65.光の塔 ②
道の真ん中に悠然と聳え立った白髪の男は、200メティスほど先の反徒の群れを目にするや、一人皮肉げに呟いた。
「ほう、これはなかなかの大軍だな」
そして顔はそちら、監獄の方へじっと向けたまま、その手が腰のベルト、今は柄だけの状態の得物へと伸びていく。言うまでもなく、それは彼が扱うオーバー・ブレイク=<閃光剣>。赤い光でできた、必殺の切れ味持つ魔刃――。
「フ、そしてもう勝利者気取りのようだな、気が早いことに」
するとその後ろから届く、やけに軽やかな男の声。むろん彼の両手が装うのも、強力な念動力使用を可能とするオーバー・ブレイク=<魔動手>だ。美しくも怪しげな面持つ男はそしてそのいかにもゴツゴツした黒い籠手の片方を額の辺りへかざすと、さらに妙に冷たく言い放っていた。
「だが、その気分もいつまで続くやら」
陽光の下、つぶらな瞳を何とも酷薄げに細めてみせて。
――陥落寸前の監獄守備隊を援けに来た、総勢約300名の部隊。
むろん、それはゴルディアス近辺に仕える、精鋭揃いの猟兵隊、その中でも選りすぐりの連中から成る一団である。すなわち、黒衣の上から銀色に光る鎧と肩当て着けた、悪名いと高き親衛隊。そしてそんな彼らが急ぎ最重要施設の一つの救援にやって来たのは、戦況上むしろしごく当然のことだったといえよう。領主側とて、監獄の囚人が解き放たれたらどうなるのか、分かり過ぎるくらいに分かっていたはずなのだから。
これで、今後の戦の帰趨がほぼ決まる、とまで予想されたほどに。
……だが、そうしてただでさえ恐るべき猟兵隊が傲然と立ちはだかる、そんな中。
あろうことか。
「お、おい、あれは……」
「まさか、あの二人が?」
「嘘だろ――」
――おのずと遠くの方より敵方のそんな呆然とした声が聞こえてきたように、泣く子も黙る荒くれ集団の前には、しかしそうした輩などどうでもいいと思わせるくらい、凄まじき存在感放つ二人がいたのだった。
「ハウド様、あれはまさにキリクとエドアルトですっ。 まさかもう戻ってきたとは!」
道の向こうを指さし、狼狽した表情で告げるマルカス。今までの冷静さが嘘のような、それは明らかに虚を衝かれた態である。しかも当然それは彼のみが示した状態にあらず、気がつけば周囲の皆が、それぞれ完全に怯え見せた様相現し始めていたのだ。
「落ち着け、慌てるな! まだ戦ってもないというのに、逃げ腰になるのは早過ぎるぞ!」
当然、一人冷静なハウドがそう声を大きくしても、今の反乱軍には一切の効果がない。むしろ大半が急激にはっきりと浮足立ち始め、中には恐怖のあまり、どんどん後ろへ下がっていく者までいた始末。
「ああ、やばい、ブレイカーが来ちまったよ……」
「今日は絶対に来ないって言っていたのに」
「畜生、これじゃ監獄どころじゃなくなっちまったぜ!」
当然のごとく、いつしかそうして軍全体が隠しようのない動揺した風で一斉に包まれ出し……。
「フム、奴らかなり乱れているぞ。さて、ではどうするキリク? ここはどちらが行くべきか」
「そんなこと、わざわざ問われるまでもあるまい。守りに長けたお前より、俺の方が明らかに攻めへ適しているのだからな」
「――では任せるとするか。私は後ろで高みの見物といこう」
「しょせんは烏合の衆。我が<閃光剣>の力で一挙に打ち崩してくれよう」
かくてそれを認めた途端、2人の名うてのブレイカーが余裕の態で言葉交わしすんなり作戦決定していたのも、彼我の力の差から見て、まさにむべなるかな、というものでしかなかったのである。
――そして。
◇
一陣の烈風のごとくに、時置かずして赤光の剣構えた男は、配下引き連れ猛突撃開始した。
「キリクです! 猟兵隊とともに突っこんできます!」
その凄まじき勢い、速さに俄然統率乱れさす一同。
