59.追憶(3) ⑧
鎧の男がマリーの元へ向かったその隙をついて急ぎ駆けつけた時、ミコナはすでに意識朦朧状態だった。
目は固く閉じ、呼吸は薄く、何より青白き顔にはおびただしいまでの大量の汗。
アクセルでも分かる、かなり危険な状況だ。
だが少年はミコナの震える両肩しっかり掴みつつ、かえって一瞬躊躇覚えてしまう。はたしてこの激しい病状では、いったいどのように対処すれば一番良いのか、と。
むろん医者でも何でもない普通の子供である彼には、それに対する適切な答えなど期待できるはずもない。そもそも知識や経験が一切ないのだから。
「ミコナさん、大丈夫ですか! ミコナさん!」
よって唯一今すぐ可能だったのは、彼女の顔正面から見据えながらの、その名前強く連呼することくらい。さすがに身体揺さぶるまではせず、かくてただひたすら、届いてくれとその声には力こめられていたのだった。
「う、うう……」
――すると、何回目かの呼び声の後、その効果ようやくあったかふいにミコナが小さく声洩らしていた。もちろんいまだ表情相当苦しげだったが、しかしアクセルには確かに気づいたようで、次いでゆっくりと、その緋色の瞳も開かれていく。
いつものクールなそれとは異なる、恐るべき熱湛えた、潤みも帯びた瞳。
思わずその色にハッとしながらも、当然アクセルはすかさず、ただ今度は優しく呼びかけていた。
「良かった、聞こえたんですね? 今はとにかく横になっていてください。必ず、必ず良くなりますから」
「ア、アクセ、ル……」
「あ、でもそんな、無理して喋っちゃダメです。まだ具合が悪いんだから……」
「聞いて、これだけは……」
だが対して、目覚めた途端声震わせながらも何か伝えたいことがあるのか、必死なまでに口を開こうとしてくるミコナ。もちろん少年の方は懸命に制止しようとしたものの、しかしそれを振り払うくらい、その口ぶりは真剣で命こめられたものなのだった。
「あなたに、最後のお願いが、あるの……」
そうして現わしたその表情や声音があまりに弱々しくて、思わず涙零れそうになったアクセルはそれでも慌ててそれ隠している。
「もちろん。お願いなら何でも聞きます。それに、最後なんて言わないでくださいよ」
「……助けて」
「え?」
「マリーを、助けてあげて……」
しかし、次いで彼女から放たれた願いは、少年にとってあまりにも重すぎるもの。そう、この、大した武器何ら持たない非力な自分には……。
「マリーさんを」
「……そう、あなたなら、必ずできるはず」
「で、でも――」
もちろん、そう必死に懇願されても、おいそれとうなずくのは極めて難しかった。この短剣一本で立ち向かったところで、あのブレイカーに少しの傷つけることすらほぼ不可能なのは確実なのだ。いや、むしろ火に油を注ぐのごとく男の激情さらに呼び覚まし、それがミコナにまで及ぶ可能性さえある。そして言うまでもなく、今の彼女には何一つ抵抗する力がない。
――だがそれと同時に、ミコナの言う通り、マリーが絶体絶命の状況に陥っているというのも、少年には痛いほど理解できたのだった。
はたしてこのままずっとミコナの傍にいるべきか、それとも彼女の願い聴き入れ、ザカリエへと攻撃加えにいくべきか……。
(ど、どうすればいいんだ……)
懊悩はそうやって、ひたすら深まっていくばかり。
――そうしてそんなただならぬ迷いに立ち竦んだまま一人アクセルが惑乱し始めると、それに気づいたのか、そこでふと再びミコナが口を開いていた。
「違う、よ――」
「え?」
「あなたの、本当の力……ブレイカーとしての、力を使うの」
「ブ、ブレイカー?」
しかし荒い息とともに突然告げられたその言葉は、少年にとってあまりにも意外、というかもはやありえないもの。
そう、よりにもよって少女は自分のことをブレイカーと言っている。オーバー・ブレイク使う、地上最強の戦士の一人と。
やはり、今は高熱でかなり混乱しているとしか思えなかった。
「ブレイカーって、そんな、僕は違うよ」
「アクセル……」
「でも、確かに君の言う通りだ。マリーは助けなきゃ」
それでも、はたと現状思い出し、アクセルは結局無理矢理にでも声音強くさせている。むろん目の前のミコナもそうだが、マリーの方も危険極まる状況であるのは間違いないのだから。
そうしてすっと腰の方へ伸ばした手が掴んだのは、護身用の短剣。いつぞやマリーが、自分の身は自分で守れと用意してくれた――。




