63.決起 ③
「思い出したんです」
はたして、平静な声そのままに、アクセルはゆっくりと答えていた。
「僕があの時、暗い城の中で何をしたのかを」
むろんその言葉は謎かけのごとく二人にはまるで意味不明だったものの、しかしかといって話遮ることはせず、ただ唯一の反応としては、クロニカがポツリとそれに対して一言呟いただけだった。
「暗い、城……」
「はい。恐るべき力誇るブレイカーが住まう――。そこで僕らは絶体絶命の危機に陥り、そう、本当に一度は何もかも駄目になったかと思ったほどだった。そして実際、一人の女の子は死に、もう一人の女性も死毒に冒されてしまった」
「……」
「だから、もっと早く力に目覚めていれば、二人とも助けることできたかもしれない。……もちろん、今にして思えば、ですが。それに、確かにあの力は絶対に無闇やたらと使うべきものではありませんでした。使い方を少しでも間違えれば、標的のみならず、数多の犠牲者を生んでしまうのは確実なのですから」
そこで少年は一拍、小さな間を置く。あるいはその時この途方もない話に対して二人がどんな反応示しているのか確認したのかもしれないが、しかし無言の彼女らを前に、いずれにせよ彼は間もなくして昔語りの続き再開していた。
「そしてそれゆえだったのでしょう。全てが終わり、城さえも跡形なく破壊してしまった後、僕はそれまでの、あの力を使った記憶を一切忘れてしまいます。ひょっとしたら、それは彼女が僕の精神状態を想って施してくれた配慮だったのかもしれませんが。そうして結局、あれ以来命に関わる危険がほとんどなかったこともあり、今日に至るまで、幾年も僕はブレイカーであることを完全に忘却することとなったのです」
それは、何とも信じ難い話としか言いようがなかった。
あろうことか、自分は正真正銘ブレイカーで、しかしその記憶をしばらく失っていたというのだ。
前代未聞、寡聞にしてクロニカはそんな事例噂でもまったく耳にしたことすらない……。
「では、その記憶を取り戻したということは、今君にかなりの危機が迫っている、と」
するとそんな半ば放心状態の相棒に代わって、ロビーが常の冷静さ保ちながら問いかける。いや、むしろその瞳はますますあの怜悧な光強くしている感さえあった。
その眼差しをどう捉えたか、少年の面にふと翳のようなもの淡く浮かべさせて。
「――僕に、というより、この町に、ということかもしれませんが」
「ジグラト・シティに。フム、その敵はやはり猟兵隊となるのかい?」
「いえ、そうではありません。僕が倒すべき、いや倒さなければならない敵は、もっと巨大なものです」
「……え、それって、ひょっとしてゴルディアスのこと?」
と、これには急ぎ横から口を挟むクロニカ。よほど、アクセルのその言葉が気になったのだろう。ふと眉間に皺まで寄せたくらい、それはかなり怪訝な感現わした表情だったのである。
「でも、残念ながら、ていうのも変だけど、彼は今ブレイカーとしては無力なはずなの。つまり、肝心の<箱舟>が使えない状態。そんな相手に、いくら凄そうな力使用したところで……」
「確かに、ゴルディアスは自らのオーバー・ブレイクをつい数日前使いました。そしてクロニカさんの、そして巷で言われている様々な話も総合すれば、あの巨船は当分休止状態ということになります。もちろんそれもあって、反乱軍は今日を蜂起の日と決めたのでしょう。――ですが、いったいそれが本当の話だと、誰が確実に証明できるのですか?」
「え?」
だが、アクセルは特に虚を衝かれた感もなく話し続ける。その態度にかえってクロニカが言葉失ったくらい、あっさりと――。
「もちろんオーバー・ブレイクが強大になるほど、ブレイカーの消費するエネルギーも途轍もないものとなるのは動かせない事実です。そしてあの<箱舟>なら、もはや費やすエネルギーは想像を絶する量だということも。しかし、何事にも別の抜け道というものは存在します。――何より、彼が膨大な種類の商品集まるこの町の支配者であることを考慮するならば」
いつしか民衆軍はみな意気揚々と北の方、第二層へと続く階段へ殺到し、人口密度低くなった周囲は静けさすら漂わせている。もちろんそんな中大通り脇の薄暗がりで熱心に話しこむ三人組はかえって目立つくらいだったが、しかし彼らは会話に熱中するあまりそんなこと完全にお構いなしで、また周りは周りでこれから起こる戦闘でとてもそれどころでないこともあり、結局その怪しげな談義は邪魔されることなく、まだ静かに続くのだった。
「そうか、なるほど」
そうしてふと一つ頷くと、ロビーは改めてアクセルの顔しげしげと見つめた。
「そう、確か、オーバー・ブレイクの力強くするエーテルのように、ブレイカーのエネルギー高める薬もいくつかあったと聞く。ただしそれはあくまで人工の、副作用も多大なものだと言うが」
「はい。また同時に相当高価なものでもありますが、その効果は凄まじい威力だと聞きます。お金さえあれば、いくら払っても構わないという人がいるくらいに」
「大交易路たる砂の道を通してなら、それらも余裕で大量に集めることできる……うん、理に適っているな」
「じゃ、じゃあ」
と、かくて妙に納得顔し始める二人。確かに他の情報を加味するにつけ、また別の結論が出てくるのも揺るがしがたい事実ではある。特に相手が戦闘力だけでなく、智謀にもまこと長けた油断ならない人物ならば。
――だが、そんな話がふいに収まっていきつつある中、一人クロニカだけは、何を悠長にとばかりにいかにも慌てた様で口を出してきたのだった。
「しばらく<箱舟>が使えないってこと自体、もう相当怪しい話じゃない」
「ええ。それこそ無闇に信じると、大変な目に遭うかと」
「でも、もうすでに反乱は起きているのよ!」
その瞳の色険しくした言わずもがなの一言に、だがアクセルは我が意を得たり、と表情にわかに緩めている。そう、その顔見た瞬間クロニカがなぜかしてやられたと思ってしまったくらい、それは妙に得意げな面でもあり、
「だからこそ、二人の力を是非僕に貸して欲しいんです。もちろん、腕に自信ある、恐れ知らずのブレイカーとしての実力を」
――しこうして彼は長き話の最終結論として、ここに来てついに、彼女らに会いに来た真の目的静かに告げたのだった。




