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40.戦乱 ②

 かくてシェムトとミスリタ、バルディヤの二大商都が平原挟み互いに睨み合っていた、その同じ頃――。


 「まだ両軍動きはないか」


 ナツメヤシの木が作る木陰の中、西方見つめ一人静かに呟く男がいた。

 赤襟の白い上衣に黒の筒袴。今日はそこに灰色のマント纏い、白髪に鋭い目つきした男――言うまでもなくそれはゴルディアスの側近が一人、キリクである。

 彼は腰に提げた刃無き剣の柄へ手をやったまま、じっと何かが起こるのを待ち構えている。吹き過ぎゆく風が長髪をふわり乱していくのにもいっこう構わず、その様はまさに好機を逸さんと罠を張る猟師そのものだ。


 そんなブレイカーが潜むのはベルレク平原からおよそ東へ10カディス(キロ)ほどの、岩原のなかにある小さなオアシス。泉の周りにはナツメヤシが縁取るように群れを成し、さらにその周囲を申し訳程度に丈の低い緑草が覆っている……。


 そこは戦場から遠く離れているとはいえ、むろん向こうで何かが起これば急ぎ行動起こすには充分可能な待機場所、でもあるのだった。



「何、もうすぐだ。放った間者も間もなく戻って来るはず」


 ……と、一人物思いに沈んでいると、ふとそこで傍らから、若い男の声が聞こえてきた。どこか涼しげで、しかも軽やかな。

 キリクの重々しさと対照的なそれは、もちろんもう一人の側近、同じく木陰に身を潜めていたエドアルトが放ったものである。

 キリクが振り向くと、そのあでやかな同僚は飄々と続けた。


 「両者ともに相当痺れを切らしているだろうからな。戦いたくてうずうずしているのが目に見える」

 「昼前には始まるか」

 「必然的に」


 そしていつも通りの黒服に上からキリク同様灰色の――ただしこちらはやけに凝った金糸の刺繍施された――外套身に着けたエドアルトは、笑みまで浮かべうなずく。よほど予想に自信があるのだろう、その口ぶりには明らかな勝算まで垣間見えた。


 「こうしてのんびりしていられるのも今の内だ。兵士たちにもゆめ油断するなと伝えておけ」


 ――そう、確かにその言の通り、オアシスにいるのはこの二人のブレイカーだけではない。周囲を見渡せば、軽装ながらも実戦に適する装いした兵士が、30人ほどたむろしていたのだ。陽光に映える銀の鎧に、やや反りの入った長剣――彼らがジグラト・シティでも選りすぐりの戦士たちであるのは当然。何よりキリク、エドアルトの命があればすぐさま行動起こせる様子から分かるように。

 すなわちこれから起きるであろう大会戦において、ジグラト勢も何らかの動き示す手筈は十分整っているらしく。


 「何より戦始まり次第、ゴルディアス様へすぐお伝えしなければならないからな」


 ……それゆえ一見緩やかでありながらも、配下たちは皆共通してどこか張り詰めた空気全身に纏い続けていたのだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


 「――お、キリク見ろっ、もう戻ってきたぞ!」


 そして間もなくして、いまだ朝の大気はっきりと残る中張り上げられたのは、西の一角見つめていたエドアルトの、こちらへ近づきつつある人影を認めた瞬間の声だった。


 目を凝らさずとも、それは間違いなく分かる、早馬に跨った鎧姿の兵士。


 それももの凄い勢い如実に示し、後方にもうもうたる土煙巻き上げて――。


 「なるほど。確かに早かったな」


 ――そう、まさしくその時、好機到来の証に普段は厳しい表情崩さぬキリクですら、不敵極まる笑みをその顔にはっきり浮かべていたのである。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


 エドアルトの予想のごとく。


 かくて地をどよもす(とき)の声とともに、戦はついに開始の時告げた。


 きっかけはミスリタ側、黒い鎧でまとめられた集団の突然の動きだった。


 総勢5000ほどの彼ら――コルドバ率いる大傭兵団――がミスリタ正規軍を尻目にすっと前へ飛び出すや、まるでシェムト軍をあざ笑うかのように砦目指して進軍してきたのだ。

 当然これには砦とその周囲に陣取る相手は分かりやすくも激高、冷静なガナンはそれでもなかなか指示を出そうとしなかったが、結局シェムト軍も我慢しきれず平原へ打って出ることとなる。

 するとそれを見た傭兵隊は陽動は終わったと敵目前にして急に方向転換、突如として自陣への一時的退却始めた――。


 しかしこちらはすぐ引き返すことなどできず、かくておびき出された形のシェムト軍を今こそ(ほふ)らんがため、勢い今度はミスリタ正軍が前進、ついに荒れ果てた原の真ん中で、不倶戴天たる両軍が直接相まみえることとなったのである。


 まず起こったのは弓の撃ち合いからの敵味方歩兵部隊による激突、互いの武器が激しくぶつかり合い、序盤から早くも乱戦の気配見せ始める。戦の精に取りつかれたかのような荒々しい怒号があちこちから聞こえ、その凄まじさは耳をつんざくほど――。


 やがてそうして情勢が互角と判明してくると、続いて両軍が繰り出したのは互いに主力となる騎馬部隊だった。ともに軍の左右翼に重点的に置かれたそれは恐るべき速度ですぐさま戦闘の主役の座もぎ取り、まず眼前の歩兵など難なく圧倒してしまう。当然正面切って次に対峙するのは色の違う鎧――シェムトは赤、ミスリタは緑――着けた相手騎馬兵。

 第二ラウンドたる、総力挙げた騎馬戦の始まりだった。


 はたしてそんな中現出したのはきらめく白刃、轟き渡る地響きの如き馬の蹄、自軍の旗の下くずおれる幾人もの兵士たち――。


 元より戦力に大差がない以上、繰り広げられたのはむろん血で血を洗う修羅場でしかなかった。

 普段のいがみ合いも加わって、憎悪が戦闘をさらに激しくさせていたといえよう。

 まさしく両軍いつ終わるとも知れぬ、限りの見えない大消耗戦……。


 かくて陽が中天を超え大分斜めに差し掛かる頃には、互いの疲弊はもはや目を覆わんばかりの酷さで、自然ともに兵を陣へ引いていたのは当然のことなのであった。


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