61.決起 ①
【 25日目 】
大通りを慌ただしく足並み合わせ北へと向かう、大勢の武装した人々。
鎧姿から普段の作業着までみな服装まちまちな、実に雑多な集団。手にした武器も剣や斧、弓など種々様々な感だ。
そしてそこには男だけでなく、女や老人、はてはまだ子供といってもいい年齢の者まで少なからず混じっている。
身なりといい年齢層といい、すなわち、正規の訓練された軍とはあまりにも異なる様相。
だが、その心意気だけはどこまでも一緒とばかりに、全員見事気合十分で、何より足進めながらいかにも戦意に満ちた表情勇ましい――。
「……こりゃ、えらく大変なことになったわね」
そんな物々しい一団通り過ぎるのを細路のとば口よりそっと見やりながら、そうさも感心したように、ただし妙に軽く呟いたのはむろんクロニカだった。先程辺り厳重に警戒しつつ久々にスラム街から出てきたのであるが、今の彼女は全身黒の、以前目にしたことのある革製つなぎ服姿だ。それはただでさえ均整の取れ鍛えられた体形にピッタリとフィットしていて、見ただけでかなり敏捷に動けるであろうと予想できたほど。何より足元を守る同じく黒革の大型ブーツが、生来の気の強さに加えて雄々しいまでの雰囲気をこのブレイカーに纏わせている。
それはまさしく大きな仕事前にした準備万端そのものの姿で、相変わらずいまだ楽天的な面差しながら、しかし同時にまたそこには真剣味のようなものもそこはかとなく混ざっていた――。
「今は第二層の監獄で、激しい戦闘が行われているらしいからな」
すると、そんな勝ち気な黒髪の娘に、その隣からいつもの見慣れた緩やかな白の上衣と筒袴着けた青年が応じてくる。言うまでもなく、クロニカの相棒、ロビーの言葉――そして彼に至ってはその声音いつも通り冷静で穏やかで、これはこれでなかなかの平常ぶりと言えよう。そしてもちろんのこと、その腰に提げたホルスターに入っているのは、狙撃型オーバー・ブレイク、<魔弾>。
「いよいよ騒乱も本格化してきたわけだ」
「でも大劇場に火がつけられてから、一刻ほどでここまで騒ぎが大きくなるなんて。とても偶然起きたこととは思えない」
「ああ、当然計画は前もって周到に準備されていたんだろう」
「劇場に猟兵隊や軍が気を取られている隙を突いて、監獄の囚人たちを一挙に解放するつもり、か……。そしてそれが成功した暁には」
はたしてそれを受けて独りごちたクロニカは続けていかにもな思案顔浮かべる。彼女としても朝から始まったこの突発的事態に戸惑いつつ、それでもしっかり現状把握しようと努めてはいたのだ。かように今起きているのはよほどの異常な事象、まずは何よりも思考を整理して事に当たるのが先決となるのだから。
そして刹那の後、閃き良く何らかの答え導き出せたということか、ひとまず納得したかのごとく大きくひとつうなずいてから、彼女はちらと自分見つめる相棒の方振り返り述べたのである。
「――制圧できた第一層、今激戦中の二層だけでなく、あの日和見の第三層も、大方が反乱軍に加わるはず」
――そんな、相当な確信めいた呟き零すとともに。
ジグラト・シティ第三階層――。
そこは高級役人や大商人、そしてアクセルたち在野修道士とはまるで異なる存在、アレキス教正規聖職者らが大邸宅構え住まう、いわばこの都市の高級住宅街である。当然広々として塵一つない道路等景観自体が下の層とは完全に別世界で、そもそもここの住人が普段から下々の者たちと関わることなどまずありえない。すなわち、下層民を毛嫌いすることこそあれ、彼ら彼女らの基本的な態度としては、完璧極まる無関心――。
ただし、だからといってこの『上級市民』たちが皆おしなべて領主ゴルディアスに絶対服従しているかというと、決してそういうわけでもない。いや、むしろ憎しみ覚えている連中すら多く存在する可能性があり、そういう意味では、第三層はクロニカの言った通り確かにこの度の騒乱においていまだ動向決めかねているようなのである。
では、なぜ少なからぬ上級民がゴルディアスに対してよからぬ思い抱いているのかとなると、その原因は間違いなく、十年前の政権交代劇から続く、幾度にも渡る弾圧政策にあった。すなわち、猜疑心強いあの男は相手がいくら隠然たる勢力持つ財産家であろうと、少しでも自分に反抗的な態度取ったと認めれば、途端潰しにかかってきたのだから。しかもその手段は相当むごいもので、財産没収で済めばまだましな方、ひどい時には一族皆殺しか追放、が最終結果とあいなったほどであった。
当然幾つもの家が取り潰しになる中、表面上服従誓いながらその実内心では戦々恐々とする者多く、従って何か異変が起こるなど風向き変わることとなれば、あからさまな反ゴルディアス派も出てくるのは必至。
特に今回のように反乱が全都市巻きこむまでの規模となり、加えて監獄に囚われていた、かつて領主と対立した勇気ある人々が皆解放されることともなれば――。
「あとは、肝心のゴルディアスの動向だな」
そこでふと、顎に手を当てながらロビーがポツリと言った。
「……確かに、あいつが、ていうか<箱舟>が出てきたらもう反乱どころの話じゃなくなる」
「このシティまるごと焼き払えるからな、あの巨船の力なら。――だが、つい先日、両都の戦いであれをかなり使ったとなると」
「ええ、話によると、後一ヶ月はまともに使用できない筈よ」
キラリ、その瞬間瞳の色鋭く輝かせるクロニカ。内心では何を思うのか、その表情も狩人のごとくにわかに険しさ増したものとなる。
「狙うに値する、千載一遇のチャンスってわけね。今は」
加えてそう、重々しく宣いつつ。
「では、僕たちも動くか、そろそろ」
「そうね、今は見ての通りかなりの混乱状態だから、恐らくゴルディアスは宮殿の奥に引きこもっている……。そして今なら、私たちで一気に突っこめば、割と容易にあいつの元へ辿り着ける」
「僕らにとっても、これが最後にして最大の好機、となるか」
「そう、そして逃す理由なんて、もちろんあるはずないわ」
そうしてようやく巡ってきた名誉ある抵抗の時へ沸く民衆尻目に、二人はまた一味違う目的のため、最後に黙って視線交わし合った。みなぎる自信の現れということか、その口許には双方とも――すなわちクロニカだけでなく、ロビーでさえも――小さく笑み零している。
そう、クロニカがわざわざ述べるまでもなく、これから訪れるのは、もう決して逃すこと許されぬ最後の戦い。いわば、自分たちがいかにブレイカーとしてこれまで力つけてきたか、その真価が究極に問われるひりついた場面なのだ。
「何、エーテルもこんなにあることだし」
むろんまさに相手にとって不足はない、と言ってもまったく過言ではなく――。
……だが、そうした若さからくる武者震いゆえだろう、その時、細路の奥、暗がりの中から一つの人影がそっと、かつゆっくりと近づいてきた時、珍しくも二人のブレイカーは、その気配にさえまるで気づいていなかったのだった。




