62.決起 ②
突然背後に立ったその姿を見て、まず驚きの反応示したのはクロニカだった。
「アクセル?!」
そう、静かにその場に姿現していたのは、まだ年若い修道士――二人にとってはもはや色々な意味でお馴染みの、アクセルだったのである。むろん服装も地味なあずき色のローブのまま、赤髪で少女っぽい面立ちといい、これまで見てきた彼と、何ら変わりのないまだあどけなさ残る少年。
ただし、今は超のつくレベルの緊急事態時。それゆえ当然ながら、彼に気づいた途端クロニカは勢いよく様々な疑問わき出てきたのだった。
「ど、どうしてこんな所にいるの? 修道院のみんなは……?」
「心配ありません。ここに来たのは僕一人です」
「一人で? でも、何をしに、いえ、そもそも今ここがどんな状況か分かっているの?」
「もちろん。反乱軍が決起してゴルディアス側と交戦中。また、今まさに第二層の監獄城砦で激戦が行われていることも知っています」
「なら、どうして……」
だが、アクセルはあくまで当たり前のことのように現状について正しく語っていく。思わずポカンと口開けてしまった相手のことなど大して構わず、まさに冷静そのものの口ぶりだ。とはいえやはり今が危険と隣り合わせの時であることには違いなく、それはどこか場違いな様相でもある。
ゆえにクロニカも、最終的につと我知らず訝しげな言葉少年へ放たざるをえなかったのだった。
「……アクセル、大丈夫? 熱とかあるんじゃない?」
……ちなみに、二人がアクセルと別れてからは、もうすでに20日ほどが経過していた。最後の会話を交わしたのは、宮殿襲撃の次の日、少年が再びサミュエル修道会へ戻って行った時のことだ。
そう、クロニカたちは任務失敗した後一時市外へ身を隠すと決めたものの、その前に密かにサミュエル会の面々荒野に呼び、彼らへ宮殿での顛末含め事情様々話している。そしてその際激高するリオースや渋い顔見せるガルドに、もしどこかへ逃げるなら何でも手伝うと提案したが、二人はそれを言下に、それも厳しく拒絶、結局アクセルも修道院に帰ることとなり、彼とは完全にそれきり、となっていたのだった。
院には病身の院長や幼い子供たちもおりどうにも気がかりだったとはいえ、元より迷惑かけた自分たちにそれ以上強要できる資格などあったはずもない。
こうしてその時はすごすごと引き下がるしかなく、以後サミュエル会の皆はどこか自らで見つけ出した隠れ処で静かに生活していると思っていたのだが――。
「フフ、大丈夫です。僕は至って元気ですよ」
しかし、現にアクセルはこうして目の前に立っている。しかも、皆目その目的が分からぬ状態で。クロニカが分かりやすくも知らず目をしばたたかせたのは、以上のことからして、しごく当然過ぎる素振りなのだった。
「アクセル君、君は――」
すると、ここでようやく初めてロビーが口を開いた。
それはクロニカの如き怪訝さではなく、なぜかどこか畏怖めいたものの含まれた、不思議と重々しい声音。あるいはどうやら、彼は少年の中にその時何らかの異変認めたようでもある。
「見えているのか?」
「……?」
「と、ちょっとロビー何言っているの? 急に訳わかんないこと訊ねないでよ」
「――僕らの纏う、ブレイカーだけに現れるオーラが」
そうして放たれた、少なくともクロニカにとっては意表を突く一言。その証拠に途端呆気に取られた彼女は、瞳の色あからさまなほど惑い帯び、さらにロビーとアクセル、二人の男をそれで交互に見比べている。
「……」
「ブレイカーには、特有の色を持ったオーラがそれぞれある。そう、僕にもクロニカにも。ただし普通それを見ることはできず、唯一その技が可能なのは、かなりの力備えたブレイカーだけ」
「何でアクセルがそんな――」
「今までどこにいたかは分からないが、いずれにせよ彼はどうやら、迷いなく何かの用があって僕たちの元へ辿り着いたようだ。この込み入った、しかも混乱に包まれた町の中で。――むろん、誰にもここへ来るなんて告げていないにも関わらず」
そうまで理路整然と言われると、さすがに黒髪の娘も考え深げな表情現し始めた。
「じゃあ彼は、そのオーラを追って私たちを探し出したと……」
「状況を鑑みれば、そうとしか考えられない。つまりアクセル君は――」
そしてそこまで述べると、ふと青年は言葉を切る。その瞳は実に理知的でまっすぐ。もちろん、その眼差しが向かう先は赤髪の少年の姿だ。
瞬間訪れていたのは、はたして、張り詰めたような静かな間。
あれほど大きかった周囲の喧騒すら、一瞬遠ざかったようにも思え――。
「……はい。ロビーさんの言う通りです」
だが、かくてロビーがただならぬ結論告げようとしたその時、それを遮るように口を開いたのは、変わらず穏やかな顔したアクセルなのだった。
「僕には、確かに見えるんです。二人の眩しく輝くオーラが」
「そんな……」
「ちなみにクロニカさんは鮮やかな赤色、ロビーさんは涼しげな水色のオーラです」
そうあくまで普通の態で答えてくる少年。だが、よく考えるまでもなくその言葉はあまりに異常である。何より、それなりに力持つブレイカーたるクロニカたちにも彼の言うオーラとやらはまったく視認不可なのだ。オーバー・ブレイク使えるようになった者だけが纏うことできる、不可思議な光の膜は。
しかし、そうだとすると、ではこの目の前の修道士はいったいなぜ……。
「いつから?」
「?」
「いつから、君はそれが視えるようになったんだ?」
と、再び問いを重ねたのはロビー。やはり彼の脳裡では今や何かが理詰めに組み立てられつつあるらしく、その言葉も、段々と真剣味増したものとなっていく。何よりその様には、まだ混乱状態抜け出せていない完全感覚型人間の相棒とはかなり対照的なものがあった。
「少なくとも最初に出会った時は、そんな力は持っていなかったはずだ。……もちろん、君が何らかの理由で僕たちを欺いていなかった、とすれば」
「……」
「それに、宮殿襲撃の際もそう、そんな素振りは欠片すらなかった。だとすれば、君が変わった、そう言ってよければ、そうした変化があったのは襲撃以後のいつかということとなる。――いったい、その間、何があったんだい?」
人通りの全くない薄暗い路地の出口で、そうして青年はあくまで怜悧に声響かせる。その表情は何とはなしにもう答え知っているような色で、事実、彼には先ほどから少年の帯びた『変化』がどんなものかすでに、如実なまでに分かっていたのだろう。
すなわち、その様子には、もはや落ち着いた感すら漂っていたのだから。




