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25.導火線 ②

 外の闇が大分深まった頃、心落ち着かせる(うるわ)しきハープの調べに乗せ給仕たちが続いて運んで来たのは、いかにも美味そうに焼けた鳥肉だった。むろんいまだ湯気はもうもうと立ち昇り、ふんだんに使用されたスパイスとソースの香ばしい匂いが遠慮なく鼻を突く。何より各自テーブル上に一つずつ置かれたそれは、まさしく今宵のメインディッシュとしての誇り高き佇まいを悠然と見せつけ、いかに客人が舌の肥えた通人だったとしても相当気圧されること疑いないのだ。



 「実に素晴らしい。このように見事なクジャク、儂は見たこともない」


 ――それゆえだろう、西を底にしてコの字に三つあるうち、北側に置かれた長机に取り巻きたちとともに座すその老人が思わず感嘆漏らした時も、それに深くうなずいた者こそ多かれど、逆に否定の表情見せる者など誰一人としていなかったのである。

 むろん、特におべっかを使ったというわけでもなく。


 「ふふ、さすがはジグラト・シティ。度肝抜かれたわ」


 そうして青い長衣身に着けた白髪の眼光鋭き老人、シェムトのガナンは給仕が丁寧に肉切り分けるのを見つめながら、さも満足げに笑み浮かべる……。



 「確かに。いかにゴルディアス殿が食に関心あるのか、明らかに示すというもの」


 対して彼と向かい合う南側の机からは、冷ややかともとれる女性の、それでも一応敬意を表した声が聞こえてきた。見ればそこにいるのは、同じように10人の配下従え緑のコタルディ――上半身がぴったりし、深めの襟ぐりで床近くまであるドレス――纏った、40ほどの年代の黒髪結い上げた女性。相手とは対照的に、給仕が作業していても、こちらはまるで関心がないのかほとんど目もくれない。代わりに彼女――ミスリタのアメルダが睨み据えるのは、どう考えても目の前の老人なのであった。



 そしてそんな絶品の料理を供する宮殿の主、それはもちろん荒野の大胆不敵な僭主にして凄腕のブレイカー、ゴルディアスその人である。背後にエドアルト控えさせ西の卓に座を占める今宵の彼は、布帯巻いた丈長の上衣の上から真っ赤な絹の外套(ミシュラー)纏い、足には爪先反り返った靴を履いている。それはまさしくこの地における第一の正装で、すなわちいかにこの晩餐会が重要なものかを明示して余りあるほど。


 ただの平々凡々な食事会であるはずがないのは、当然衆目の一致するところだったのだから。



 ――聖嶺宮殿における、もっとも多人数収容できる大食堂。


 まずもって天井が高く、面積もやたら広々した広間だ。今はそんな室内に美しい紫のカーペットが敷き詰められ、北と南、燭台並ぶ双方の壁には様々な色彩と意匠で織られたタペストリー、そして肝心の領主の背後、西壁には空を飛ぶワイバーンの迫力ある大絵画が飾られてある。そう、言うまでもなくまさに豪華絢爛な、(ぜい)をどこまでも尽くした宴の場。

 そこに絶品の料理食す者だけで20人以上もいるのだから、どう考えても、これが荒野の町中に存在するとは思えぬえがたき景観であろう。

 そんな食堂内には途切れることなく楽師たちの妙なる演奏が響き続け、そのメロディの間を縫って熟練した給仕やメイドたちがそれぞれの仕事に励み、次から次に豪華な料理が運ばれてくる――まさしくそれだけで絢爛たる絵巻になりそうな、それは目も彩な光景に他ならないのだった。



 「どうだね、アメルダ殿。最近の海の様子は」

 「穏やか、とは言いかねますね。むしろ季節外れに荒れていると言った方が的確かもしれません。私どもも、ファムへの船を出すのになかなか苦労するほどなのですから」

 「なるほど、それは痛手だな……。むろん天候ばかりは、いかに金を積み上げてもどうにもならん。今は治まるのを待つしかあるまい」

 「ええ、ただ天候読みの申すところでは、それももうすぐ――」

 「天候ももちろんそうだが」


 かくて供宴は順調に進み、席に座す全員が料理に舌鼓打つ中ゴルディアスもミスリタの領主アメルダに他愛のない話題持ち掛けたりしたのだが、そこでふいに口を挟んできたのは、それまでずっと黙っていたシェムトのガナンだった。

 彼は肉に当てられていた銀のナイフを卓上にコトンと置くと、ナプキンで口元拭い、そして振り向けた目つきの鋭さをさらに割増しさせる。もちろんその視線の行く先は、対面に座るアメルダだ。

 そのあまりに意味深な言動に、一瞬客も職員も、堂内が冷たく緊迫したのは言うまでもなかった。


 「……ガナン殿。何かあるのですか、私に?」

 「いや、大したことではない。ただ、人の心というのはまるで読めぬと思っただけじゃよ」

 「人の?」


 そうして見てくれの通り相手は老練な語りしてきたものの、しかしミスリタの女傑はただ眉を上げたのみで反応返す。少しも怯んだ素振り見せぬあたり、さすがは大都市の支配者、相当剛胆な心の持ち主のようである。


 「戦など本来望む者はいないはずだが、しかし妙なわざを使った途端、簡単に心変わりしてしまう。そう、例えば相手の憎悪を煽るような……」

 「憎悪、とは?」

 「何、あくまで例え話じゃよ。ある町の特定の相手を殺すことによって、全体を戦争に仕向けようとする、といった。まあ、それくらい人心は気まぐれということか」


 そして老人は皿の横にあったグラスを掴み、中の赤ワインを美味そうに流しこむ。だがその最高級品の持つかぐわしさにも関わらず、彼の眼が燃えるような鋭利さを失うことは決してなかった。


 「おっしゃりたいことは分かりますが、あれはあくまでまだ捜査段階の話。下手人が捕まったわけでもないのでしょう?」

 「フム、儂としてもそう思う。じゃがそれが民衆たちとなると、話は違ってくる。彼らは容易につまらぬ噂に流されるからな。そしてそうなってしまうと、もう誰にも押さえようがない」

 「……まるでもう戦となることが決まったようですね」

 「どうであろうな」


 それはまさしく海千山千同士の腹の探り合い、どちらも相手の真意、企みを得ようと計算巡らしている。その前では、料理の放つ豪華さもたちまち色()せていくというものだ。

 相変わらず楽の音は穏やかに流れているとはいえ。


 はたして両陣営の面々合わせ、堂内の人々は皆これからどうなることかと、そこかしこで密やかに耳そばだてるしか今はやりようがない――。

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