むろん大半が本業戦士でないこともあり、襲いかかってくる一団の余りの迫力に早くも腰砕けとなった者さえ続出している。
それゆえ、ハウドもそんな混乱へ陥りつつある皆へ、側近たちとともにその場に踏ん張りつつ、必死に声振り絞って激励の言葉掛けるのだった。
「とにかく落ち着けっ、敵は我らより明らかに少ないのだ、包囲して動けぬようにすれば、おのずと勝利はできる!」
……だが、その間も殺到したキリクたちは立ちはだかる敵を無情なまでに次々切り倒し、あれよあれよと猛然と血路開いていく。それはまさしく羊の群れに飛びこんだ狼たちも同然で、出現したのは一方的で無慈悲な流血劇でしかない。それゆえあちこちで鬨の声ならぬ哀れな悲鳴が盛大に上がりまくり、そしてそれを耳にした群狼はますます残虐性増していったのだ。
勢い、半ば呆然としたハウドたちの元へまずキリクが単騎すんなりと辿り着いていたのも、あまりに当然と言えば当然の事態なのであった。
「いかん、皆、ハウド様を守れ!」
途端周りに指示を出し、自らも武器を構えるマルカス。さすが選ばれた者たちと言うべきか、ハウドの傍近くにいた10名ほどの戦士たちも決して後れ取ることなく、一斉にそれぞれの得物前へと掲げていた。
この時、ハウドとキリクの間の距離、およそ5メティス――。
「フン、余計な真似を」
はたしてその様子を見て、小さく笑み浮かべている白髪の男。そう、それはまるで、罠にかかった無力な動物を見るような、嘲りと冷たさの籠もった剣呑な微笑なのであった。
「エドアルト様、我らは如何いたしますか?」
前言の通り完全に気楽な態で戦況眺めていた洒落男へ、傍にいた猟兵隊の一人が声を掛けた。左目に眼帯をつけた、なかなかの迫力ある強面だ。エドアルトの護衛役も兼ねているのだろう、その場には、彼を含めて10人ほどの兵士が突撃に加わることなくいまだ留まっていた。
そんな男へエドアルトはむろん顔を向けたが、しかしそれはあくまで、緊張感まるでないものだった。
「いかがいたすかと言われても、どうせキリクが全て片付けてしまうのだ。我々はここで見学するしかあるまい」
「はあ……」
「そして主力軍さえ壊滅すれば、おのずと反乱軍の勢いも削がれる。そうなれば、この戦い、もはや勝利したも同然。――わざと私とキリクが不在ということにしておいてまで誘発したこの反乱だが、これだとゴルディアス様が出てくるまでもなく、あっさり鎮圧できそうだな」
何より、その口調が憎らしいほど余裕に満ちた響きである。むろんそれくらい勝利への確信があるということで、それはまたありありと、周囲の護衛たちにまで伝播している。すなわち、その一帯だけは、今や戦場とは思われぬのどかな空気にさえ包みこまれていたのだ。
「まったく、楽な戦いだ――」
そう、ゴルディアスの側近をしていと気楽に言わせしめていたのだから。
そして自然と、黒い籠手はめた両手も、もはや用なしと脇へだらり下げられている……。
「――ん?」
――だが、いかにも気の緩んだ、そのふとした一時だった。
彼は、いや周りの者たちも、ふいに、その耳が妙な音を拾ったことに気づいた。
しかもそれは前方、決戦の行われている場面ではない。
なぜか後方、大通りへとつながっている方向からだ。
「あれは……」
瞬間、エドアルトの胸に嫌な予感が走る。
もちろん、それが聞き覚えのある、ただし良い思い出などまったくない音だったからだ。
そう、まるで獣の吠えるがごとき、遠くからでもけたたましいと分かる耳障りな爆音。さらにそれは凄い勢いでこちらへ接近してきて、何より、その獲物追い立てるような余りの不快さ……。
「まさか、またあの女か!」
かくて刹那、エドアルトはキリクたちのことなどすっかり忘れ、もの凄い勢いで後方がばと振り返っていたのだった。




