69.光の塔 ⑥
豊富な戦歴誇るブレイカーとしての直感、というやつか、その瞬間エドアルトは、本能的に嫌な予兆を感じ取っていた。
(なぜ、急に動じなくなった……)
むろん眼前の、自らの力で金縛り状態へ陥らせたはずのクロニカが、なぜかふいに慌てた素振りなくし、オーバー・ブレイクの機動も止めたからだ。
彼の号令一下、それは今まさに配下たちが相手の首級討ち取るため迫り行こうとした、その寸前のことである。
「よし、一気にやっちまうぞ!」
「デカい身体で驚かせやがって、この張子の虎が!」
「俺たちを舐めるなよ!」
……とはいえその兵士たちの方はといえば、沸騰するがごとき戦気ただ心に逸らせるだけで女の示した変容にはまるで気づいておらず、不用心にもそれぞれの物騒な得物手に警戒も恐怖もなくにじり寄って行くばかり。はたしてついに指呼の間とした相手が相変わらず動き示さなくても、多少怪訝に思いこそすれそれ以外の感情何も抱かなかったようで――。
「一体どういうつもりだ?」
それゆえ刹那何か異常を嗅ぎつけたのか、上官が両掌掲げながらさらに訝しげな呟き零しても、彼らの誰一人としてそれに準じた適切な行動示すことなど、まったくなかったのであった。
◆
かくて周囲の連中が凶悪な形相で段々と包囲網狭めてくる中、そのクロニカの取った行動はまったく不可思議なもの――。すなわち彼女はまるでそれに気づいていない風で、ひたすら目を閉じじっとしていたのだ。
それは傍から見れば、あるいは臆病風に吹かれ観念した姿と映ったかもしれない。そう、幾つもの気配が接近してきても、いっさいそちらへ顔向けることすらなかったのだから。
あたかも、すでに自らの死を覚悟したかのごとくに。
この始終強気崩さぬブレイカーにしては、いと珍しく。
ただしどこか奇異な点があるとすれば、それはやはりその手が決してハンドルから離れなかった、ということに違いあるまい。何より姿勢も怯え見せるというよりむしろ堂々と機体へ跨っていて、恐怖に苛まれている者にしては妙に平静気味。そのどことなく待機しているような姿は、また美しい容貌とも相まって、類まれな奇跡を待望する敬虔な修道女をも想起させており……。
――だが、それゆえに。
「よっしゃ、これで終わりだ!」
気の短い猟兵隊の一人、眼帯の男が、かくて反りの入った長剣横から力任せに叩きこもうとした、その刹那。
……そこでふいにパッと開かれる、その黒く大きな瞳。
何よりそこにはあまりにも眩い光輝が煌々と灯り、
「――来た!」
そしてそれと同時に、黒髪の娘がそう突如ただならぬ気合とともに威勢の良い声発するや、そんな粛然とした雰囲気も一斉に掻き消え、たちまち群がる周りの者たちすべてに驚愕の大波届かせることとなったのである。
◆
「何をするつもりだ!」
かくてエドアルトが知らず叫ぶとともに不穏な空気漂う中、途端いつもの快活な様子取り戻すと、すぐさま自らの仕事へと取り掛かったクロニカ――。
それはまさしく、再び眠れる竜に命を与えるがごとき動作であった。
そう、ふいに腰をぐっと上げ、力強く蹴られる、右足の部分にあるペダル。
たちまちにして再び赤い機体が機動を始め、重々しい駆動音が猛獣のように唸り立てていく。いかにも力強い響きだ。
――そしてそのまま着座、まずは左ハンドルのレバー握り、さらに左足側のペダルもすばやく足で一回押し下げる。
次いでひと時ハンドルグリップ手前へ捻るように回すと轟音はさらに高鳴り……。
そうして最後に彼女はすかさずそれを元に戻す=再びレバーを握る=左のペダルを足先で持ち上げる、という一連の作業を流れるが如き滑らかさでほぼ同時に疾く行ったのだった。
時間にして、それはわずか数秒のことだっただろう。
まさに実に手慣れた、いつもの動作。
すなわちそうやって、常にこの<ファイアー・ドレイク>、荒々しく動かしている手順。
だが、そこに、これまでと余りに大きく異なる点が存したとすれば――。
「おお!」
「な、何だ、一体!」
ブルルオオオオン――!
……耳をつんざく強烈な咆哮引き連れ、突如としてその機体全体が、信じ難いことに鮮やかなる紅蓮の炎に包みこまれた、まさにそのことにあったのだった。
◆
オーバー・ブレイク用に特殊技法で生成された、第五元素たる超自然物質=エーテル投入による、リミッター解除。
いよいよ全ての力が解放され、本当の恐るべき姿取り戻した悪名高き火炎竜。
そしてついに、あらゆるものことごとく焼き尽くさんとする炎の舞はその幕を派手に切って落とされ、
「ぐおお、何だ突然?!」
「火だ、火を出したぞ!」
「く、とても止められん……!」
――猟兵隊が足をピタリと止めそうした恐怖と驚愕の叫び轟と上げる中、狙うはただ一つ。
「覚悟しな、行くよ!」
もうもうと吹き出される白煙ととめどなく高まりゆく排気音。そうして機体内で生み出されたエネルギー一気に注ぎ込まれた、二つの烈しく回転する車輪……。
すなわち瞬時にして<魔動手>の放つ秘力軽々と打ち破り、<ファイアー・ドレイク>の突撃は再び、しかし今度はより凄まじき速度でもって猛然と開始されたのだった。
「な、何だと、どういうことだ……!」
――途端なりふり構わず迫り来ようとする赤き巨体に、まったく何が起きたのかも理解できずただ発されていた、絶句にも似た向こうに立つエドアルトの驚きの叫声、共として。




