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45.避難所 ③

 苦しみがこうまで長く続くと、人というのは諦め、あるいは悟りの境地へ至るのかもしれない。それくらい、ベッドの上で瞑目(めいもく)するロイスは弱々しくも穏やかな感漂わせていた。


 そこは白布の向こう、小さなベッドが一台きり置かれただけの、狭いスペース――。

 むろん、今はアクセルが枕元にじっと(たたず)んでいる。不安で張り裂けそうになる気持ちを決して面に出さぬよう、必死に我慢しながら。

 何よりこれから始まるのはあまりに大事な、二人だけの話の時間。そんな中院長に余計な負担をかけるなど、許されるはずもなかった。


 そうして少年は静かに、ロイスが口を開くのを待っていたのだ。

 彼に話したいことがあるという恩人の、命削らんがごとき言葉を。

 これからどれだけこういった機会が作れるのか、全く予想もできない中……。


 「アクセル、か」


 そしてややあって、ゆっくりと眼を開けた銀髪のサミュエル会院長は、青い瞳の少年を穏やかなまま、しかしどこか痛々しげに見上げたのである。



 「何やら色々話し合っていたようだな」

 「はい。……少しうるさかったですか?」

 「いや、あまりに静かすぎるのも嫌なものだ。特にここは周りにまったく人がいないゆえ――」


 はたして発されたのは日々白さを増しゆく顔色とは比例しない、いまだしっかりとした口調。彼の類まれなる精神力の賜物(たまもの)ではあろうが、それにしても今は喋るだけでエネルギー相当使うに違いない。気持ち語尾がかすれ気味なのも、現状ではまこと詮無(せんな)きという他ないものだった。


 「確かに、人通りはまったくありませんから。まだ真昼間だというのに」

 「……自分をまだ責めているのか?」


 むろんアクセルはそんな相手の様子をなるたけ気づかぬ風で答えたのだが、対してロイスはふいに笑みまで浮かべからかうような口調となる。まさしくそれは先ほどのリオースとのやり取りにもあったように、彼にとってまこと痛い点。知らずまたもわかりやすいくらいしょげ返る少年であった。


 「……責めないといえば噓になります。特に院長にもこんな所へ来させてしまって」

 「何、この洞穴もあそこと大した差などない。むしろのびのびできるくらいだ。……夜の寒さは大分こたえるが」

 「本当、すいません……」


 かくて相当落ち込み頭まで下げ出すアクセルを見ると、ロイスの優しい笑みはさらに大きくなった。


 「フフ、そうやってまた自分で全部背負いこもうとするのだな? リオースから聞いたぞ、お前が勝手に一人でゴルディアスの元へブレイカー連れて行ったと」

 「あ、いや、あれは……」

 「一言相談でもしてくれれば、それがあいつの最近よく零す小言だ」


 もちろんアクセルとしてもあの侵入騒動がロイスの耳に入らないはずがないと予想はしていたのだが、しかしこうも直接尋ねられるとさすがに返答に困る。いったんシティから離れる際は自分がちょっとしたもめ事に巻き込まれたとしか伝えていなかったものの、どうやらその後リオースからしっかりと注進があったらしい。確かにいつまでも隠すわけにはいかず、この時ばかりは先輩の小言がかえってやけにありがたくすら感じられた。


 「――みんなを巻きこみたくなかった、と言ってこんな状況招いたなら、何も言い訳になりませんね」


 そしてそんな情けなさ全開の言葉には、小さくうなずくロイス。


 「ウム、分かれば良い。何より仲間を信じる、それは同時に相手から信じられるということでもあるのだから」

 「ガルドさんからも同じことを言われました」

 「むしろ危急の時こそ、頼るべきは仲間……まあ、お前にとってもこれが良い教訓となっただろう」


 柔和な面、そのままに。



 ――だが、次いで一つ小さく息を吐くと、ふいにその表情が改まったものとなった。

 その変化にアクセルは敏感に気づき、こちらも気持ち背筋伸ばす。そう、彼が、これから自分をここへ呼んだ本当の用件をいよいよ切り出すつもりだとはっきり確信したのだ。

 しかも、何となくその内容が(ほの)見えていた上は……。


 そんな相手の様相をどう見たものか、ロイスはただひたすら真摯な目で愛弟子たる少年見つめ、そうしてようやく、ゆっくりと口を開いていく。一言一言、とても大切に、慎重に届けんとして。


 「さあ、ではここからが本題となるが、その顔だと、私の言わんとしていることは大体予想がついていたようだな」

 「……」

 「いや、むしろ毎日診てくれていたお前たちの方こそすでに分かっていた、というべきか」

 そしてふいに疲れたのか、瞳の色次第に陰らせるロイス。


 はたしてその憔悴した様子のまま、次いで放たれた言葉は――


 「――もはやこの命もそんなに長くはない、ということを。そうだな、アクセル?」


 ……その時、白布の向こうでは帰ってきたガルドとリルカ、また時々リオースが話す騒がしい音がいつものごとく響いていたのだが、しかしまるでそれを遠い別世界のことのように感じながら、瞬間立ち尽くし、観念したように目をつぶる――すなわち、それこそが院長に対するアクセルの答えなのだった。

 そう、それは決して避けることできぬ、非情なまでの真実。王であろうと、貧民であろうと、どこにも逃げる場所無き必然にして、何より平等なる定め。


 ただ、それが早いか遅いか、訪れる速度が違うというだけの。



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