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44.避難所 ②

 「ハハ、そうか、リオースが切れたか」


 それから十数分の後、食卓を囲む五人のうち、ガルドが椀を手にしながら大きな笑い声洩らしていた。木製の椀の中には塩で味付けした、質素ながら野菜たっぷりのスープ。もちろんアクセルとリルカによる力作である。


 「何だガルド、その言い方は。まるで私がおかしいみたいじゃないか」

 「いや、そんなことはない。お前の怒りはしごく真っ当なものだ。いくら申し訳ないとはいえ、アクセルもあんなことを言うものではないな」

 「す、すいません……」


 かくてまるで慈父が教え諭すような言い方だが、アクセルとしては肩を狭めて聴き入るしかない。多少言葉が過ぎたとはいえ、確かに言ってはならない一言だと今さらながら実感湧いてきたのだ。

 特にこんな、皆神経張り詰めながら力合わせている状況では。


 「我々は仲間。苦しい時こそ互いに手を差し伸べる……まあお前なら、今さら教えることでもないとは思うが」

 「はい、それは……」

 「それに、いずれにせよ戦争が起こるのは避けられなかっただろう。そうなれば、非戦主義掲げた我らがシティを去るのは必然。結局、遅かれ早かれ状況は同じだったはずだ」


 そこまで言われると、アクセルにはもはやぐうの音も出ない。先程の感情とはまた趣の異なる、失礼なことを言ってしまったという別種の申し訳なさが頭もたげてくる……。


 「ではリオース、これでこの件はもういいな」

 「あ、ああ。もちろん」

 「よし、それでは」


 そしてそんなたちまちしゅんと沈んでしまった少年尻目に隣の同僚へ一声かけ、相手のやや慌てたような返事聞くや、ガルドは改まってコホンと一つ咳払いしたのだった。


 「次は俺たちの情報収集についてだが」



 「そ、そうだ、戦の結果。あれはどうなった?」


 ふいに閑話休題と声のトーン変えたガルドに、当然リオースは俄然表情引き締める。むろん椀の中からはいまだスープが景気よく湯気立てていたが、それもいったん床上へと置かれた。

 どうやら大男はこれから、午前中リンツとともに行ってきたジグラト・シティにおける情報集めの結果を報告するようなのだ。もちろんガルドはガルドで真剣そのものの顔でありながら、しかし同時に、逸る相手をいなすよう小さく笑み浮かべつつ……。


 「おい、そう急かすな。順々に話すから……。まず、シティは今戒厳令が敷かれている。市民は好きに出歩くこともできず、今まで以上に猟兵隊の天下というべきか。俺たちも商人に化けたものの、少し街を歩くだけで相当難儀したよ」

 「戒厳令だって? 何でそんなものを」

 「どうやら数日後には、途轍もなくデカい一大儀式が開かれるらしいからな。その邪魔をさせないためなんだろう」

 「儀式……」


 ガルドの言に、ポツリと呟くリオース。むろん彼の言った内容にあからさまな訝しさ抱いたのは間違いないが、しかし他が気がかりなこともありその点へ何か質問することは特になく、対して大男も構わず先を続けていた。


 「そして何より焦眉の戦のことだが。うむ、二日前のベルレクの野での決戦は、ジグラト軍の文字通り圧勝ってやつだ。いや、軍というより、あれは完全に<箱舟>の力なんだが」

 「……」

 「起こったのは文字通りの一方的虐殺さ。ただ無力な人間たちを焼き殺すだけの――。結局シェムトもミスリタもあの空飛ぶオーバー・ブレイクの前には何ら抵抗する術なく、あっさりその場で壊滅している。何せガナンとアメルダは無事だったとはいえ、主力の部隊が一気に無くなったわけだ、戦など、もはや続ける意味すらなくなっちまった」

 「ではその後は」


 ゴクリ、迫真の言葉にはっきりと唾飲みこみ訊ねるリオース。いや、彼だけでなくリルカ含む洞内の面々が今や異常に張り詰めた表情していた。


 「……一挙にジグラト軍が両都へ侵攻、ものの見事にあっけなく占領した。そしてその後ゴルディアス自らが捕虜とした二市の幹部集め、戦後裁定を開くこととなる。そして決まったのが、以後シェムトにはキリク、ミスリタにはエドアルト両者を支配者として置くことだ。当然彼らはゴルディアスにどこまでも従う連中。つまり戦の結果出来上がったのは――」


 一拍、そこでじっと間を置くガルド。さすが元傭兵だけあって軍事の話に少しも淀みなく、何より彼自身あくまで冷静な雰囲気。

 当然皆は固唾を飲んでその続きを待ち、そして空気がいよいよ緊迫感を増していく中――


 「まごうかたなき奴の王国、そしてゴルディアスはまさしくその真の王、となったというわけだ」


 その一言が、重々しくも静かに発されたのだった。


                 ◇


 「じゃあ行くか、リルカ」

 「うん!」

 「リオース、後を頼むぞ。アクセルの方はこれから院長と話だな」

 「……ああ」

 「はい」


 ――それから、しばしの後。


 かくて食卓囲んでの情報会議が終わり、面々は特に意見もなく深刻な顔しながらそれぞれ解散していった。次いでまず近くの泉へ椀と鍋等を洗いに行こうとしたガルドはリルカがどうしてもついて行くと言い張ったため苦笑しつつも結局それを許し、リオースの方は今得た知識を整理しようと洞内の隅でじっくり黙考し始め……。


 そしてアクセルはアクセルでガルドの言の通り洞窟の奥へ向かおうとした、その時。


 「あの、アクセルさん、ちょっといい?」

 背後から、突然リンツが声を掛けてきた。

 

 「あれ、リンツ?」


 当然赤髪の修道士が振り返ると、そこには妙に神妙な顔した少年が立っている。何か気がかりなことでもあるのか、いつもの明るく弾けるような笑顔もなく、ぱっと見だけでもかなり違った様子である。

 そういえば最近、そうアクセルがクロニカたちと宮殿へ行く前あたりからずっとどことなく元気ない感じでもあり、アクセルの問いかける声が自然気遣わしげとなっていたのも、彼の性格上何らおかしなことではなかった。


 「どうしたの、僕に用事?」

 「え、ええ。ちょっと……」

 「?」


 だがリンツの方はどうにもまごまごしたような態度。どうやらそんな気の通ったアクセル相手でも、かなり言いにくいことがあるらしい。

 それゆえ修道士は怪訝に思いつつ、それでもすぐさま安心させる笑み浮かべ優しく発言促したのだった。


 「何? 相談事があるのかな、いつでも聞くから安心して。もちろん今日でも。……あ、でもこれからロイス院長と会わないといけないから、その後でもいいかい?」

 「あ、うん。それでお願いしますっ」


 対して少年はふいに声を大きくさせて急ぎ返事する。

 瞬間緊張も少し緩んだ顔となり、それはむしろ難題前に少し間を置くことができてホッとしたような素振り――それゆえアクセルの方はかえってもう少し訊ねたい気持ちとなってしまったのだが、しかしリンツはあっさりアクセルへお辞儀すると、最後に一言だけ発しタタタ、と向こうへ立ち去って行ったのだった。


 「じゃあ後でね。約束だよ、アクセルさん!」


 ――唖然とした表情の年若き修道士を、白布の前一人残して。


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