36.襲撃 ⑥
――その後起こった出来事は、まさにめくるめくような高速きわまる早業だった。
「悪い、アクセル。計画は変更よ!」
そのまま四阿へとたどり着くや、機体には突如急ブレーキがかかり、車体は横向きにアクセルたちの前でけたたましく停車した。それはほんの1メティスほど手前、当然もうもうたる土煙上がる中、少年らはその真っ赤な巨躯を初めてすぐ間近で目にすることとなる。
「こ、これが……」
もちろんまともにこんな巨大オーバー・ブレイク見ることすら初めてのアクセルは、瞬間今がどんな場面かも忘れて知らずポカンとしてしまったのだが、そんな彼へ休みなく大きな声をかけてきたのは機上の操縦士、クロニカだった。今は見たこともない黒のつなぎ服姿とはいえ、その黒髪に黒い瞳は見間違いようがない。
そして赤銅色の肌の娘は、息つく暇もなくまだどこか夢でも見ているような少年へ、ずいと自らの長い腕伸ばす。
そう、早くこれを掴み取れ、と。
その瞳はいかにも力強く、勇ましいほど。アクセルが何かを感じ取るには、もうそれだけで充分すぎたくらいだろう。
「クロニカさん!」
そうして彼は大きく返事し、それに応えようとする――。
「アクセル!」
と、その瞬間彼を呼び止める声があった。
驚き振り返った少年の眼が捉えたのは、むろん青い髪のベルタ。変わらずあでやかなドレス姿ながら、その表情はあからさまに固い。言うまでもなく、次々と衝撃的なことが起こって彼女もかなりの緊張状態にあるのは確実だった。
ベルタはだが、声を出しただけで決してそれ以上アクセルの方へは近づこうとしない。代わりに、無言でじっと少年見つめる。
クロニカの瞳同様、それは何かを言うよりもよほど雄弁な色していた。
思わずアクセルが真剣な眼で見つめ返したほどに。
そして、それこそが彼女の何より欲しかった答えのようだった。
ふとその美しい顔に元気づけるような笑み浮かばせるや、一つ、大きくうなずいてもみせたのだから……。
「クロニカ、もう行かなくては! 奴らだけじゃない、猟兵隊も続々来たぞ!」
――と、そこで珍しく後席のロビーが慌てたような声を出した。ビクッとしたアクセルがその指差す方、庭の方向見やると、確かに、宮殿のそこかしこから黒服の兵士たちが大挙して駆け寄ってくる。当然皆その手にそれぞれ物騒な武器を持って、まさしく最大級の戦闘状態だった。
「あ、あんなに……!」
むろん、我知らずアクセルの喉からも悲鳴めいた声が洩れるというもの。次いで彼は、怯えた目で自動的にクロニカの方へと視線戻していた。
「大丈夫、私たちを信じて。絶対に助かるから」
対して、力のこもった声音ですぐさま青い瞳に答えるブレイカー。もちろん、その手はまだ少年にしっかりと差し出されたままだった。
「まあ、ちょっと揺れるかもしれないけど」
そう、最後に得意の冗談な感じで付け足しするのも忘れずに――。
かくて数瞬後には、昼下がりの宮殿を突如混乱の渦に叩きこんだ二人組の不届き者は、耳つんざかんばかりの爆音置き土産に壁飛び越え暴風のごとく姿消していた。当然休む暇なくキリクの指揮のもとすぐさま猟兵隊が総出で外に打って出たが、もはや時すでに遅し、彼らはジグラト・シティの大階段派手に駆け下りていく一台の赤い二輪車を遥か後方から認めただけ。
要するに今さら追いかけたところでほとんど意味はなく、完全に手も足も出ない状態――。
そして赤い影がついに猛スピードで町の出口に差し掛かるのをしかと見届けると、何とも言えない緊張した表情見せる一人の兵士が宮殿の中、大庭園へと慌てて報告に戻って行ったのである。
◇
全ての騒動がやっと収まり宮殿もようやく落ち着き取り戻した、その少し後。
いまだ庭の中にいたゴルディアスは、二人の側近を前にしていた。
キリクとエドアルト、むろん双方ともに腕利きのブレイカーである。
