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72.光の塔 ⑨

 「さあ、とにかく急いで! ぐずぐずしている暇なんてないわよ!」


 かくて、その僅か数十分後――。

 赤き重装甲二輪車<ファイアー・ドレイク>に乗ったクロニカは、町中所狭しと大きく響き渡る声で人々急き立てていた。

 すなわち、大通りから狭い小路まで素早く大胆に駆け回り、今が危急の事態だとまだ残っている者たちへ先ほどからずっと声枯らし告げまくっているのだ。加えて反乱軍の伝令兵たちが同様の掛け声あちこちで放ってもいたため、次第に市民や兵たちの逃げる速度は上がってきた感さえある。

 むろん、それでも人によっては信じるまでの時間かなりかかり、いまだちらほらと居残ろうとする者もしぶとく存在しよう。とはいえそんな彼ら彼女らもクロニカたちのしつこいくらいの努力により、いずれ事の重大さ理解し即座に町を立ち去るはず。そう、何よりもその放つ言葉の内容がかなり刺激的極まりない、あまつさえ驚愕すらもたらすものであったとすれば――。


 「早くしないと、ゴルディアスが<箱舟>もろとも自爆しちゃうんだから!」


 ……つまりはそんな何とも脅迫めいた、そして先ほど慌てて急造した口実、声高く使っていたのだから。


                  ◇


 「アクセル君、君の言っていることは、本当なのか?」


 ――それはアクセルがこれから訪れる、ゴルディアスと<箱舟>による襲来を告げた直後のこと。

 むろん突然そんなとんでもないことを言われても、初め反乱軍のメンバーはあからさまに半信半疑の態というやつだった。そもそもがそのオーバー・ブレイクが使用不可と想定されたからこそ開始されたこの戦い。まさか少年の言葉が真実だとすれば、そうした大いなる前提がまさに音を立ててあっけなく崩れることとなる……。


 「そんなはずはない。実際、いまだあの男はまったく姿現さないではないか!」


 はたして否定の言がマルカス初め連中から次々に続出してきたのは、しごく当然というものであった。さらに言えばそれを理由に全軍、いや全市民退避を提案してきた上は、もはや訳が分からないと憤激すらするしかあるまい。しつこいようだが、勝利はもう目前と彼らにはまこと思われるのだ。

 こうしてアクセルの提示した奇妙な作戦は、一気に反徒たちを惑わせ怒りもさせることとなったのだが――。


 「……確かに、ゴルディアスはまるで出てくることがない。この苦境を前にしても」


 と、その時不意に発された、誰よりも冷静保つハウドの一言が、そんな皆の荒振りを一瞬で鎮静させたのだった。


 「むしろ俺にはそれが、かなり妙なことだとずっと感じられていた。そう、奴は戦うのはもちろんのこと、蜂起が始まって以来、宮殿に籠もったまま逃げる素振りさえ一度も見せていないのだ。ついにはこうして側近二人が倒されてしまっても。――とはいえまさかあの男が宮殿の中でずっとびくびく怯えているだけとはとても思えん。と、なれば、あるいは何らかの策が、うむ、君の言う通りまだ用意されているということなのかもしれん……」


 もちろんその首領から発されたいかにも思慮深げな言葉に、アクセルが即座に反応したのは言うまでもなかった。


 「さすがは反乱軍をここまでまとめ上げた方、ご明察です。恐らくゴルディアスは着々と今もオーバー・ブレイク再動の準備進めているのでしょう、誰にも邪魔されないように。もちろん少し前に<箱舟>動かしていたため、時間はかなりかかってしまいましたが」

 「――なるほど、それゆえ町から逃げろというのは分からんでもないが、ただ、その後のことはどうする? どうせゴルディアスは地の果てまで我々を決して逃そうとはしないぞ」


 だが、彼の見解にそうして一応の納得は示しつつも、しかしハウドの顔が満足することはない。そう、たとえアクセルの話が嘘偽りない事実だったとしても、ではだからといってシティから逃げ出せば済む話ではありえないのだ。いや、むしろゴルディアスの怒りをさらに呼び、攻撃烈しくなる可能性すらある。


 ゆえに、結局とても少年修道士の提案が時機を得たものとは思えなかったのだが……。


                  ◇


 「ご安心ください。彼に関しては、この僕が何とかしますから」


 ――ただそう一言放つのみでアクセルはその場軽やかに収め、そして気づけば今や、町を挙げての一大逃避行が始まっている、というわけだった。

 高が見すぼらしい身なりした少年の言葉がもたらしたにしてはもはやえらい騒ぎだが、それくらい、彼を今包みこむ得体の知れぬオーラが強く影響した、ということなのだろう。結局はハウドの真摯な説得もあり、頭の固そうなマルカスたちもアクセルが示した作戦に渋々ながら皆合意している。


 (……ふう、これでもう、上の方からも結構逃げて来たわね)


 そしていくら最初は不満だったとはいえ、いったん決まれば反乱軍の動きは統率されかつ早かった。伝令兵各層各区画へ派遣するとともに、兵士たちを改めて組織し直して、避難者を誘導する、監獄から囚人たちを解放する、加えていまだ残る敵軍に備える、の三グループに分けたのだ。ちなみに猟兵隊初め領主軍に関しては、二人のブレイカーが倒され、なおかつ肝心の主君ゴルディアスがいっかな動き示さないこともあり、すでに完全なる降伏状態、先ほどから戦意はほとんど喪失している。よってハウドの配下は、彼らにも箱舟に自爆が命じられたという偽情報流し、ともにこの都市から逃げさせるように、と命じられていたのだった。


 (もう2、30分もすれば、ここはもぬけの殻になるはず)


 ――そうして全軍動員しての大規模作戦は急ぎ実行されていたのだが、やはりそこで助っ人ながらもさらに大きな力となっているのが、他でもないクロニカである。後から色々話を聞いた彼女、何よりも機動力に優れる<ファイアー・ドレイク>なら、一層から三層まで、縦横無尽に町の中駆け巡ることができる。しかも真っ赤で迫力あるボディは目立つこと無限のごとし、当然その声には民草もほぼ必ず耳傾けること必定というものであろう。


 「あ、こら、そこの悪ガキたちも早くしないと! あと、そっちにいるお爺さんとお婆さんが階段下りるの手伝ってあげなさい!」


 さらにいえば、クロニカはすでに何よりゴルディアスが側近エドアルトを倒したという誇りある実績持つブレイカー、彼女が声を大にすればいかに不審に思っていた者でも自爆の話簡単に信じてしまうはずで――。


 「おうい、あのブレイカー様がおっしゃっているんだ! 本当に<箱舟>が爆発するぞ、そうなったら俺たち一巻の終わりだ!!」


 すなわち民の中からも、やがて自ら進んで逃走の手引きする者たちが大勢続々と現れてきた、という次第なのであった。


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