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31.襲撃 ①

 屋根の下で(くつろ)ぎつつ、陶椀(とうわん)から漂ってくる茶の香りを嗅いだゴルディアスは、珍しくも明々と上機嫌だった。


 「ウム、お前の言った通り、たまにはこうして庭に出るのも良いものだな。何より空気がうまい」

 「ふうん、あんたにも分かるんだ、この感じ。ようやく昨日の大酒が抜けたってことじゃない?」

 「おっと、これはきついことを言いやがる……」


 対してテーブルの向こうに座るベルタは、相変わらず恐れ知らずで手厳しい。それは以前の緑衣とは違い、桃色のくりの大きなドレスまとった、下層生まれの美女。薄くきらびやかな生地が見せる身体の線は、午後の陽光下でもまこと魅惑的といえよう。


 ――もっともいくらそんな魅力溢れる公然の愛人とはいえ、彼女がそう揶揄(やゆ)したのは権勢抜きん出た大実力者に他ならず、テーブルを囲む他の四人のうち三人は、その時一瞬青い顔現わしている。むろんいっさい構うことなき主君の様子とはあまりに対照的に。


 「ハハ、さすがはベルタ様。そのお言葉の前には、閣下もたじたじとなりますな」


 すると平然としていたその例外的な一人、エドアルトが横からベルタに追従して如才なく口添えしてきた。艶然たる笑顔まで浮かべており、むろんいつも通り白い肌の中、その瞳は深紅色に閃く。そんな男がなぜむくつけきゴルディアスの下についているのかはいまいちよく分からないが、いずれにしても家臣としてはなかなか有能らしい。

 何よりその言葉でゴルディアスは知らず大笑していたのだから。


 「ムハハ、お前はお前で少しは遠慮せんか。ベルタのご機嫌ばかり取りよって」

 「いえ、そんなことは」

 「まあ今は気分が良いので許すがな」



 ――そこはジグラト・シティの最上層たる聖嶺宮殿、ぐるりと巡る回廊に囲まれた、広大な大庭園の一角だった。荒野の真ん中とは思えぬ、まるで自然の原野そのものの景観で、様々な木立や花々などでとにかく見渡す限り緑色が眩しい。しかもその中央にはどうやって作ったのか池さえも置かれ、それを取り巻くように所々小屋風の小さな建物が点在している。何より先ほどゴルディアスが言ったように吹き渡る風が爽やか、当然ここだけで一体いくらほど大金が注ぎ込まれたかなど想像もつかない、それはとてつもない規模なのだった。

 そしてゴルディアスたちが位置を占めるのは、そのうちの北東端に建つ、美しい四阿(あずまや)――小さいながらも四囲は白亜の列柱で囲まれ、上には屋根、下も精緻な作りの石床である。その間には一台のテーブルと六脚のベンチも置かれており、今はその全てに六人の人物が座っていた。

 すなわちそれはゴルディアス当人と、ベルタ、エドアルト。その他は領主配下でも高官に当たる、宮殿の執事および秘書。

 そして最後に残るのは……。


 緋色に金糸が映える上衣姿のゴルディアスが高級茶注がれた椀を手にして、いかにも気安く声を掛けてやった、その赤髪の少年。


 「どうだアクセル、お前もここが気に入ったか?」

 「え? あ、はい……」

 「ベルタのせっかくの提案だ。今日は心より楽しむが良い」


 ――かくて領主が豪快な笑みはそのまま、尊大にして穏やかな言正面から放つと、かえって知らずハッと肩をすくめてしまう、ベルタの右横に座すのはそんな修道士、アクセルなのであった。


                  ◇


 葉擦れの音鳴らす温かい風が頬を撫でていく中、ロビーは白花(びゃっか)満開に咲き誇る巨木の陰にじっと身を潜めていた。

 青天に輝く陽は大分傾きかけ、時刻にして九時課(午後三時)を少々過ぎた、散策にはちょうどいい頃合い。

 ――宮殿大庭園の一隅、南東端にある10本ほどのアーモンドの木立。

もっとも好都合にも今は花園や小木を挟んだはるか向こうの白い四阿から歓声が和やかに耳に届いてくる以外は、この庭園にはほとんど人の姿はなかった。また入ってきたとしても、その四阿の連中に気でも使っているのか、すぐにそそくさと退出してしまう者ばかりだ。

