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42.戦乱 ④

 コルドバははや西の方へ傾き始めた太陽を見上げ、一人ぼそりと呟いた。


 「……えらく静かだな」


 ――そこは三分の一刻前まで激しい戦闘が行われていた、ベルレクの野のただ中。赤茶けた景色の中すでにおびただしい数を出した負傷者の回収は終わり、後は戦の跡たる剣盾などの残骸と、……そして激しく損傷した死骸だけが残されている。


 誰も顧みず、ただ打ち捨てられたかつての同僚たち。


 一見すると気温に釣り合わずうすら寒いほどの情景だが、ただしコルドバはそのことに関しては大して秀でた感慨を持っていない。これまでも飽きるほど見て来たし、さらにこれからもごく普通に遭遇することとなる、彼にとっては何の変哲もない眺めなのだ。

 激戦の証か、死者の数は確かに多い気がしたが。


 ――だがそんなことより、傭兵隊長にはよほど気にかけるべきことがあった。


 それは、この戦場を覆う空気そのもの。


 あまりにも静かで、そして同時に異様なほど張り詰めている。


 たとえるなら、それは嵐の前の静けさ。


 むろん今さっきまでまさに戦闘行なわれていた場所である。今は両軍引き上げ虚ろの状態とはいえ、その残滓(ざんし)がいくらでも残っているのは言うまでもない。そう、目を一瞬でも閉じれば、すぐさまそこに襲いかかる兵士や暴れる馬の姿がはっきりと浮かぶほど……。


 だが、それとは明らかに別種のものも、この経験豊富な古傭兵は漂う空気の中敏感に嗅ぎつけていたのだ。


 ただ、それをどう正確に表現したらいいのか皆目見当もつかないというのが、どうにももどかしい。


 それくらい、彼でも理解できぬ奇妙きわまる感覚だったのだから。


 (まったく、俺らしくもない。こんな変な虫の知らせが気になるなんて……)


 ――それゆえだろう、その時背後から自身の部下が大きな声を掛けてきても、一人黙想中の彼はすばやく反応返すことできなかったのである。


 「隊長、アメルダ様がお呼びです。すぐ陣営の方へ」

 「……」

 「隊長?」

 「!」


 いきなりの声にハッとしたコルドバは、慌てて振り返る。


 「お、おう。――そうか、分かった」

 「作戦会議を開くそうです。お急ぎください」


 怪訝な顔は一瞬のことでそのままくるりとあっさり陣地へ戻ろうとする部下。その様子からすると、同じ傭兵でも彼には、このあからさまなまでに得体の知れない雰囲気は全く感じ取れないのだろうか。


 その背中は、いかにも通常で普段の態。

 戦場におけるいつもの姿のように。


 ――段々と自らも平常モード取り戻していく意識の中、そしてその何でもない姿をじっと見つめるや、


 (……フ、そうだな。馬鹿らしい。悪い予感にこうまで支配されるなど)


 ようやくにしてコルドバは、苦笑混じりに首を振った。


 そう、基本現実主義者の彼には、こんな余計なことに長々かかずらわっている時間などほぼ無きに等しい。むしろ早く、眼前の戦に臨む姿勢取り戻すのが先決。

 

 そもそも、此度の戦いはまだ始まったばかり……。


 (作戦、か。また長くなりそうだ)


 そうして横からの陽光に目を細めながら、気持ち立て直した男は表情引き締まったものへ改め、ようやくのっそり素直に、アメルダの元目指す部下追いかけ歩き出したのだった。


                  ◇


 だが、それから間もなくして。


 「ん?」


 潜伏した敵がいないか仲間と砦周辺を哨戒(しょうかい)中だったそのシェムト兵の一人は、陣地からやや離れた所で何とはなしにふと上空見上げた時、刹那驚愕に目を見開いていた。


 東の空。平原の向こう。


 そこにはだんだん近づいてくる、重たげな轟音。


 何よりその、天空に位置を占める圧倒的に巨大な姿。


 「お、おい、あれを見ろ!」

 「何だ、どうした?!」

 「東の空だ! あの姿!」


 途端、突如としてざわめきだす兵士一同。

 中には慌てて砦へ駆け戻る者までいる。


 空を見上げた彼らを、一斉にそこまで驚かせたのは……。


 そう、はたしてその瞬間、コルドバの抱いた超感覚めいた予感は、図らずも巨大な物体の形を取ってはっきりと具現化してしまったのである。



 ――一点の曇りもなき天空堂々と駆ける、あの翼持った巨船として。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 【基礎データ】


 識別番号9647552

 全長 30.18メティス

 全幅 43.05メティス

 地上高8.46メティス

 自重 31,816ゾット(キログラム)……


 種別 ギガントタイプ

    Sクラス



 あまりにも巨大な、そは天空に浮かぶ死の使い。


 ――もしくは伝説に(うた)われし、獰猛なる巨鳥ロック。

 そう、彼のものは象すら軽く鷲掴みし、傲慢にも一つの島のごとき大きさ誇ったという……。


 ただし、眼前のそれが持つのは、明らかに全身ことごとく鋼で包まれた躰だったが。


 そのシルエットは鋭角というより、むしろ丸みを帯びた感じといったほうが的確であろう。そして真下から見上げれば、まさに十字型しているのは間違いない。


 すなわち銀腹地上へ見せるまさしく頑丈で巨大きわまる筒の真ん中あたりから、それは左右へそれぞれ翼伸ばしているのだ。決して羽搏(はばた)きも折り畳みもせぬ、重々しいまでに不動な水平の大翼を。またそこには前向きに二つずつ絶えず回転している何らかの物体もついていて、あたかも風を起こす神の道具のよう。何より爆音とともに決してあの前方に無機質な窓ついた巨体が落ちてこない時点で、もはや偉大なる奇跡としか思われぬ印象さえ抱かせる。


 そんな桁違いな規模見せつける巨躯――疑いなく、オーバー・ブレイクの一種――が突然遥か空から来ったとすれば、途端シェムト、ミスリタともに容易にパニック状態へ陥ったのはあまりに当然すぎることだった。

 そもそもその機影がだんだん大きさ増してきただけで、一日中保っていた両都の戦意などもはや影なく喪失していたのである。


 ――そしてそんなバルディヤでも名高きオーバー・ブレイク=<箱舟>の威容がまずシェムトの陣する赤盾城上空へと苦も無く到達した時、――ついにそれは、たちまち破壊と虐殺の悲劇まき起こしたのだった。


 決して避けようのない、阿鼻叫喚、正真正銘の地獄絵図を。


 その威容は、まさに天空に浮かぶ要塞がごとく。


 ……そこからパラパラと次々に落ちてくる、恐るべき焼夷弾の雨の中。


 機体のはるか下では、見境なき轟炎避けひたすら逃げ惑う、おびただしい人々の群れ――。



 すなわち始まったのは、凄惨なる一大殺戮戦、そうとしかたとえようのないものだったのである。

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