35.襲撃 ⑤
いったい、その騒音猛々しくまき散らしながら登場した巨躯を、どう正確に表現したらよいものか。
それは、まさしく巨大な鋼鉄の塊だった。しかも赤と黒でやけに派手派手しいなりをした。
全体的に流線型で頑丈そうな細長いそのボディにはまた、縦方向に前後二つ、大きな黒い車輪もついている。黒の無骨な本体を、主に前半分赤い装甲部がおおっているような形状だ。その一番先、盾のようにせり上がった部位にはハンドル様の握り手が存在していることからすれば、間違いなく乗り物の一種なのだろう。そして後輪脇には、銀色のこれまた巨大な筒ががっしと備え付けられ、その後端部からはとめどなく排気される凄まじい量の白煙……。
轟音合わせ、鉄の獣としか喩えようのない、その威容。
それが、宮殿の壁軽々飛び越え庭まで侵入するや、一切スピード緩めることなく、一気にこちらまで突進してきたのだ。
見た途端、さすがのキリクも一瞬恐慌状態に陥ったのはむしろ当然すぎるほどだった。
「クッ、もう一人いたのか!」
そう、まるでおのれの迂闊さを呪うかのごとく我知らず叫びながら。
何よりその瞬間、彼の瞳がしかと捉えていた重装甲二輪車駆る操縦士は――。
「ほら、どいたどいた! 邪魔する奴は吹っ飛ばすよ!」
かくて赤い巨躯にどっしりまたがりながら、爆音所かまわず轟かせ、黒革のつなぎ着たクロニカは恐るべき猛スピードでたちまち白髪のブレイカーの元へ突っこんできたのである。
目の前で繰り広げられる光景に半ば呆然とした主君を守るべく、背後からエドアルトが慌てて身を乗り出した。
「ゴルディアス様、お下がりください!」
いまだその手には奇妙な籠手を着けたままだが、その黒手はいつでも力放てるよう、すでに全体青い光輝を帯びている。
そんな側近の動きは当然ゴルディアスをハッとさせた。
「おお、エドアルト……あれは、あの車は一体何なんだ?」
「正確には分かりかねますが、もちろんオーバー・ブレイクの一種です。それもかなりの上位レベルの」
「オーバー・ブレイク……」
むろん彼としてもその辺の予想は十分ついていたのだろうが、しかしそれでも側近に改めて問わなければならないほど、僭主を襲った不穏な感覚は大きかったらしい。常は精悍なる顔も、今は明らかに怯えを含んだものとなっていたのだから。
「おのれ、ここまで侵入してくるとは……」
「閣下、今や状況は変わりました。急ぎ<箱舟>へ避難いたしましょう」
「く、くそ、たかが二人の賊ごときに――」
――だが、そうしてゴルディアスたちが窮余の策練ろうとした、その瞬間。
「な?!」
クロニカの超人的運転術は衝突寸前キリクをあっさりかわすと、もはや彼には一瞥すら与えず、早くも遠ざかりつつあった。――その間、時間にして僅か10秒ほど。
当然剣士は驚きのあまり瞬時唖然とするも、しかしすぐに気合を取り戻し背後振り返る。
「逃すものか! ――ム!」
そこには言うまでもなく後ろから狙えばいかに鋼鉄の車でも組み易し、の計算あったが、しかしその瞬間凄まじい速度の弾丸が放たれたため、それを<閃光剣>で撃ち落とした彼は一歩どころか何歩も出遅れてしまった。
「な、何だと?!」
結果彼が次に見た光景は、軽やかというか神業並みの身のこなしで装甲車の後席に飛び乗ったロビーの姿。青年はそこで後方を念入りに警戒しつつも運転するクロニカの腰に手を素早く回し、もはや振り落とされる兆しすら微塵もない。
そして装甲車はさらなるスピードで前へ前へと突き進み――。
「しまった、ゴルディアス様!」
キリクの絶叫をあっけなく聞き捨てて
「うぬ、来おったか!」
「まずい、このままでは!」
ついには、最大にして真の目標へと大胆不敵に突撃していった。
むろんそんな怪物相手に丸腰のゴルディアスではどうしようもなく、代わりに彼を守るためバッとエドアルトが身構える。
距離にしてもう2、3メティスほどもない、まさに瞬時の判断。
当然、今や彼らの眼にも荒ぶる操縦士の姿ははっきりと確認され――。
「――?!」
だが、なぜかその瞬間、エドアルトが驚きで目を見開いた。
「轢き殺されたくなかったら、どきなよ!」
そう、その赤い機体に跨った品のない叫び上げる黒髪の女の容貌――彼はそれに、まさしく鮮明なまでの見覚えがあったのだ。
しかも間違いなく、つい先日この宮殿内で遭遇した……。
「お前は!」
そうして一瞬唖然としつつも、それでも戦闘本能からすかさず黒き籠手双方かざし――
「通すものか!」
そして再び、しかし今度は両方の掌が今までにないほどの眩しく青い図形顕わした、瞬間。
「! しまった、力の障壁?!」
もの凄い土埃巻き上げて、赤い装甲車はたちまちエドアルト、そしてなぜかゴルディアスの脇をも一気に疾駆していたのである。
へなへなとその場にへたりこむ、ジグラト・シティの支配者を置き去りにして。




