56.追憶(3) ⑤
こうしてもう全ては終わったとばかりに、マリーはアクセルの元へと近づいていった。
入口の扉の傍で、いまだ怯えた顔見せじっと自分待っている少年を。
もちろん彼がそこにいた間、尋常でない恐怖が休みなく襲いかかっていたことは想像に難くない。何しろ、今のところ彼はまだただのひ弱な子供に過ぎないのだ。当然ミコナと同じ扱いなどできるはずもなく、それなりに丁寧なケア施すのは必要だろう。そう、いくらマリーが、そしてミコナも少年の中に何か形容し難き力が眠っていること近頃うっすら気づき始めていたとしても。
……いずれにせよ戦いが無事終わった以上、こんな場所に長居したところで意味はなく、彼のためにも早く退散するのが上策。かくてアクセルがようやく安心したように微笑み浮かべて迎えると、マリーもその声少年の方へ優しく掛けたのだった。
「フフ、アクセル、待たせたわね。大丈夫だった?」
「は、はい。何とか」
「良かった。こっちも何とか片付いたわ」
次いでこともなげにそう宣うと、少年は少しだけ訝しげな顔となる。
「――本当に、あれで倒したんですか?」
と、向こうを見てのその常識的な反応に対して返ってきたのは、はたして歴戦のブレイカーらしく、いかにもあっさりとした答え。
「確かにいやに呆気なかったわね、滅茶苦茶恐れられていた割には。でもあんたも見ていたと思うけど、あのデカい石像まともに喰らったのよ。あれにはどんなブレイカーだってさすがに敵うわけないわ」
「そ、そうですね」
「全身毒塗れの鎧纏った恐怖のブレイカーも、こうしてみると案外大したことなかったってこと」
「はあ」
そして先ほどの激闘をふと回想でもしたのか、マリーは一人、小さくうなずいてみせる――。
「それで、ミコナさんは今何をしているんですか?」
ふと瓦礫の山の方見つめながら、アクセルが素朴な質問発した。
そこには、残骸の方へしゃがみこんで何らかの作業しているミコナの小さな背中。いくら倒したとはいえ死骸はっきり確認したわけでもなく、そんな頼りなげな情景見やりふいに彼の心に不穏なものが走る。
「最後の確認よ。あいつがもう出てこないか」
「……何だか危ないような」
対するは同じくその方向へ目を向けつつもこちらはさほど危惧感ないマリーの声。さも当たり前のことを言っている雰囲気だ。
むろん彼女にとっては経験から来る慣れもあり、大した危険行為には到底思えないのだろう。
そう、それくらい、先の二人の戦いは完璧極めていたゆえ。
何よりこちらは、僅かのダメージさえなかったほどの。
「何、さっきも言った通り心配ないわ。間違いなく今はもう再起不能なはず。もちろんアクセルだって、もう近づいても大丈夫よ」
当然その続く言葉には、さらなる勝利の確信が含まれている。
何より、自身に満ち溢れたその紫色の瞳。
同時に、類まれな勇気と輝ける知性こもった。
――そして少年の憂慮を吹き飛ばすには、もうそれだけで十分なのだった。
「はいっ」
「フフ、さあ行こう。ミコナの方もちゃんと労ってやらないと、後でご機嫌斜めになっちゃうわ。――特にアクセルが話しかけると、あの子意外と喜ぶから」
「え?」
それゆえ最後にマリーが優しく、ただし若干イタズラっぽくそう声をかけてから颯爽と歩き出すと、アクセルも瞬間顔赤らめながら、慌ててそのすぐ後追いかけていたのである。
◇
――だが、そうして一行がそれぞれ勝利の余韻へ浸っていた、その時。
うずたかく堆積した石の破片の中で、静かに、そして本能のおもむくまま、かの黒の鎧は今や自らの恐るべき行ない着実に終えようとしていた。
その秘められた機能が為す、損傷した肉体の再構築。
筋肉、血管、骨、臓器等の、外部エネルギー注入による急激極まる緊急再生。
先ほどのダメージで半死半生に陥ったのが、完全なる嘘のような。
かくてまさしくめくるめく、異様なまでの超高速度で男の身体は元の姿どんどん取り戻していき……。
すなわち、それこそがこのオーバー・ブレイクを<死鎧>なる名で呼ぶ真の理由。完全に生命絶たれぬ限り、幾度でも持ち主を復活させ元のまま動かし続ける、という。
……そう、あたかも鎧の方が主人であるかのような、それはまるで不死者自在に操る、死霊使いのごとくに。
◇
そして刹那の後、ザカリエの意識は完全に覚醒していた。
「キャアアアア!」
突如として瓦礫から彼の黒腕が飛び出し、まだ近くにいたミコナの細い脚思いきり掴んだのである。
それはまさしく万力のごとき、げに凄まじき力。
何より腕の間を走る、その青く冷たく光るいくつもの描線――。
あまりの衝撃と苦痛にミコナの絹を切り裂く悲鳴が響き渡っている。
「や、やめろ!」
そうして彼女がそんな動転した態示しながらもローブの下、剥き出しになった自分のふくらはぎ、つまり掴まれた部分何とか慌てて見ると――。
「え?!」
あろうことか、そこはすでに恐ろしいまでに青黒く、そう、まるで死病に冒されたかのごとく、はっきりと変色し始めていたのだった。




