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66.光の塔 ③

 その瞬間だった。


 キリクが<閃光剣>構え一気に反乱軍の首領、ハウドを討ち取ろうと駆け出しかけた、刹那――。


 「!」


 突如として空気が弾けたようなパアン! という鋭い音が辺りに木霊(こだま)して、キリクを右方、南の方へ振り向かせるや、彼はすかさず剣で()く何かを弾き落としていたのである。

 辺りの連中まで知らず驚愕の顔現わす中、そしてそのまま、その音の発生源と(おぼ)しき遠く一点ギロリと注視し――。


 「ち、奴か……。性懲りもなく」


 途端顔しかめその口から吐き捨てられたのは、あからさまなまでに忌々しげな、そんな今までとは様相の違った呟きなのだった。


                  ▽


 エドアルトは道の先へじっと目を細めると、冷酷そのものの笑み浮かべていた。

 間違いなく、あの生意気な女がわざわざ自分から餌食となるためやってきたのだ。

 この好機、見逃すような愚か者などまず存在はしまい。

 特に、以前宮殿で受けたおぞましき屈辱――あろうことか、自分がいたというのに主君のまさに目と鼻の先まで迫られた――が、いまだ心の中で地獄の泥の如く深々と(よど)んでいるうえは。

 そして息つく暇もなく道の真ん中、その姿大きくさせていく赤い重装甲車睨みつけ、憎悪で激しく燃え盛り出す紅の瞳。

 ますますかまびすしさ増しながら吠え立て続けるその走行音が、かえって今はとにかく待ち遠しい。

 ――そう、早く我が傍に来て、潔く死の鉄槌を受けよ、とばかりに。


 「今度こそは、逃がさんぞ……」


 そうして紅を引いた口から静かに零れていたのは、怨念と愉悦(ゆえつ)の分かち難く混然一体となった、げに冷たくも重々しい声……。


                  ◇


 ――50メティスほどを挟んで、じりじりと対峙する二人の男。

 片方はもちろん監獄囲む城壁前に立つキリク、もはや眼中にすらないということか、その視線はいっさい傍らの大敵たるハウドたちより外れている。

 そしてその茶色く鋭い眼差しが向かう先、狼狽(ろうばい)する兵士たちの間を縫った、広場のただ中に立つ30メティスはあろうかという黒きオベリスク傍に一人、佇んでいるのは――。


 「やはり、貴様だったか」


 知らず、キリクが声音数段落として告げる。


 「しかもまた、その妙な飛び道具持って」


 ……そう、言うまでもなく彼の眼が捉えたのは、灰色の髪風になびき、水色の瞳涼やかに輝かせる、白皙(はくせき)の面持つ青年。

 握り手と回転するシリンダー下についたメカニカルな銀の手筒その右手にした、いつぞや宮殿の中庭で正面から相対した年若き密やかな狙撃手。

 何より白昼堂々、主君ゴルディアスを大胆にも狙ってきた、決して油断してはならぬ敵――。


 「フン、だがそのオーバー・ブレイク、俺には一切通用せんぞ」


 だがそれでも、……いやむしろそれゆえなのか、剣士は同時にその口辺に、獰猛にして楽しげな笑み浮かべるのどうしても禁じ得ないのだった。


 

 そうしてつかの間の睨み合いはすぐに終わり、早くも両手で閃光剣高々と掲げた、すなわち得意の袈裟斬りの構え取った男。むろん無二の戦士たるただならぬ自信が、その姿には溢れんばかりに漂っている。何より赤光の剣はますます元よりも輝度いや増してきて、鉄をも断ち切る鋭利さが実に猛々しい。


 「近づこうが離れようが、そんな弾、いくらでも弾き返せる以上は」


 すなわちそんな恐るべき大言さえ、相手焼き尽くすような眼差しの中自然とうそぶいていたのだから。


 はたして呼気とともに豪と放たれた、力強き威圧感。


 刹那、もう最後の時は来たと一歩、その足も力こめて前へと踏み出されて。

 そう、今まさしく発動されようとしているのは、げに凄まじき必殺の突撃。

 いかにロビーでも、かくて高速で接近され力のまま斬りつけられたら、もはやひとたまりもないような。

 ――何よりも前言通り、彼の放つ弾丸が一切この剣士に通用しないとすれば。


 「ならば、せめて楽に葬ってやろう!」


 かくてキリクの顔にその瞬間明々と浮かび上がったのは、飢えた狼の如き、残忍極まる狩猟者の色……。


                  ◆


 「む?」

 

 ――だが、その烈声一下、まさに足が地を蹴らんとした、寸前のことだった。


 キリクの表情を、途端つと怪訝なものが覆っていた。


 どうしたことか目の前で相手が突然、予想外の奇妙な行動に出てきたのだ。

 そう、対する<魔弾>使いのロビーが取ったのは、なぜか彼とは対照的なまでに静謐な、そして戦闘中とは思えぬ不可思議な姿勢。

 すなわちそれまでキリクへその口向けていた銀筒をスッと持ち上げ垂直に筒身(つつみ)の方から自らの額に触れさせるや、あろうことか、敵目前にしてその眼がひたと閉じられたのである。あたかもここが戦場であることを忘れたかのようで、あるいはそれは、今さらながら神にでも祈り捧げているかのごとき。そして何よりも男の目を引いたのは、その静かな動きの持つ、得も言われぬとしか喩えようのない場違いさ……。


 そしてそのある種敬虔な仕草は、途端男を呆気に取らせ、次いでその口に当然のごとく嘲笑とめどなく湧き上がらせてもいたのだった。


 「フ、何だ、もう死を覚悟したか!」


 兵士たちが遠巻きにボウと見つめる中、いかにも傲岸(ごうがん)な表情露わにして。


 ……そして僅かな後、彼はもうそんなことには一切構わず、忌々しい相手と決着つけるため改めて再び踏み出す足に力入れていく。


 何より、どれだけ稀有な奇跡を信じようとしても、どうにもならない現実があることをまざまざと思い知らせるために。


 (しょせん、まだ戦い方も知らぬ青二才だったか……)


 ――むろんそれをもって、結果、浅はかなる彼に残酷な死が訪れたとしても。


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