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26.導火線 ③

 シェムトとミスリタ、両都市の確執(かくしつ)を紐解けば、そもそもそれは50年前にまで遡る。


 全ての原因は、一人のブレイカーだった。


 シェムトに並び立たんとする、ミスリタの野望を受け入れた――。



 ヤムルーク海を北に行くと、遥か先に一つの都市がやがて見えてくる。突き出た半島の先に座す、大陸有数の大いなる港湾都市ファム。紛れもなく、商業の中心とも言うべき大都市である。その交易規模は実に幅広く、大陸中から富を求めておびただしい人々が休みなく押し寄せるほど。王を(いただ)かぬ自治都市でもあり、自由もまたこの都市を象徴する重要なキーワードとなっていた。

 当然、海に面した砂漠沿いの二都市にとっても、この町との関係はとてつもなく重大な案件、いや死活問題に他ならない。それゆえ市政当局は昔から常にファムとの貿易に重点を置いて、様々な施策立ててきたのだ。


 しかし、かつてファムとの貿易で絶対的有利誇ったのは、一方的にシェムトの方だった。

 ミスリタよりも北にあるため商都により近く、当然ギメル街道使って古来頻繁に交流は行われていた。人の往来も多く、町にはおびただしい財が集まるようになる。それに比べれば、いくら同じ砂の道の終着点とはいえ、ミスリタなど明らかに後塵(こうじん)を拝し続けた小都に過ぎないくらいだった。

 むろんそのままなら、バルディヤにおける覇権はシェムトが終わりなく手中にし続けると思われたほどで――。


 だが、その様相ががらりと変わったのがおよそ50年前。


 元よりミスリタが不利と分かっていてもやむなく陸路使わざるを得なかったのは、全てヤムルーク海に跋扈(ばっこ)した海賊を原因とする。すなわちこの海には、古くから大海我が物とする荒くれ者たちが厳然と存在したのである。もちろん彼らは船を出そうにも、通行料ふんだくるは問答無用に襲いかかってくるはやりたい放題。海を使っての商売など、まさに言語道断の状況――当然、陸の道しか他に選択しようがなかった。


 こうなると、やがて現状破ってシェムトに並び立つためには、海賊を倒すしかないという声が澎湃(ほうはい)と上がってくる。目の前にある優れた海路目にしながら、何一つ手が出せないという長年続く苦境には、まさに完全な限界がきていたのだから。

 そしてそれには、どうしても超越的な能力者のわざを頼るしか、他に方策がない――。


 かくて乾坤一擲(けんこんいってき)の念をこめて呼び寄せられたのが、その一人の女ブレイカーだったのである。

 そう、<大海竜>と呼ばれる超大型戦艦操る、最高クラスの使い手。


 ……ただし長年かけて集めた市の金庫の、その莫大な中身ほぼ全てを報酬として。


                  ◇


 費用対効果は空前絶後だった。

 いずれにしても契約成立後、勝負が着いたのはそれからほんの瞬く間のことだったのだ。

 かくて長き黒髪風になびかせたブレイカーは契約通り僅か三ヶ月の内に海賊団ことごとく打ち滅ぼし、ヤムルークを再び平穏な海へ戻すこととなる。あれほど暴威ふるった海賊のアジト、難攻不落で知られたルク島も最後、恐怖の声とともにあっけなく凄まじい猛火に包まれ、そして消えていき、今はもう跡形すら残っていないほど……。


 むろんブレイカーは多額の成功報酬確かに受け取るや、やがて風のようにいずこかへと去って行った。


 そしてそこからまさに、ミスリタの隆盛への道も始まったのだった。かの都市はファムとの海洋交易路ついに開くこと適い、ようやく繁栄に向けて揚々と動き出した。元々陸路に重点置くシェムトにおいては造船術発達しなかったこともあり、いつしかその貿易量はライバルに匹敵するようになる。同時に両者の抗争も激しくなり、時には覇権を巡って戦に発展することすらあったが、何にせよまさしく両雄並び立つ新たな時代へと突入したことだけは相違ない。


 一人の名高きブレイカーが、かように西バルディヤの勢力図をガラリと激変させてしまったのだ。


 ……そうしてそれ以後、二つの砂漠都市は如実なまでにお互い火花散らす険悪な仲となり、それが今もなお続いている。よって今宵のようにガナンとアメルダの間がとりわけ剣呑な空気なのも、まさにむべなるかな、としか表現しえないのであった。


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