 衛兵の影もなく、そう、今はまさに彼らの昼下がり彩る優雅な茶会真っ最中。

 すなわちいくら領主とその取り巻きたちとはいえ、こののどかさならさすがに開放的ともなるはずで、その分警戒心が緩む可能性も多大にある。実際、猜疑心(さいぎしん)の塊のはずのゴルディアスでさえ今は明らかににこやかと雑談楽しんでいる様子なのだから。


 その流れてくる笑声や話し声が、平穏ながらも花が咲いたかのようである以上は。


 (あそこまでなら、およそ100メティス、か)


 ――だがそんな光景遠目に窺いながら、あくまで冷静かつすばやく、ロビーの脳裡は彼我の距離数弾き出さんとしていた。同時に天候や風向きまで精緻に観察して、周囲のコンディション確認にも余念がない。かように何が目的であるにせよ、それが他ならぬあのゴルディアスに関係することだけはまず確実、すなわち今企まれているのは相当大それた計画のようだ。


 腰のあたりには常に右手を置き、そうして石像のごとく密やかにその時をひたすら待つ、黄色の上衣に白いショース(ぴったりした脚衣)という見慣れぬ姿した灰髪の青年。変わらぬ青い瞳が、いっさいの無駄な感情捨て、ただやがて来るはずの一瞬を捉えんと怜悧な光放つ。


 望み続けた仕事の時間が、勝負の時がついに訪れたと。



 事態がこうして急展開を見せた直接のきっかけは、昨夜、密かにサミュエル修道院を訪れたベルタだった。彼女は従者も連れず部屋着に簡単な外套まとった姿で突如として扉を叩くと、応対したガルドにアクセルと合わせてくれと懇願する。しかも二人きりでという条件だったので特にリオースが嫌な顔をしたが、しかしその必死さに結局彼も折れ、奥の寝室で話し合いが行われることとなった。二人の大人をさしおいていきなり彼を指名したのはむろん一番親しいからだが、また同時にそれはベルタが常にアクセルに自分と同じものを感じ取っている、という理由からでもある。

 そう、幼い頃、親しい人たちを全て喪失したという……。


 「アクセル、できるだけでいいから私に協力して。戦を止めたいの……」


 かくてベルタは昨夜の晩餐会に始まる重要なことだけを話し、三分の一刻後には少年に何かいい知恵があったら教えてほしいと言い残し急いで立ち去っていった。一方その後思案顔したアクセルは結局リオースたちにはこの時の内容は明かしていない。別に彼らを信用していないわけではなく、むしろできるだけ迷惑をかけたくない、という少年なりの思いによるものであった。

 無謀かもしれないが、自分だけでできる限りのことをするつもりだったのだから。


 そして丁度というか瞬間、パッと頭に閃いたのが――。


 (だがまさか、ゴルディアスの愛人からあの男の陰謀が聞かされるとは)


 この前妙な依頼をして来た、クロニカおよびその相棒、という訳だった。



 「実は今日僕はゴルディアス様に呼ばれているのですが、その時なら、お二人もうまく連れていけるはずです」

 「ふうん。いつも通りの仕事ってこと?」

 「今回は特別招集です。何やらこれから忙しくなるからと」

 「いずれにせよ治療の際、てことか。なら、場所は間違いなくあいつの自室になる……」

 「いえ、ベルタ様はそこの所も色々協力してくださるようなので」


 これは今朝がたの、アクセルとの会話。

 話はまさにとんとん拍子に進み、ついさっきは難色示していた二人もいつしか大分乗り気となっていた。そもそも八方塞がりだったのは彼女らの方、実を言えば少年の提案は濡れ手に粟以外の何物でもなかったのである。

 そしてもちろん、ベルタの力も最大限借りることがすみやかに決定される。ベルタの友人で宮殿に通っている商人が第一層にいて、彼に頼めば色々彼女へ届けてくれるというので、急ぎクロニカがある計画を手紙にしたためることとなったのだ。


 それも、あまりにも大胆不敵な一大計画が。


 すなわち、ゴルディアスを庭園の一角に誘い出し、ロビーがそこを一気に仕留める、という、思考の上ではまこと単純明快でありながら、成功させるにはとにかく入念な下準備必須なもの……。


 ――逆にあまりに単刀直入過ぎて、まさに普通の人間では決して思いつかないとはこのことと言えよう。そう、今朝クロニカから内容をさも自慢げに聞かされた時、アクセルがずっと分かりやすいほど半信半疑のままでいたのも、わざわざ説明するまでもない状況なのであった。



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