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51.背く者たち ③

 「な、何だ君はいきなり! 戦争を止めに来た、だと? まさかゴルディアス側に密告でもするつもりなのか!」


 その言葉は、当然一同に波紋、いやそれどころか嵐をまき起こした。中でも顔を真っ赤にさせて激怒したのは右側の席に座っていた太鼓腹の男で、その額には青筋くっきり浮かび上がっていたほどである。


 「そ、そうだ、我らの邪魔をしに来たということか?!」

 「修道士の分際で!」

 「いくら子供でも、言って良いことと悪いことがあるのよ?」


 そしてその怒声を皮切りに、次々と惑乱した声上がり、場は突如として混沌の極み呈していく。少年に勢い詰め寄らんとする者もあり、すかさずハウドが右手振り上げ一同一喝しなければ、それはずっと終わりなく続きそうな勢いなのであった。


 「待て! 取り乱すな! 彼はまだちゃんと真意を話してはいない」


 ――むろん、そう言ったハウドも瞳が映すのは険しい色に他ならない。

 そう、今まさに反乱へ決起するかという極めて大事な時に、あろうことか突然よく知らぬ修道士がやって来て制止する、という暴挙に出たのだ。よってアクセルが次に何を答えるか次第では、彼の忍耐も持ちこたえられぬ可能性さえあるのは論を待たなかった。

 それくらい、部屋の面々はこれまでずっと緊迫感に包まれていたのだから。


 気持ち声音に鋭さを乗せて、そしてハウドが問いを重ねた。


 「――さあ、アクセル君。しっかり話してもらおう。戦を止める、そんな君の目的を達成するため一体何をするつもりなのかを」

 「か、かなり誤解しているようですが……」

 「ん? 誤解?」

 「僕は何か特別な方法があってここに来たわけではありません。ただ、話し合いによって皆さんを止めたくて」


 しかし、その焦眉の少年のやや間を置いての返答は、これまでの切羽詰まった感からは想像できぬ、まこと拍子抜けするものとなる。しかも妙に申し訳なさそうに言ってきたので、ハウドですら瞬間呆気に取られてしまったくらいだ。

 ……何より太鼓腹含め、相手が何を持ち出してくるか、戦々恐々としていたメンバー多かった以上は。


 「話し合い、か。これはなかなか大した……」


 そうして仲間が壮大な肩透かしに途端勢い削がれてゆく中、それでもやはり一人平常心保っていたのはハウドだけだったのである。



 「悪いがそれは時間の無駄だ。意味などまるでない」


 はたして大きく一つ息を吐くと、武器屋の男はすぐさま限りなく冷徹な表情でそう宣っていた。むろんアクセルが対して唖然とするのも予想通りだったのだろう、彼が驚き示したところで、その顔つきが変わることは一切ない。

 むしろ目の輝きは怜悧さをいや増し、少年見つめる視線は冷たく燃える炎のごとくへ化したほど。そしてそれを見たアクセルがおのずうろたえたのも、状況から見ればしごく当然のことなのだった。


 「意味が、ない……」

 「そうだ。どんな手段をもってしても、我々を翻意させることはもはや不可能」

 「で、でも……」


 だがそれでも、少年はすぐに引き下がるわけにはとてもいかない。昨日のロイスとのやり取り以来自分の意がまるで通らぬ事態ばかり続いているような気もしたが、しかしだからと言って何もかも諦める気持ちには到底なれなかったのだ。

 特に今は、多くの人々の命が掛かっている以上……。


 「勝てるのですか? あの、ジグラト軍相手に」


 もちろん自然声音は震えていたが。


 「ふ、その調子だと、まるで我々が負けると見越しているようだな」

 「いえ、そんなつもりは……」

 「無理もない。相手は万を超す大軍。僅かな同志たちだけで結成されたこの集団が連中に勝つと思うこと自体、本来かなり困難だろう」

 「! だ、だったら――」

 「だが」


 しかし無情にも、あくまでハウドはハウドで冷厳さ崩すことがない。

 彼はまっすぐこの不思議な闖入者(ちんにゅうしゃ)見つめながら、対照的にただ落ち着いて静かなまでに先を続けて行くだけだった。


 「今立ち上がらねば、今後一切好機などなくなってしまう。何より僅かでも勝機がある以上、もう引き下がることなどできぬのだ」

 「僅かって、そんな」

 「君は恐らく直接は知るまいが」


 ……そして気持ち声を落とすと、その言葉は遠く過去の話へと化していく。


 「ゴルディアスがジグラト・シティを乗っ取った十年前の話だ。奴はまず領主一族ことごとく捕えると、すぐさま恐るべき粛清始めた。そう、一族のほとんどはそれで帰らぬ者となり、奇跡的に生き残ったのは数えるほど……。しかも次いで新領主に従わぬ者は職業問わず標的とされ、ついには町を飲みこむ大虐殺引き起こすまでとなる。すなわちそれで5000を超す人間が一時に殺されてしまったのだ。そしてそれからの一年は、シティの歴史でも類を見ない恐怖政治の時代だった。誰も何も言えず、何もゴルディアスに反する行動できない。ただひっそりと日々怯えて生きていくだけ。……毎日のように知り合いの誰かが宮殿へ連行されて行き、そしてもはや帰ってこない中。

 ――今でこそこの町は表面上平穏な顔見せているが、しかしその裏にある本当の地獄と見まごう姿は、あれを経験した者なら皆よく知っていること。何より血で染まった簒奪劇は、忘れたくても忘れようがないのだから。

 そしてあの男はいずれ必ず獣の本性顕わす。そうなる前に我らで撃ち滅ぼすしか、正しき道はない」

 

 そこまで一息で言い切ると、きっと強い眼差しが少年を逃すことなく捉えた。逃げ場無きその力強さにアクセルはただゴクリと唾を飲みこむことしかできない。ほとんど自分の敗北をそれによって認めたも同然で、もちろん反論などもってのほか。

 そうして場に流れたのは、少年へ注がれる八対の視線の中、異様なまでにひりついた静寂なのだった。


 「――分かってくれたようだな」


 やがて男が静かに言った。不思議と穏やかな表情だった。


 「この場において、君にできることはもう何もない。戦を止めたい、その尊い気持ちはむろん充分理解に価するが」

 「……」

 「とはいえこの計画を知ってしまった以上、今すぐ帰す、という訳にもいかないだろう」

 「え?」


 と、だが一瞬、その面が陰りを帯びる。

 アクセルの心を不穏に波立たせるには十分すぎるほどに。


 「――やはり、用心に越したことはないからな」


 はたしてハウドが奇妙に平静な声音で告げた、次の瞬間――。


 「悪いね、少しばかり眠ってもらうよ」

 「!」

 

 突如としてアクセルの背後に音もなくスッと立った人影。

 そして赤髪の彼女が実にすみやかかつ的確な動作で彼の口へ白布いきなり押し当ててくるや――


 「な……」


 抵抗する術一つもなく、安息感すら誘う甘い香りとともに、瞬く間に少年は自分の意識が闇へと包まれて行くのを感じたのだった。


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