34.襲撃 ④
「大丈夫ですか!」
アクセルは四阿の中突然床に倒れ込んだ執事を抱きかかえると、懸命に呼びかけながら、その小さな傷口をとくと見つめた。右胸の下、灰色の服のその部分には確かに穴が開いていたが、今のところ流れる血はほとんどない。そして急ぎ口元に耳を近づければ、微かながらも繰り返される呼吸音。固く眼を閉じた表情も比較的穏やか。
「ア、アクセル。テオムさんは……」
それゆえ背後からベルタが心配そうに問うてくると、少年は安心させるように振り返り、加えて大きくうなずいてみせたのだった。
「大丈夫、眠っているだけのようです」
「眠っている……?」
「恐らくこれは、麻酔矢のようなものかと」
麻酔――矢。そう、ついさっき異質な音が庭園のどこかからして、そしてそのすぐ後この初老の男性が苦鳴とともに突然倒れたことから類推するに、どうやら何者かが、すなわち今姿現した侵入者が何らかの手段で遠隔攻撃仕掛けてきたことはまず間違いない。それも尋常ならざる恐るべき技で。
「え?」
はたしてそんなアクセルの言葉を耳にした瞬間ベルタは知らずハッとした顔見せたものの、しかし隣に驚き顔の秘書がいるのに気づき慌ててそれを隠す。いずれにせよ、早くも彼女が事の真相に思い当たったことだけは確実だった。
ただし、なぜ執事が狙われたのかとなるとその理由があまりに不明だったが。
「まさか、誰かに阻止された?」
むろんその疑問は少年も強く共有しており、彼の我知らず小さく零した呟きには、それが明らか過ぎるほどに含まれていたのである。
……そしてともかくも昏倒してしまった以上、すぐ執事をどこか宮殿内の安全な場所へ運ばねばならない、と動かしかけ、勢いぐっと両腕に力が入った――しかし、その時だった。
アクセルはつと何かに気づいたように後ろ、南の方をバッと振り返る。
「ん? 何だこの音は……こっちに来る?」
そうして怪訝に思いつつもその耳が何かを捉え、そう、誰にともなくポツリと呟いた、わずか一刹那後。
――彼は遠くの方、庭園の端に、まるで雷鳴のごときげに凄まじき轟音引き連れ来たった真っ赤な物体を、今やはっきり目にしたのだった。
◇
ロビーは明らかに躊躇していた。
陽光に晒されたいかにも無防備な中、眼前には確実に腕の立つブレイカー。
そして自分の背後10メティスには最終目標たる領主ゴルディアス。
――正面の男を相手にするには手強すぎ、ゴルディアスを狙うにはいささか距離があり過ぎる。
まさに、どうにも動きづらい状況だ。
しかもこれ以上もたもたしていると、当然衛兵たちも大挙してやって来るだろう。
――とはいえまさか両者をいっぺんに片づけるわけにもいかず、前後に鋭く注意を払わなくてはならないという、まさに厄介極まる展開。下手をしたら、自らの命も危ないかもしれない。
何より青年と相対する白髪のブレイカーが現わす余裕に満ちた表情を見れば、彼が置かれた危機的状況は余りに明らかなのだから。
「どうした、急に怖気づいたか?」
そんなロビーの窮地を充分読み取った上で、ブレイカーが笑みすら浮かべて宣った。その右手にあるのは、柄と鍔は金属ながら、その先の刃が赤く鋭い光となった長剣。得体の知れない武器とはいえ、間違いなく切れ味は凄まじいはずだ。
その得物を前へと突き出し、そしてじっと動かないものの、その眼がロビーの手中の短筒を検分しているのは言うまでもない。
彼はそうして、数少ない隙を狙おうと、猛禽めいた様相で静かに好機窺っている。
もちろん、自らは一切つけ入る隙作ることなく。
間違いなく、相当てこずりそうな強敵となるのは確実だった。
(この男に<魔弾>がどこまで通じるか)
――かくて、自然と緊張で強張る身体。
そもそも互いの武器の特性を考慮すれば、接近戦自体がかなりの不利であることは疑いなかった。距離を少し詰めるのさえ相当難儀するはず。だが、だからといって安全な遠距離から闇雲に連射したところで、この男の前では通用する可能性がきわめて低い。
まさに完全なる手詰まり、ということか。
むろん今や逃げ道すら、ほとんどなく――。
「さあ、では早々と決着をつけてやろう」
そうして男――ゴルディアスの側近の一人、キリク――は光剣を振りかぶるや、その袈裟斬りの姿勢のまま、ぐっと一歩踏み出した。
もはや熟慮する時間さえ惜しいということらしい、それは明らかに強烈な斬撃へと移る、危険な構え。
いずれにしても、勝敗は間もなく決しつつあるようだった。
途端高まり行く気迫と、肌のひりつく力動の気配。
(来る!)
知らず、右手に渾身の力こめるロビー。
対するは一刀浴びせんと、眼に獰猛な光輝かせるキリク。
緑多き庭園で、二人のブレイカーがかくて正面から睨み合い……。
一拍ほど張り詰めた間を置いて。
「ハア!」
白髪の男が強烈なる気合一閃、必殺の刃を全力で叩きこもうと烈声上げた、
……だがまさにその、ついに両者が激突するか、という寸前
突如として――。
「! な、何だ?」
轟と勢い凄まじく、一機のオーバー・ブレイクが、敢然と男たちの目の前に姿現していた。




