55.追憶(3) ④
……そして広間内に突如出現したのは、堂々たる巨躯持つ合成獣――上半身が鷲、下半身が獅子――グリフォンに他ならなかった。
3メティスにも達しようかという体高、途轍もない大きさ誇る翼、いかにも鋭そうな嘴と爪。むろんそのすべてが、緑色の眩い光で構成されている。だがその雄姿はまさしく伝説で謳われる高貴な魔獣そのものだ。
天空を舞い、巨竜にも果敢に挑みかかっていったという――。
「おお、これは……」
すなわちその王者の傍へ侍るにふさわしい偉容は、さすがのザカリエをしても、感嘆に似た声思わず零させたほどだったのである。
「お披露目はここまで。本番はこれからだから」
……対する灰髪の少女に、勝ち気なまでの台詞零させて。
かくてミコナはタブレット片手に相手じっくり見すえると、刹那息つく暇もなくその緋色した瞳の輝き強くさせ、新たに姿現した幻獣へと鋭い命発した――。
「さあ、あいつを風で切り刻んで!」
グルルルウウ!
途端呼応して轟き渡る、空気震わす勇壮なるグリフォンの雄叫び。
大きな岩でも吹き飛ばしてしまいそうな、まこと凄まじい音量の。
そして獣はその大翼を双方思いきり大きく広げるや――。
「うぬ?!」
……次にはそれは猛然と空間撃つように振り下ろされ、その瞬間、恐るべき速度で烈風の刃がザカリエの座す玉座一気に襲ったのだった。
すなわち生み出されたのは強烈極まる巨大真空波。
――そう、直接攻撃ならぬ、間接攻撃。
幻でさえ退ける毒の鎧も、これなら切り刻めるとばかりに。
狙い過たず、それはまさしく正面から玉座へと向かって行く……。
「ちいっ、させるか!」
だが瞬間、鎧の男がとっさに見せた動きは予想を遥かしのぐものだった。
彼はそのグリフォンの動作見るや、すぐさま玉座から急ぎ跳躍していたのだ。纏う黒の鎧には運動能力を極めて高める機能もあるのだろう、それは天井に届くかと思われたほどの、信じられない大高度であった。
そしてその直後、青と金で装飾された主の座るべき椅子が無残にも風を受け見事横に真っ二つにされたのを見ると、まさしく間一髪の優れた判断だったといえよう。
とはいえそれはやはりこのブレイカーにしてもなかなか際どい奇襲だったと見え、彼は床に着地するなり、幻獣からの連続攻撃恐れすかさず固い防備の構え取らざるをえなかったのだが――。
「!」
だが、続いて起きたのはまたしても予想外の出来事なのだった。
その刹那、ザカリエがグリフォンとは異なる向かって左斜めの視界に捉えたのは、真っ赤に輝く光弾。それも間違いなく自分の方へと向かってくる――しかしそうして視認ができたのは、結局ほんの一瞬のこと。
「グアアアア!」
次の瞬間には、ものの見事に命中した火弾により彼の体躯が鎧もろとも突如業炎で包まれていたのだから。たちまち黒を飲み尽くしていく、真っ赤な激しい色。悲鳴上げながらそうして炎の中たまらず身悶えしだした漆黒の姿は、さながら地獄で味わう究極の責め苦とでもいうべきか――。
「よし、後はミコナ、とどめよ!」
するとつと石像の陰から出てきたマリーが声を大きくした。当然ながら右手に握った<サラマンダー>は、その砲口よりもうもうと煙吐き出している。
「任せて、さあ、グリフォン!」
そしてそれを受けて急ぎ幻獣へ再び命じるミコナ。彼女の思念はそのまま瞬く間に誇り高き獣へと伝わって――。
「グウルルルル!」
グリフォンは主人の命通り再度、またあの必殺の真空波放つべく、瞬間翼大きく薄暗い空間へ向かって開かせたのだった。
◇
――数分後、いまだもうもうと立ち昇る白煙の中、ミコナは巨大な瓦礫の山見つめていた。
これらは全て、玉座に一番近い位置にあった二体の石像の残骸だ。すなわち、グリフォンの真空波によって足下切断され、もろくも倒れていった。
何といってもそれぞれ3メティスは超えていた巨体誇る古代神の像。
それが崩れてきたのだから、その衝撃には想像絶するものがあったに違いあるまい。
特に、そのちょうど真下にいたあのブレイカーにとっては。
そう、マリーのサラマンダー放った火弾で悶え苦しむザカリエにとどめを刺すべく選ばれた手段とは、この両石像使った圧殺だったのである。むろん真空波をそのまま相手へ叩きこむという選択肢も充分考慮に値するものではあったが、しかし彼の鎧の真の耐久度分からぬ以上、確実に倒せるとは限らない。それゆえより確実に致死的ダメージ与えかつ動きも止めることができるという、こちらの方の利点が大きいと思われたのだ。
実際、目の前の瓦礫山からはいまだ何の動きも、音さえも認めることできない。まさしく周りの空気とも合わせ、そこに漂うのは死んだような静かな気配ばかり。
さらに先ほどまでの傲慢なるブレイカーが放っていた威圧感となると、むろんもはやどこにも一片たりと漂ってなく――。
「これで終わった」
そうして一言ホッとしたように零すと、ミコナは静かに手にした<エメラルド・タブレット>下へと降ろしていた。短期決戦だったとはいえ灰色の髪はさすがに相当乱れ、服も埃まみれだったが、むろんそんな所はまるで気にもしていない。
とにかく戦士としての仕事を一つやり遂げたのだ、今はただ達成感の方が遥かに大きいに決まっている。
一方まだ入り口の方にいたアクセル呼びに行っているマリー。彼女としても今回は会心の戦いとなったに相違ないはずだった。明らかに今日は自分がメインの戦闘となったものの、やはり肝心要なのは二人のチームプレイなのだ。
これまでの数限りない経験通り。
……そして後は敵の状態確認となる。もっともさすがにこの惨憺たる状況では少なくともこれ以上の戦闘続行できないのはまず確実。それくらい衝撃は凄まじかったはずである。前評判の割にやけにあっけなかった気もするが、相手は相手で大きな油断していた、ということなのだろう。すなわち自らの鎧への過信と、敵が女二人だったという事実に。
特に、相手が自分を見て少女如きがと高をくくるのは、もう飽きるくらい見てきた光景なのだから。
(フン、甘く見られたものね……)
むろんそうだとすれば、むしろそれを最大限に有効活用しようとするのがこのミコナ、という少女でもある。そしてそこにオーバー・ブレイクの力加われば、相当密かなアドバンテージ得られるのは必定。ただでさえ強敵揃いのブレイカー戦では、それは間違いなくかけがえのないものだった。
――特に、今日のような戦いでは。
勝利の凱歌も、また格別な響きとなるというもの。
従ってようやく得がたい満足感も自覚され、おのずと表情も緩みだし、
(――もう大丈夫、か)
周囲にあれほど漂っていた塵埃も、大分おさまってきた中。
……しかしそれゆえだろうか、そんな彼女がふと一瞬、その時僅かにして大きすぎる隙作ってしまっていたのも、また否定しようのない厳然たる事実だったのである。




