3. でたらめな兵器 ①
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
こうして物語は始まった。
だが、先へ進む前に、まずは一番大事なことから語らねばならない。
それはもっとも始原となる重要な概念。
世界のあらゆる部分へ甚大な影響及ぼす、畏怖すべき力、あるいは幼な子に与えられた玩具。
<でたらめな兵器>。
その謎は、いまだ何一つ解明されていないに等しい。
決して解けぬ、空虚で無意味な問いのように――。
さあ、それではこれからその未知なる道具の話をしよう。
世界の運命自体を完全に塗り替えた、恐るべき戦争機械の話を。
すなわち、人はその時はじめて、神にも比すべき力を手に入れたのだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
すべての始まりはおよそ120年前、アクシオムという名の帝国がイルゲネス大陸を支配していた頃のことだった。
大陸中央部アルス=ドラグナを都とする大帝国は、連年のように東西南北へ大規模な軍事行動を行い、すさまじい勢いで領土を拡張し続けていた。建国後200年目には、北は氷雪深きハイポリア地方、東は武人の国アシュレムとの境、西は海賊たち住まうバルハト多島海、そして南は生命の影ひとつも無き<赤の砂漠>奥地にまで達し、もはや空前絶後ともいえる大繁栄を謳歌していたのである。
滅びの予兆などまったくない、その威風はまさしく千年王国の降臨かとも称された強大なる専制国家。預言者にせよ高名な歴史家にせよ、よほどの奇人でない限りその衰亡を語る者などまだ完全に皆無なのだった。
そして、帝国暦207年。
大陸東南部でカムリ人が大規模な反乱を起こし、何十年かぶりに帝国が不穏な空気に覆われていた、その同じ頃。
それは初め、反乱に比べれば特に注目に価することのない出来事でしかなかった。
そこが戦場から遥か遠く離れた西方だったという事情もある。
山の中の都市遺跡。そんな人里離れた僻地で、調査に当たっていたアルス=ドラグナの学者たちが地下墓地から偶然何とも奇妙な物体を発見したのだ。
とてつもない巨大さを誇るモノだった。
いったいその墓所一番奥の暗闇の中に眠っていた巨獣にも似た姿を、何と正確に表現したらよいものか言葉がまるで見つからぬほどの。
当時の学者の一人が記した調査報告書は、それでも自らの驚きを懸命に伝えている。
「――まず、驚くべきは物体の全長だった。縦の長さは6メティスを下るまい。加えて横幅も余裕で3メティスはあり、全体的に方形でずんぐりした箱を思わせる姿形だった。しかも体全体を覆うのは、明らかに鉄をもはるか凌駕する硬度持つと思われる未知の金属。当然重量も相当なものがあり、地上へ引き上げるのにおびただしい数の馬で十日以上かかったほどである。
だが、物体の特徴は何もそれだけで語り尽くせるものではなかった。
特に目を引いたのは、底の部分。すなわち、一般の馬車でいうところの車輪部に当たる。車の一種らしいそれにも、むろん一見して同じ用途と思われる構成物が体の両側に目立って存在した――ただしその部位は、なぜか奇妙にも恐ろしく形が異なっていたのだ。片側だけで6個も横に並んだ巨大な車輪全体を、帯状に連結された金属の板が囲んでいる。そんな奇抜きわまる形状など、いまだかつて誰も見聞きしたことはあるまい。いったいこれでどうやって動くのか、想像だにできない見た目だった。
これだけでも相当驚愕に価するレベルだが、しかしもう一つ、特徴的ということでいえば決して外せない部分があった。
体高2メティスの頂上部につけられた巨大で物々しい火砲が、それである。
砲身実に2.5メティス、口径57エルス(ミリメートル)という畏怖すら覚える偉容。間違いなく本当に弾丸放つことできれば、凄まじい威力のはずであった。帝国広しといえど、これに勝る精巧さの大砲のことを私は寡聞にも知らない。
ましてやこれは下に奇妙な車輪付き。大砲と鉄の車の混じり合ったようなその姿は、なんとも圧迫的で恐れ抱かせる印象を放っていた。
このように、我々は今回の調査で何とも異様な機械状物体を発見してしまった。その正味の能力、いやそもそもこれが動かせられるモノなのかどうかは、帝都に戻って詳細に研究した後必ず明らかとなるはずである……」
◇
報告書の通り、物体はやがて帝都へ運ばれていった。
目の肥えた都人たちでさえ、その外観を見た途端驚愕はすさまじかったという。
当然すぐさま国中から碩学の知識人や研究者が招集され、徹底的な調査が行われることとなる。学者のみならず、鍛冶師や軍人、はては占い師まで入った、それは相当大規模なものであった。
むろんかけられた資金も想像を絶する数字。
一年間、そうして国を挙げての一大計画は宮殿内の仮設研究所で休みなく続けられたのである。
……だが、そんな帝国最高の頭脳を結集させて賑々しく始められた調査も、結局は何一つ物体に関して謎を明らかにすることはできなかった。
正体を知るどころか、物体上部につけられた入口を1エルスも開けることすらできなかったのだ。むろん槌や斧でいくら力任せに衝撃を与えても、文字通りビクともしない。反対にそれらの方が大きくダメージを受けたほど――そうした苦心の結果、当然ながらこれはそもそも開くような代物ではないという結論が上がったのは調査開始後かなり早くのことだった。
何よりも肝心の皇帝の関心が薄れ始め、それに呼応、というか追従して物体にかける労力資金をそろそろ引き上げよ、そうかまびすしく外野の声が聞こえてくる。カムリ人との戦いがなかなか決着つかず現状それどころではないというのも大きかった。
はたして、このまま何も起こらぬ展開が続いたなら、後ひと月もせずに調査自体は確実に終結していたであろう。最初はあれだけ注目していたのに、めっきり興味を失くしつつある貴族をはじめとする都人の反応こそが、その何よりの証拠だった。
――そう、物体はあと少しで一切の能力見せず歴史の闇の中へと葬り去られるところだったのだ。
それが幸運であろうと不運であろうと。