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27.導火線 ④

 そこで西の卓より、ゴルディアスがいかにも鷹揚(おうよう)に声を上げた。


 「まあ待たれよ」


 むろん傲岸(ごうがん)と椅子に座る彼の前にもクジャク肉の皿は置かれていたが、しかしそこにはもはやソースの残り(かす)以外何も見当たらない。どうやら不穏な現況を巡って二人の領主が冷たい舌戦繰り広げる中、彼のみは極上の料理を心行くまで堪能していたようである。

 

 「今宵は何のために開かれた会か、双方ともお忘れのようだな」

 「ム……」

 「……」


 するとそんな僭主の威厳ある声を受け、卓を挟んで睨み合っていた両者は互いに一時(いちどき)に目を逸らす。やはり当代一の実力者にこうも凄まれては、いくら大都市の支配者でも好き放題振舞うなどとても不可能らしい。

 その証しに二人は続けて、分かりやすくもゴルディアスに逆らうつもりはないと矛収め深々と一礼までしたのだから。


 「そう、宴はまだ半ば。存分に楽しまれよ。今日はとにかくきな臭い話はなしだ」


 そしてそれを見た巨岩都市の主は、場のすべてを収めるように満足げに大きくうなずき返す。

 むろんその手には今宵もう何杯目になるか見当もつかぬ、特注品のワインをがっしと掴んだまま……。



 「失礼いたします!」


 ――こうして明らかに気勢削がれた両首脳はじめ周囲の取り巻きたちもようやく落ち着き取り戻し、再び晩餐会は静かに進行していくかと思われた、しかしちょうどその時だった。


 突如として北の卓の背後にある扉を大きな声とともに向こうより叩く者があった。次いで誰何(すいか)の声ももどかしいと続けざまに開かれた後、衛兵に連れられむしろ追い越すがごとく堂外から勢いよく入ってきたのは緑の上衣着た若い男。その胸辺りに何かの紋章か、三叉(みつまた)の矛のマークを付けた人物だ。

 そして男は転がり込むように宴のただ中へ侵入するという相当な非礼働いたにも関わらず、何一つ謝罪の言葉も素振りもないまま、さらにもの凄い勢いで今度は北の卓回り込んで向こうへと駆け出していたのだった。

 よほどの緊急事態ということか、それはまさしく一心不乱の様相。

 そしてそんな突然の闖入者(ちんにゅうしゃ)が目指す先は――。


 「どうしたというのです!」


 堂内に、かくてアメルダの叫び声が響き渡った。

 さらに彼女はゴルディアス、ガナン両者目の前にしているというのに断りもなく血相変えて立ち上がりさえする。息せき切って駆け寄ってくる男が自らの配下に当たるのは、その動作を見てもまこと明らかだった。

 一方緑服の男はシェムト勢はおろか、同僚であろうミスリタの幹部たちも何事かと目を丸くする中、構わずアメルダの元に辿り着き、そしてすかさず頭をたれたのだった。


 「アメルダ様、先ほど市より報告がありましたっ」


 そうして言うが早いか、領主の耳に口を近づけ何ごとかを(ささや)き始め――。


 「な、何ですって!」


 アメルダは耳打ちされた途端その内容に対する驚愕が強かったあまり手を振り上げ、そのあおりで倒れたグラスから卓上へ赤い液体が派手に零れたのにも、まるで気づくことがなかったのである。



 「これは前の殺人への意趣返しというやつなのですか!」

 「な、何を言っているのだ、君は……」

 「タウルスを、私の大切な甥を殺すとは!」


 そして場はいつしか非難合戦の嵐と化していた。

 どうやらアメルダが受けた緊急報告というのは、自分がジグラト・シティにいる間留守を任せていた最愛の甥が、何者かに暗殺されたというものだったらしい。むろん詳しい内容はまだ詳らかでなく、シェムト側が下手人という確かな証拠も何一つないのだが、しかし一度火が着いた彼女は何をしようが止められない。必然的に、ガナンを睨みつける瞳はどこまでも憎悪に(たぎ)っていた。

 むろん、ガナンはガナンでまるで身に覚えのないこととはいえ、こうも激しくやられると彼としても引く姿見せるわけにはいかない。勢い抗する声も相当荒々しくなっていたのである。


