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52.追憶(3) ①

 まるでそこは、遥か冥府へと続いているような暗く長い廊下だった。

 まだ日没までには時間があるというのに、見渡す限り前も後もどこまでも薄暗い。むろんマリーもこのこと事前に予期してランタン携えては来たものの、その程度では心もとないくらいの不気味さなのだ。

 何より日中ですらこんな有り様なのだから、これが夜を迎えたとしたら一体どうなるというのか……。


 「……本当薄気味悪い」


 かくて今は上下衣も筒袴も灰一色で固めた、凄腕のブレイカーとして勇名馳せる彼女も、あまりの怪しげな光景前に先ほどから心持ち声小さくさせている。


 「明かりぐらい付ければいいのに」


 ――つと合わせたようにそのすぐ背後から聞こえる、ミコナの訝しげな呟きも供として。


 「……」


 とはいえこんな一見腕利きとは思えぬ一行の中、むしろ本当に不安で震えているのは結局アクセルただ一人のはずである。むろん生来の慎重にして臆病な性格がそのようにさせる一つの遠因ではあるが、何より傭兵でも何でもない一般人の少年、敵ブレイカーのアジトに侵入すること自体が通常なら絶対にありえない。ましてやマリーたちの目的はその相手を狩ること、すなわち待ち構えているのは異能者同士の戦いなのだ。

 この二年の間何回かあったことゆえ大分前よりは慣れてきたものの、しかしいまだ恐怖を覚えるに値する恐るべき行為なのは、まず間違いないといえるのだった。


 そう、本来ならば、とても自分ごときが参加するものではあるまい――。


 「アクセル、大丈夫? ビビッてない?」


 すると、そんな怯えの気配察したものか、前方からマリーが振り返りもせずに問いかけてきた。

 やや低めの、しかし艶やかさも兼ね備えた声。

 敵の根城真っただ中という状況にも関わらず、少年とは違い恐れめいた響きのまったく窺われない。

 

 だが対して列の最後尾にいる、青麻の上衣と赤い筒袴身に着けた彼には、まるでどこかに潜む何者かを恐れるように、声音小さく答えるのがやっとなのだった。


 「あ、大丈夫です。……今のところ何とか」

 「あら、何よそれ。まるでもう駄目みたいな言い方」

 「え、そうですか?」

 「そうよ。ていうか自分でそれに気づかない時点で、むしろ状況は相当深刻ね」


 一方マリーの少年からかう声は相変わらずまったく深刻ぶらない口ぶりだ。それもそのはず、この一行率いるのはついこの前も一人のブレイカー倒したばかりの卓越した使い手。幾度となく危険な目潜り抜けてきた彼女が今さらこんな所で怯んだりするはずはないのだろう。

 もちろんマリーはマリーで、そんな唯一普通の少年に過ぎないアクセルをそれなりに気遣っているようではあったのだが。


 「何、私たちといればそんな心配は――」

 「とにかく早くしないと日が暮れる。急がないと」


 ……と、そんな風に取り留めのないやり取りする二人だったが、そこでふいに真ん中にいた、マリーに似た灰色ローブ纏う、ただし背中に大きな袋担いだミコナが口を挟んできた。感情表現豊かな相棒とはまるで異なる、それはあくまで普段からあまり真意見せぬ冷たげな声音。外見からするとほとんどアクセルと変わらない年齢のはずだが、それにしては常に醒めたような見方する、ミコナとはそんな何とも一風変わった少女である。


 「特に相手はこれまでとはレベルの違うブレイカーなんだから」

 「……これは貴重なご指摘どうも。でもだからこそアクセルを元気づけたいと思っただけよ。OK?」

 「……そう」


 そもそもそんな強敵討伐に自分を連れていく時点でどうなのか、アクセルはそうも思うのだが、何やらリーダーたるマリーには他に思う所があるらしい。それゆえ最近彼女たちの仕事の際には、必ず彼も同行させるのが常となっているのだった。

 むろん、もう少年がかけがいのない仲間であると如実に示す、そんな意味もこめて。

 

 「でもまあ、確かにあんたの言う通りね。さあ、無駄話はこれで終わり。先を急ぐわよ!」


 かくて暗き城の回廊に若い女の声が余韻引き連れ通り過ぎて行くや、不届きなる三人の侵入者はさらに速度速め、ただし慎重を期しつつ靴音響かせていく……。



 そもそもここへと来たきっかけは、マリーたちと旧知の知り合いでもある情報屋の話だった。

 トロックと名乗るその男は各地経巡りながら丹念に自分のネットワーク築き上げてきた人物で、特にブレイカー関連の話には異様に強いものがある。よって対ブレイカーを専門とするマリー&ミコナにとっては相性抜群、彼女たちも度々彼から貴重な情報提供受けている。トロックの方でもこの釣り合い取れぬ二人組はもうお得意様と認識しているようで、一か月前<邪眼>なる奇妙な大眼鏡(ゴーグル)着けた男倒したばかりの彼女たちへ、さっそく取って置きだとあるブレイカーの話してきたのだ。

 それは南の沼地の中にひっそりと立つ、ある廃城に住まう者。

 名はザカリエ。<死鎧>なる恐るべき武器使うブレイカー……。


 特にその男が近隣から住民さらってきては夜な夜な奇妙な実験繰り返していると知ったマリーは俄然やる気となり、渋るミコナと怯えるアクセルを一喝、三人はこうして数日それなりに準備した後、いよいよ勇壮に不気味な城へ忍びこんだというわけである。

 加えて彼女が自ら設定した時間は今日一日。すなわち明日にはブレイカーを一人片づけていなければならない計算。

 これはいかに二人が腕利きだとはいえかなり厳しい計画で、それゆえ件の男の待ち構える場所へと向かう足取りも、自然勢いをいや増していくというもの。畢竟(ひっきょう)、妨害がなにひとつなかったこともあり、その部屋へとたどり着いたのは比較的すぐ。


 「……着いた」


 ――そうして城内さまよって半刻、今や三人の前には巨大な両開きの扉が威圧的に聳え立っている。

 黒檀か何なのか、とにかく黒くて重厚な作りの大扉が……。


 「さあて、誰が待ち構えているやら――」


 かくしていよいよ訪れた強敵との邂逅(かいこう)前に、マリーは不敵にも笑みまで零すや、刹那後何ら逡巡なく、あっさり把手(とって)の方へとその手が伸ばされていった――。


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