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21.追憶(1) ②

 睡冥郷(すいめいきょう)に咲く花の、

 美しさたるや人外の色

 虚空堂(こくうどう)に置く像の、

 雄々しさたるや百王の観

 なべてことごとく現わすは

 げに年()りし秘匿の舞

 ただし見るとて見られず、聞くとて聞かれず

 ただ闇夜に唄い舞い踊れば、

 ようようにして神髄(しんずい)への狭門開かれん



 老人が朗々たる声でそう歌い上げると、それに合わせ緩やかな白衣纏った二つの小さな姿が、床きしませ大きく旋回した。次いで両手を胸の前で✕字に交差させしばらく待った後、そこから静かに、ただし咲き誇る大輪の花のように、一息に身体ごと腕を天に向けて振り上げる。

 静から動、動から静。生命の安息と躍動を同時に印象深くも表現した、めくるめく一連の流れの中、何とも溌剌(はつらつ)とした動き――。


 「アクセル、少し休もうよ」


 イルゼ祭の主役たる、今年は六人の子供たちで披露される、ミュカの舞。

 その稽古場に使われている村外れにある小屋で、アクセルとレイラの二人は今、古老バルテの指導を受け猛練習している真っ最中だった。

 木床敷かれた小屋の中は踊るに充分広く、端の方で呉座に座るバルテからじっくり見守られつつ、少年たちは先ほどから休むこともほとんどない。とりわけアクセルの一心不乱振りは群を抜き、傍にいたレイラが思わず心配になって声をかけてこなければ、恐らくそのまま疲れて眠るまでずっとやっていそうな勢いなのだった。


 「え? ああ、そう……」


 言われて、初めて少年は舞を止め戸惑ったように答える。その顔には充分汗滴っているというのに、何でもう、とでも聞きたそうな雰囲気だ。

 当然のことながら、レイラが溜息混じりにさらに続けたのは言うまでもなかった。


 「アクセルってば、頑張り過ぎ。そんなんじゃ、かえって本番で力出せなくなるよ?」

 「いや、でもまだ――」

 「もっと練習したい気持ちは分かるんだけど」

 「レイラの言う通り」


 と、ここで呉座の上から革の上衣姿のバルテも口を挟む。痩せぎすで、禿頭に白い眉と白い髭、細い眼をした温厚そうな老人だ。

 彼は二人がこちらを振り向くと、教え諭すように二、三度うなずいてみせた。


 「いくら気持ちが逸っても、身体が追いつかなければ何もものすることできまい。アクセル、特にお前の動きはさっきより大分落ちている。しばらく休憩することだな」

 「そんな、僕はまだできます!」

 「恐らく午前中に稽古終えた他の四人に対して焦っているのだろうが、しょせんお前はお前だ。自分のできることに専念するしかない。それにありがたいことに、レイラも付き合ってくれているのだ、自分ひとりでなく、二人の意見を合わせるということも重要だぞ?」

 「あ……」


 そう言われて、初めてアクセルは自分が一人でないと気づいたように、絶句する。もちろんさすがにそんなはずはないのだが、しかし隣にいる幼馴染みのことを今までほとんど意識していなかったということも、また事実なのではあった。

 知らず恥じ入ったように顔赤らめる少年に、だが老人の声はあくまで優しく、そして温かい。


 「むろん、お前がこんなにも力入れて稽古に励むのは、儂としても非常に嬉しい。まさに教え甲斐があるというもの。……だがそれゆえに、焦り過ぎて身体を壊すなどもっての外なのだ。アクセル、それにレイラもだが、分かってくれるな?」


 そうしてバルテは、穏やかな笑み浮かべ、傍らの床上にあった椀から一口酒を啜るのだった。

 

                  ◇


 「疲れた時には甘いものが一番いいって、母さん言ってたわ」


 練習ひとまず終えた昼下がり、稽古場から自宅へと通じる道すがら、汗を拭いつつレイラは隣を歩く少年へ(ねぎら)うように声をかけてきた。老人から言われたこともあり、ようやくアクセルを家での休憩時間に引っ張っていくこと適った、その途上である。

 ろくに舗装もされていない、剥き出しの土の、狭い道――それでもそこは一応村のメインストリートに当たるため、それなりの整地はなされている。比較的まっすぐでごみなども見当たらない。そして中央広場手前に位置するレイラの家は、この先進めば、まもなくその茅葺(かやぶ)きの屋根が見えてくるはずだった。

