74.光の塔 ⑪
そうして反乱軍草創期からの同志たちが時間も惜しいと積もる話交わし合っていた一方、その傍らでは――。
「あー疲れた。一番上から一気に下りて来たわ……」
「アニスの言う通り。急に出ていけだなんて言われるんだもの」
「……でも、これだと今月のお給料どうなるのかしら?」
「ほら、そんなお喋りはいいから、前の方、とにかく急いで!」
かようにゴルディアスによって哀れなことに宮殿から締め出された人々が、ようやく息切らしながらも門の近くまで辿り着いたところなのだった。
「ああ、やはり下の方が落ち着くな!」
むろんその中心を占めるのは、大勢雇われていたメイドや使用人たち。そもそも彼ら彼女らの中には元々シティ下層に家を持つ人も多く、それゆえ外に出るや懐かしの我が家族に会おうとそのほとんどが急ぎ足で長い階段駆け下りてきたのである。
「母さんいるかな?」
「ディラン、ああ、早く会いたいな……」
「お爺さんたち、元気かしら」
畢竟集団の焦眉の話題は、愛しの人々とすぐ会えるかどうかとなり――。
(もうさすがにみんな、外に出ているか……)
……かくてメイドたちの中に紛れてここまで来たベルタも、門を前にして気心知れたかつての遊び仲間がいないかと、淡い期待に知らず辺り見回していた、という次第だった。
そう、その周囲とまったく同じ避難モードを見れば明らかなように、ゴルディアスが最愛の女性とするベルタでさえも、まるでもう用済みだとばかりに宮殿からあっさり追い出したのはこれより少し前のこと。しかもいきなり命じてきたため服や装飾品など贅を尽くした品は何一つ持ってこられず、まさにほとんど手ぶらの状態での脱出行となったのは言うまでもない。それはむろん余りと言えば余りな仕打ちであったが、しかしベルタは意外なほど傷ついていない自分を心のどこかでしかと感じ取ってもいる。別に彼に対して完全に愛情がなくなった、というわけでもないのだが、とはいえ自分がむしろ最近、戦災孤児であったおのれをここまで引き上げてくれたゴルディアスを裏切るような行為密かにしてきたことを思えば、もうこれくらいで愛人稼業も潮時か、なる気持ち段々と湧いてきたのだ。
そして何よりも、彼がバルディヤ中を戦乱の災いに叩きこみさらに領土拡張しようとする野心、燃えるが如く持っている以上は、もう自分にはとてもついていけない、と。
(――それにしても、反乱軍の言う通り、本当に彼は<箱舟>自爆させようとしているのかしら? 最後に見た限り、とてもそんな破れかぶれな雰囲気なんてなかったけど)
むろんそんな策謀家でもある情夫に対して、むしろ今は不気味とも言える不穏な思いさえ強く抱きつつあり――。
「ベルタ様、そっちは門じゃないです!」
(!)
……それゆえ彼女が次第に道を逸れていくことに気づいたメイドの一人の慌てた声が背後から突然掛かるまで、ベルタは何とも形容し難き、暗色漂うその物思いにふと深く耽っていたのである。
かくてその確かアニスという名前だった赤毛のメイドへと振り向き礼をするついでに、遥か上方、この第一層にのしかかるように聳える岩山の壮大なる頂へ、ベルタの瞳はふいに向いている。その、古えの塔ジグラトの名を冠するにふさわしき、堂々たる偉容へと。
(何が起きようしているの……)
もちろんそんな中、周囲に漂うどこか嵐の前にも似た空気が、今はやたらと刺々しかった。
逃げるのに精一杯な他の人々には気づかれなくても、ゴルディアスと日々接していたせいか、彼女にはそれがありありとまるで目に見えるようにリアルに感じられるのだ。気のせいであればどんなに助かるか、そんな思いが自然とめどなく溢れてきたくらいに。
だがいずれにしても、自爆か他の事象か、とにかく何らかの動きがこれから起きようとしているのだけは、まず間違いないのだろう。そもそもあのゴルディアスがあっさり敗北を認めるなど、絶対に、天に誓ってあり得るはずないのだから――。
「俺はこの砂漠の地で必ず偉大な王となる。そうだ、<ファランクス>に認められ、その片腕となるほどの」
そう飽きることなく、常々豪語していたように。
……そうしてそんな楽しからざる思いに知らず捉われていた、その時、ふと、
(アクセル――ごめんね。あなたに協力までしてもらったのに、こんなことになってしまって)
――あの優しげな少年修道士の顔がなぜか脳裡へ儚く浮かび、ベルタは同時にその胸に切なさと申し訳なさにじみ出てくるのを、どうしても止めることできなかったのだった。




