7. 巨岩都市
イルゲネス大陸南方――そこにははてしなく広大な大砂漠が、見渡す限り久遠のごとく位置を占めている。炎熱と渇きによって隅々まで支配された荒涼たる世界としか言いようのないその名を、<赤の砂漠>という。
それは北で大陸中央部と境なす<横たわる竜>ガイゼル山脈、南で島影ほとんど無きハリク洋と接した大空虚地帯であり、所々点在するオアシスを除けば、とにかくどこまでもただ赤茶けた景色が広がる、死せる岩砂の大地だった。
特に雨量の少なさは全般的にきわめて甚だしく、並大抵の耐性では一週間も過ごすこと不可能であろう。強烈に生命を拒絶した、まさしく恐ろしいほどに過酷な環境……。
だがむろん、そんな一見生物の姿など到底見つかりそうもない不毛の地にも、日々必死に生活している者たちは確かに存在した。それも気候に合わせ進化遂げた植物や動物ばかりではなく、相当な数の人間たちが。
<砂の民>。そう総称される人々である。
主にオアシスや海沿いの町を拠点とする彼らは独特の宗教観、文化等を持つことで知られ、大陸北のパイロニア人と並び、特異な風習のもと生きる人種として高名だった。建造物も日干し煉瓦をメインとした一風変わったものが多く、服装に至ってはターバンや緩やかなトーガ風装束などかなりよそとは様相を異にする。何より五大テマにおいて崇められるマグリト神を一切信仰せず、その多くが民族独自のアレキス神へいまだ一途に祈り捧げていて、遠く離れた都市部から何人も宣教師が送られてきてもいっこうに教化・改宗は進まないくらいだった。
ゆえに文明先進地を謳うテマ側から見れば、決して理解できぬ野蛮で荒々しき民族と判断されても仕方あるまい。
<南の果ての蛮族>として。
かくして他地域に比べれば圧倒的に人口密度は低いといえ、この地にもそれなりに町や村落はあり、当然ながら商業も発達していく。特に砂漠北部は岩だらけの荒野が主となっており、南の大砂丘連なる地形と比べればはるかに移動・定住はしやすかった。すなわち、砂漠をはるばる渡る長大な貿易ルートがいくつか形成され、それを伝って都市間を貨幣や様々な商品が流れていくこととなったのだ。そうした北寄りの道を総称して、<砂の道>と呼ぶこともある。
そんな中でも大交易路として一歩名声抜きん出ているのが、<赤の砂漠>最北端に位置するバルディヤ地方だった。奢侈品から必需品まで、とにかくものすごい数が何でも行き交う道――ここが大陸東部のカルタイドと西部のファム、二大商業都市を結ぶあまりに枢要な回廊地帯であることからすれば、それも当然の帰結といえるだろう。もちろん砂の道を通る商人たちの姿が途切れることなど、一年中まずありえそうもない。道の途中には、かなりの規模の富を誇る大隊商都市すら誕生していたほどなのだから。
そうして遥か東方より続く交易路をひたすら進み、やがて西の海に行き着かんとするその時。それまで一直線だった道は突如二手に分かれ、その分岐点に一際目立って聳える一つの都市が視界に入ってくる。殺風景な荒野にひっそりと立ちはだかる巨大な岩山を、そのまま人間たちの棲み処へ作り変えた偉容――まさしくそれは、聳えるという以外喩えようのない雄大な姿であった。
何とも目がくらむというか、一番下の層が地上部にある以外は、二、三、四層と各々岩棚にへばりつくようにして形成されていった町なのである。特に宮殿の置かれた第四層に至っては、古代神の御座のごとき200メティスを超す遥かな頂きから、下界を傲岸と睥睨している。町の規模自体はさほどでもないというのに、その荘厳な頂上が鎮座するおかげで、全体的な印象は極めて威圧的という他なかった。
まさに初めて訪れる人間にとっては、驚天動地の知らず息を飲む眺めといえよう。
そう、峻険にして難攻不落、四層構えの丈高き大要塞を一度でも目にすれば。
そうして町は空からの強烈な陽光を燦々と受け、今日も岩だらけの大地に巨大きわまる影を濃く深く投げかけている……。
――ジグラト・シティ。
それは寂寥とした荒野の中、溢れんばかりの存在感と威厳放つ過剰なまでに堅牢な城市。
むろんその魁偉たる巨岩都市を除いては、今やバルディヤ広しといえどもここまで奇景誇れる場所など、他に一つたりと存在するはずがないのだった。