 「知らんと言っておろうが、そんなこと!」

 「ほう、関与はしていないと? それを神に誓って言えるのですか!」

 「当たり前だ、そんな言いがかりはやめろ! 第一先に汚い手を使ってきたのは、お主らの方ではないか!」


 はたしてガナンのその言はアメルダの神経をさらに逆撫でした。


 「何を、あれこそ我らの預かり知らぬこと。そもそも戦を仕掛けるために、そちらが仕組んだ謀略でしょう!」

 「ええい、やはりそれか、まったくくだらんわ!」

 「もう良い! 金輪際、あなたと会うことはない!」


 ――そしてその鋭い捨て台詞が、一斉にミスリタの幹部たちを立ち上がらせたのだった。


                  ◇


 「もはや話などできぬ!」


 かくして数分後には、憎しみに身体震わせながらアメルダは10人引き連れあっという間に食堂から立ち去っていた。後に残されたのは楽の音絶えた静かな空間の中、ただひりつくような異様きわまる空気だけである。むろんガナンらシェムト勢は抑えがたき憤慨の気にいつまでも包まれ、給仕やメイドたち宮殿の職員に至ってはあまりの事態に展望も見えずおろおろと立ちすくむばかり。


 ゴルディアス肝入りの豪勢な晩餐会は、こうして思いがけぬアクシデントによって不慮(ふりょ)の中止遂げることとなったのだが……。


 「……」


 なぜか、ゴルディアスは一人だけやたら冷静だった。


 変わらずグラス手にした姿勢のまま、むしろどこか冷淡ともいえる目で場の面々をじっと眺めている。

 その瞳に映るは、怒りで顔を真っ赤にさせ、今にもアメルダを追いかけて行きそうな青衣の老人、それと彼に従う、同様に憤りの色も露わな10人の幹部。とりあえずまだ着席している彼らはこれからどうするかまだ決めあぐねているようだが、いずれにせよもはやとても優雅に食事とはいくまい。流れているのは、むろん殺伐たる空気のみなのだから。


 まさにせっかくの機会が完全破綻した瞬間。


 ――だがあわよくば両者に和解してもらうはずだったというのに、ゴルディアスの様子にはいかなる無念さも見られない。何か違うことを考えているのか、ガナンに声を掛けることもなく、ただ沈黙の時間が流れるばかりだった。

 はたして彼の脳裡では、一体どんな思考が働いているというのか……。


 「いかがいたしますか?」


 と、その時背後よりエドアルトが声を掛けてきた。主君同様、何ら気の乱れが感じられない声音だ。冷静というか冷徹というか、その表情にも動揺した色はまるで見られない。

 ゴルディアスは振り返りもせず静かに答えた。


 「アメルダか?」

 「はい。このままでは夜にも関わらず帰国なされるかもしれません」

 「構わん。好きなようにさせよ。彼女も、今はガナンと同じ空気は吸いたくないだろうからな」

 「では、お引止めはいたしません」


 そう言って一礼すると、再びエドアルトは元の直立した状態へ戻る。

 ゴルディアスも、もう腹心にそれ以上答えることはない。


 今や先程までの人だかりと話し声が嘘のような、やけに寂寥(せきりょう)とした広間。

 特に南側の卓からは人が全て立ち去り、しかし皿の上にはいまだ上質のクジャク肉がほとんど残されたまま。

 いつしか給仕やメイドたちもこの類まれなる危険な空気を恐れたのか、どこかへ姿を消し。


 ――こうして穏やかに始まったはずの宮殿晩餐会は、火花散らす二人の確執を終え、なぜか虚無的な雰囲気のうちに急激に幕を閉じたのである。


                  ◇


 それから数時間後。


 闇が濃くなったその日の深い夜、月明かりに照らされ一人宮殿を抜け出し、下の街へ向かった人影があった。ゴルディアスは自室でエドアルトと何やら長々と相談中、いっぽう使用人や衛兵たちは宴の跡片付けが終わり疲労困憊(ひろうこんぱい)、皆早々と休憩に入った――そんな静かな状況だったゆえ、幸いにもその姿を目撃する者は誰一人いなかった。

 むろん門番は常に休むことなく常駐していたが、()()にとっては別の道から外へ出て行くことなど、あまりに朝飯前だったのである。

 そして第四層から見下ろす夜の街は、相変わらず早くに暗くなる宮殿と比べて、いまだぽつぽつと至る所明かりの認められる状態だった。特に第一層には、夜からようやく営業を始めるいかにもいかがわしい店が実に数多い――。


 そんな光はむしろ彼女の心を大いに和ませるものであったが、しかしここでずっとのんびりしているわけにもいかず、青い髪した娘はランタンを手にしたまま、急ぎ下へと通じる階段を降り下っていくのだった。

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