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43.避難所 ①

              【 23日目 】


 巨大な鍋から次々立ち昇る湯気を見て、リルカがはしゃいだような歓声を上げた。


 「わあ、すごい。もうこんなに熱くなった!」


 すると隣で木の杓子(しゃくし)片手に具材の煮え具合を確認していた人影が、慌てて幼い少女を制止する。


 「あ、ダメ! 火傷するからそんなに近づかないで……」

 「大丈夫だよ、修道院の厨房とおんなじ!」

 「そうだけど、ここはあくまで仮の」

 「私も手伝うって約束したんだからっ」


 そうして壁際に急ごしらえで作られた(かまど)の上、じいっとぐつぐつ音立てだした鍋見つめる視線は、真剣そのもの。相手の心配げな表情など、いっこう気にしていない。


 「ああ、早くできないかな?」


 自然、溢れる期待感で声まで弾んでいる――。


 (フウ……)


 いっぽう、リルカがちゃんと火から距離を置いているのに安堵しつつ、そんなおてんば少女の何とも勇ましい様子にさっきからずっとハラハラしどおしなのはアクセルである。まだ手も小さく、力も弱い女の子――本来なら、むろんここまでやらせるべきではないのだろう。


 とはいえこの非常時、実際彼の傍で甲斐甲斐しく働く彼女がかなりの役に立っていることもまた少なからぬ事実で、そのまだ危なっかしい手つきで野菜を切るなど、リルカはまさにここで八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍見せていたのだ。


 何より、この修道院開設以来の緊急事態において、見事なまでの戦力となっているほどに。


 「……まあ、本当助かっているけど」


 それゆえ赤髪の修道士が、思わずそう溜息混じりに零してしまったのも無理はないのだった。



 ……むろん、以上二人の繰り広げるそんな朗らかなやり取りにも関わらず、ここはいつものあの平和なサミュエル修道院ではない。実際はまるで異なる、そう、あのオンボロ小屋が贅沢に感じられるクラスの新しい住まい――ただしあくまで一時的な――に他ならなかった。

 しかもこれでおよそ二週間以上、サミュエル会の面々は自然の作った穴倉で密やかな生活送っているのだ。

 いくら表面上穏やかとはいえ、修道士三人はまだしも、幼い兄妹と、――そして特に病床のロイス院長にとってかなり厳しい期間となっているのは、わざわざ論を待つまでもないことだった。


 何とか、それでも皆で快適に過ごす良いアイデアを出し合いながらも。


                  ◇


 ――ジグラト・シティから西へ街道を行ったあたり、ただしその街道から北へやや外れた場所に位置する大岩の下部開かれた洞穴。それが、宮殿でのブレイカー騒動後大事を取ってアクセルたちが仮住まいと定めた場である。赤茶けた荒野のただ中にあって意外や間口はそこそこ広く、また奥行きも十分だったものの、むろんごつごつした地面といい吹きこむ風や埃といい(つい)棲家(すみか)とするにはあまりに無理があるのは言うまでもない。

 当然、家具や調度の類もまるで用意はなかった。

 もっともそんな有り様でもシティから慌てて逃げ出してきた六人にとって安息地に思えたのは事実で、彼らは以前ガルドが偶然見つけていたこの(かく)()最適地へ辿り着くや、ようやくにしてホッと一息つくこと適ったのだ。

 結局、それくらい尋常ならざる緊張感が続いていた、ということでもあるのだが……。


 内部はさっそく住居に使えるよう改造が始められ、まず一番奥にロイス用の簡易なベッド、そしてその前に掛けられた白布の覆い、と順々に整備なされていく。白布を挟んで置かれたのは修道士たちと兄妹用の草を敷いて作った五つの寝床だった。そして洞穴入口には風よけ兼カモフラージュに使えるこれまた布、ただし茶色の覆い、となり、これで一応の完成を見ることとなる。

 それなりに立派なものが出来上がったとはいえ、むろん夜の寒さをしのぐにはいささか心もとなく、何よりこと防備面でいえばかなり手薄なのは明らか過ぎるくらいに明らかなのだった。


 しかも、このあまりに危険極まる現状の上では……。


                  ◇


 「ふう、これで後少し」

 「ふふ、美味しそう! ……あれ?」


 ――と、そうして二人がとにもかくにも入口近くのかまどで昼食用の調理精一杯奮闘していると、ふと覆いの外側から小さく掛かる声があった。やや神経質で、男性にしては高い声――むろん聴きなれたリオースのものだ。


 「アクセル、入るぞ」


 「あ、どうぞ」


 当然アクセルも軽く返事するや、声の主は躊躇せず覆いめくりすっと中へ入ってくる。彼はその手に護身用兼移動用か、木の杖を持っていた。


 「見回りお疲れ様です」

 「ウム」


 後輩の(ねぎら)いに、小さくうなずいて返すリオース。いつも通りの長衣姿だが、しばらく外にいたためかいささか埃っぽい。その服をパンパン両手ではたきながら、彼はアクセルへ向かって口を開いた。


 「今のところ敵の影はない。シティから追手がくる兆しも」

 「そうですか……」

 「やはり、今は戦の真っただ中で、我々どころではないのだろうな」


 そう宣う表情はどこか疲れ気味である。むろんただでさえ緊迫感抜けぬ毎日の中、寝床は慣れるはずもない岩床敷きの草布団。これでは元気を出せという方が無理かもしれないが……。


 「もちろん、決して油断はできないが」


 それゆえそんな言葉の端々にも、こういった日々への疲労感が隠しようもなく漂っていたといえよう。


 「……すいません。こんなことになって」

 「ん? 何だ、どうして謝る?」

 「だって、僕がゴルディアス様に追われる身となってしまったから、みんなも大変な目に……」


 ――すると突然アクセルが杓子持ったまま申し訳なさそうな顔となったので、リオースはかえって怪訝な顔となってしまった。


 「これなら、僕だけで逃げればよかったのかも――」

 「な……」


 おまけに少年がそう続けると、もはや開いた口が塞がらない状態。それくらい、彼にとってはあまりに虚を衝かれた発言だったのである。


 「どうしたの、リオースさん?」


 ……結局リオースがそうしてしばし固まってしまったため、代わってリルカが首を傾げ不思議そうに訊ねてくるまで、この微妙な沈黙は続いたのだから。


 そして、その数瞬後――。


 「いったいどういうつもりなんだ、アクセル!」

 「え?」

 「私たちを何だと思っているんだ!」


 突然先輩が落とした雷は、思わずアクセルの目を点にさせたのである。


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