、彼は眩しげに手を眼の上へそっとかざし――。
「アクセル君、これで良かったのかい?」
それがどこか茫洋として現実と乖離さえした様だったので、当然ながら隣にいたロビーは声届かせるためやや音強くして、そんな相手へ訊ねざるをえないのだった。
さああっと、その時二人の間を吹き抜けていった、緩やかな南風。
囚人開放も終わった監獄前の広場にはそんな閑散とした空気の中少年と青年を除いてもう誰一人、影すらも残されておらず、当然彼らの話に耳を傾ける者など、見渡す限りどこにもいるはずがない。
「はい。皆さんの協力のおかげです。これでやっとゴルディアスと戦うための舞台は整いましたし、何より犠牲者をほとんどなくすことができますから」
――対して、やはりふわりと浮遊感すら感じられる様相で答えるアクセル。相変わらずその顔立ちは幼いながらも、同時にうまく説明はし難いが、とにかくどことなく差異の認められる風だ。そう、あるいはそれは、彼の知られざる別人格が現れ、そして為したわざなのだとでもいうように。
「……本当に彼と、<箱舟>とまともに戦うつもりなのか?」
「はい。すべてはそのために、そう、あの人との決着をつけるために為されてきたのですから」
「君の持つオーバー・ブレイクの力でもって、か」
一方、次第に核心へ迫ってきたためか、ロビーの声は段々と珍しくも緊張感はらんだものとなっていく。
すなわち、彼にとっては少なくともこれから起こるすべての出来事が未知の事象となるであろうことは、まず間違いのない現実であったのだから――。
「フフ――それはそうと、ところでロビーさん、クロニカさんは今どこにいるんです?」
と、だがそれには直接答えずそこで一瞬笑み浮かべると、ふいにアクセルが話題を変えた。ついでに忙しなく辺りキョロキョロ見回したところ見れば、やはり彼にとっては相当それが重要な事項に当たるということらしい。
「まあ退避ももう完全に済んだから、もうすぐここへ来るはずだ。それももの凄い勢いで。……そう、何といっても、君が僕ら二人に傍にいてほしいと言ったから」
「それは良かった。ええ、もしもの時、お二人の力が必要になるのは確実なのですから」
「……それはやはりゴルディアスとの戦いにおいてなのかい? だが残念ながら、僕らの力ではとても――」
「いえ」
かくして対する青年が落ち着いて答えつつもふいにややそんな不安そうな顔示すや、赤髪の少年の方は今度はいかにも安心させるような笑み顔に映して、ひたすら穏やかに応じたのだった。
「ゴルディアスの相手は、もちろん僕がすべて引き受けます。ただ、オーバー・ブレイクを使用している間は、僕の方は完全に無防備となってしまうので、その時だけ護衛をお願いしたい、ということなんです」
そううなずきつつも左方に<覇印>浮かび上がった、ブレイカーとは思われぬ優しくつぶらな青瞳で、しっかりと相手見つめながら。
「……」
かくて刹那ロビーもしかとその印章見返すや、空漠たる広場のただ中で二人の視線は何かを探るように交差し合い……。
風吹き抜けるやたらと広く虚ろな世界の中、それぞれの思いの元に、二人の年若きブレイカーが毅然と向かい合う。
はたして今そんな両者の脳裡には、どんな深き思考が去来しているというのか。
そう、どこまでも清冽と。
――とはいえむろんその間も、時は僅かながらとどまることなく刻まれていき。
「!」
「来た――」
そしてやがて轟き聞こえてくる、装甲車の立てる遠慮なき駆動音――。
「おーい、お待たせ!」
……そうしてふいに遠くから、そんな大声引き連れもう一人のブレイカーが満を持しようやくやって来るまで、彼らは静かに、そして密やかに、ずっと深遠な沈黙保っていたのだった。