ただし今はその二人とも揃って表情には実力と見合った自信溢れるものがまるでない。むしろかなりの無念さがありありと窺われ、やはりそれだけ敵のブレイカーに出し抜かれたショックが大きかったのだろう。
たとえ主君守ることは何とか適ったとしても。
「申し訳ありません。侵入者を見失いました」
そしてまずそう頭をたれ告げたのはキリク。すでに光を失った、今は柄の部分だけのオーバー・ブレイクをいまだ手にしている。
彼は全猟兵隊を指揮する立場にあるらしい。それゆえ警備統括者としての自責の念深いのはその言を待つまでもなくあまりに明らかだった。
「……当然正体も全く不明か」
「はい。ただブレイカーとだけしか」
「ですが、あの女は明らかに宮殿で見かけた者。そこに何か手がかりがあるかもしれません」
そこでエドアルトが赤い瞳光らせキリクに口添えする。ただしさすがに洒脱な彼も、大騒動の後では幾分乱れたいでたちだ。
当然ゴルディアスの鋭い眼はすかさずそんなもう一人の腹心の方を向いていた。
「メイドとして一度雇われた女か……面接の際には色々書類も提出したと言ったな?」
「はい。またその際直接名前なども聞いております」
「クロニカ・メルセド。それが名か」
「恐らくそこに関しては本物かと」
エドアルトが付け足すと、僭主はギロリと瞳の色を一瞬鋭くする。明らかに訝しげな感だ。
「なぜ分かる? むしろ偽名の可能性が高いではないか」
「私もそう思いましたが、ただ、あの女がアクセルを連れ去っていく時、アクセル自身がその名で女を呼んだ、とその際現場にいた秘書のミンガスがはっきり証言しているのです」
その言葉を聞いた途端、ゴルディアスの眉間の皺がふいに深くなった。
「アクセル……そうか、奴が」
「彼も仲間だったのでしょうか、あの二人組の?」
「そうであろうな、一連の流れ、そしてあいつの言動からすれば。しかしまさか敵に通じておったとは。あれだけ目をかけてやったというのに……」
「サミュエル修道院、ですか。急ぎ兵士たちを向かわせましょう」
すると再びキリクが口を開いた。敵の正体の片鱗が分かったためか、多少先程よりは気力が戻ってきた感がある。
そんな彼へと放たれた声は、しかし妙にどうでもいいようなものだった。
「うむ、確かに気がかりではあるが――だが」
当然怪訝な表情見せる剣士。
「? 放っておくのですか?」
「儂にはそれよりも急ぎやらなくてはならぬことがある。あまり今余計な事象に時を取られたくない」
「やらなくてはならぬ……それは?」
「明日、儂は<箱舟>で東の離宮へ向かう」
それはまさしく、有無を言わさぬ決定済みの一言だった。
知らず二人に緊張の糸張らせていたほどに。
「東へ……ですか」
はたしてエドアルトがやや目を大きくさせ改めて訊ねる。ちなみに東の離宮とはここより馬の足で東方へ三日余りの地に位置する、オアシスに建てられた小宮殿のことだ。比較的冷涼で、避暑地としてはなかなかふさわしい。
だがこの剣呑な事態起きた時にそんな所へ突然向かうと言い出したのだ、部下が虚を衝かれたのも必然すぎる反応だった。
「フ、二人とも驚いているようだが、一ついい策を思いついたのでな。つまりは、此度の一件を存分に利用させてもらうという」
「ブレイカーの襲撃を、ですか?」
「そうだ。そうしたことが起きたため、ジグラト・シティの領主はしばらく離宮へ籠もり難を逃れる――当然その間、シティの戦力は激減する、と」
かくてそう言い切るや、満足げな笑みまで浮かべるゴルディアス。寸前の怯えが嘘のような、それは実に強気漲った様相。何より転んでもただでは起きないといわんばかりの――。
「な、なるほど、そうすればひと時空隙が生まれ――」
そしてエドアルトがその深謀に舌を巻いて思わずポツリ呟くと、彼はさも楽しげに、かつ野心隠しもせず意気高々と宣ったのだった。
「重しがなくなった途端、奴らがどんな反応返してくるか楽しみだ。戦の予感もこれでいよいよ高まるというもの――そう、その日はもう近いぞ」




