33.襲撃 ③
(しまった)
その刹那、ロビーは木陰から勢いよく飛び出していた。
逃走はおろか、もはや隠れる気など微塵もない素早さだ。
日光の真下に、そうして使用人の服まといながら手には怪しげな道具持った一つの人影が、こつ然と姿現す。
その狼のごとき雄姿には、むろん何一つ迷いがない。
ただひたすら、前方へと疾走し続ける――。
そう、あろうことか最初の一撃は失敗してしまったものの、まだ完全に機会を逸したわけではないのだ。
諦めてしまうには余りに早過ぎる、というものだった。
「侵入者だ! そこにいるぞ!」
むろんそんな青年を見つけて誰かが叫ぶ声もしたが、構わずかくて最後の攻撃とばかりに、決してスピードは緩めぬまま、その身体が遠方のゴルディアス目掛けて突撃を計る。いくつもの花踏みしだき、小さな岩を飛び越えて。
ぐずぐずしていると声を耳にした宮殿中の衛兵たちが一斉にやってくるのだ。
残された時は、余りにも少なかった。
とにかく早く、あの男の元へ辿り着かねば。
まさしくここからは、正真正銘時間との勝負。
切り札となるそれ――銀に輝く金属製の筒に、レバー付属した握り手が付いたもの――を持つ右手も、はたして今や特異な熱を帯びつつある上は――。
「!」
だが、目標たる僭主までついに10メティスを切ったかと思われた、まさにその刹那。
「させるか!」
突然背後から、とてつもなく鋭い攻撃が放たれた。
まるで炎の鞭で撃ってきたかのような、危険な感覚。
「く!」
たまらずロビーは振り向きざま腰を落として防御の体勢取り、それゆえせっかく勢いづいていた疾走もはたと止まってしまう。
そしてそのまますばやくそれを前へ突き出すように構え、さらなる一撃に備えんとする。むろん相手の正体をしかと見究めようとしつつ。
「……ブレイカーが紛れ込んでいたようだな」
――そこに立っていたのは、赤く光る剣を手にした、白髪の男だった。
尖った顎に、ややこけた頬。そして均整の取れたたくましい身体つき。
今は赤襟に白地のジャケットと黒の筒袴といういでたちながら、それは二日前酒場で見かけたあの剣呑な男に違いなく、堂々たる体躯はそのまま、こちらに向ける裂帛の気がとにかく圧迫されるくらい凄まじい。
そして何より、その得物と一瞬でロビーをブレイカーと見抜いた眼力。かように青年から、ある種の同質性を感じ取ったとすれば……。
「なるほど、やはり同業者だったわけか」
ロビーがオーバー・ブレイク持った右手を前に突き出しながら、警戒心とともに小さくうなずいていたのも、当然のことなのだった。
◇
ゴルディアスは突進してくる襲撃者に一瞬うろたえた表情見せたものの、しかしあえなく阻止されたと知ると、途端いつもの自信に溢れた様子を取り戻していた。知らず余裕の態で遠く対峙する二人を見やり、その口元には笑みさえ零れてくる。
間違いなく、あの愚かな不届き者がこちらへ辿り着く可能性はもはやほとんど零なのだ。当然ホッと一息くらい吐きたくなるというもの――。
「キリクが相手をするようですね」
するとすぐ背後から、護衛のため近づいたエドアルトの事務的ともいえる声が聞こえて来た。むろん確認するまでもなかったが、それでも一応ゴルディアスは視線だけそちらへちらと送る。
「うむ、どんな奴が相手なのかは分からんが、問題あるまい」
「あの男も不運を嘆くしかありませんな。キリクの<閃光剣>なら勝負はあっさりつきましょう。……なかなか厄介な飛び道具を持っているようですが、それも我が<魔道手>で防ぐことできましたゆえ」
「ブレイカーか。いったいどこのどいつが遣わしたものか……」
そしてどこか他人事めいた言い方ながら、それは当然すぎる疑問。やはりいくら命を狙われる覚悟は常々あるとはいえ、その刺客がブレイカーとなると受ける衝撃が段違いということなのだろう。
特に以前にも似た事象があったとすれば、なおのこと。
「何、キリクなら簡単にあ奴を生け捕りに出来ます。その後で尋問なり拷問なり施せば、首謀者もあっさりと判明するはず」
対してその記憶からくる不安をなだめるように、エドアルトの応じる声はまこと勝ち気に溢れていた。その両手にはめた、未知なる金属で全体覆われた籠手――彼もどうやら歴としたブレイカーであるらしい以上、それも当然のことなのかもしれない。
「とはいえ念のため、ゴルディアス様は<箱舟>へ避難した方がよろしいかもしれませんが」
――むろんその主君への目端効いた提案にも、実際大した真実味などはなかったと思われ。
……だが。
あるいはその高みからの見物といった慢心がもたらしたものなのか、その時ゴルディアスは、いやエドアルトでさえも、まだまったく気づくことできなかったのだった。
ただの建前に過ぎないはずだった洒落男の言が、実はある意味現時点で最適の選択でもあったことに。
――すなわち、シティの領主を狙うブレイカーが、もう一人どこかに存在していたという事実に。