 稽古の後には、必ず二人で並んで家路に着く道。かけがえのない、幼馴染み同士だけに許された大切な時間。


 「ふうん」

 「どうせ今日は夜まで特訓するつもりなんでしょ? だったら栄養もとっておかなきゃ」


 そうして相手のどこか落ち込んでいる様子には明らかに勘付いた風ながら、レイラの話は続いた。その態度は、あくまで表面上平静そのものだ。


 「……そうだね。栄養、か」

 「ダルトンさんの所でも、美味しいものは出ると思うけど」

 「うん、むしろご飯は沢山用意し過ぎるくらい。エルナさんも何だかすごく張り切っているみたいで」

 「フフ、二人には子供がいなかったから、アクセルが来てくれて、きっと嬉しいのよ……」


 加えてそう笑み零し、励ますようにアクセルを見つめる。


 「うん、そうかもね……」


 ――対する少年の返した寂しげな声音には、わざと気づかないふりして。



 「あっ」

 「お、何だ、二人で特訓か?」


 と、その時、ちょうど道の向こうからやってきて、二人にそう声を掛けた人物がいた。


 「村長さん、こんにちは」

 「こんにちは」

 「フム、まったくもって偉い偉い。ミュカの舞にそこまで熱入れてくれるとはな」


 彼らの衣装目にし豪快に笑いながらそう宣ったのは、なかなか恰幅の良い、髭も蓄えた50前後の男性である。黒髪の上に赤い丸帽子被り、青色地に銀糸で刺繍施された豪勢な衣服姿。その雰囲気だけでなく、レイラが言ったように彼が村の長なのは、腰に差したその証しとなる長剣を見ても一目瞭然だ。


 「元気はまことあるようだ。――だがその様子だと、今日は夜までやるつもりか?」

 「え? えっと、それは……」

 「ウム、ごまかさんでも良い。特にアクセルは、相当この舞へ思い入れあるようだからな」


 そして一瞬目を細めてから語を継ぐと、村長は黒い眼を今度は少年の方へ鷹揚に向けた。むろん見るからに威厳ある大人の瞳だが、そこにはアクセルを何ら緊張させないほどの温かさが溢れんばかりにこもっている。

 当然赤髪の子供も、それに何ら臆することはなかったのだった。


 「はい、今年は舞に参加できる最後の年ですし、それに、父さんのためにも絶対完璧にやりたいんです」

 「……そうか。メオンもアリシャとともに天国でさぞや喜んでいることだろう、息子がそんな親思いでな。――それにしてもあいつが亡くなってから三ヶ月か、あれは本当に急なことだった」

 「……流行り病です、仕方ありません」

 「今はダルトンの所で暮らしているのだろう? あの男はメオンの友人だったから、お前にも大層良くしてくれるはずだ。だがそれでも、もし生活する上で何か困ったことがあったら、儂始め村の人間にすぐ助けを求めるが良い。ここに住む者はみな、お前の味方なのだから」


 すると村長はそう力強くうなずき、さらに慈愛の籠もった瞳でじっと少年見つめる。はたして当のアクセルが思わずじわっと胸熱くしたくらい、それは思いやりに満ちたもの。そうして彼は在りし日の懐かしい何かを想起するように、しばし沈黙で三人の空間を満たしていった……。


 「――さて、そろそろ儂は行かねば」


 と、そう、ふいに静寂断ち切って再び緩やかに告げるまで。


 あくまで現世に生きる者は現世でできることをやらなければならない、それはそんな固い決意を子供たちに示すような、透徹した口ぶり――。


                  ◇


 「言うまでもなく、明日は朝から祭の一日。お前たちも、しっかり手伝ってくれよ」


 かくて最後にそうにこやかに述べ立ち去った村長の大きな背中見ながら、道の真ん中で、レイラはなぜかしばし一人黙想に沈んでいた。いつも元気な彼女にしてはかなり珍しい様相だ。むろん、さすが少女に比べれば少々鈍感なアクセルであっても、その変化には目ざとく勘付く。

 彼はやや声を控えめに潜めながらも、やはり幼馴染みに訊ねざるをえないのだった。


 「ど、どうしたの、レイラ。考えごと?」

 「え?」

 「何か、ボウっとしているから」


 そう言われて初めて気づいたかのように、レイラはハッと隣の少年の方へ振り向く。そこにあるのは、いつも通りの秋空に映える、鮮緑色した瞳。その顔は、だがどこか哀切な、あまりアクセルの見たことのないものでもあった。


 「べ、別に大したことじゃないけど……」

 「そう」


 しかし相手がそうやってやや俯いてしまうと、問うたはずの彼としても次に何を言えばいいのか分からない。当然、妙に気まずい間が流れる。

 しかしてこれからどうしようかなと、少年はごまかすように周囲を見回したりもしてみたのだが……。


 「――でも、やっぱりこれだけは言わせて」

 「え、何?」


 と、そこで突然少女が面上げたので、アクセルは思わず目を丸くしてしまった。やはり先ほどまでの快活な様子が今は影を潜め、よほど何か言いたいことがあったということなのだろう。

 そんな驚いた顔した少年へ、そうしてレイラは意を決したように、ようやく真摯な声で語り掛けてきたのである。


 「私は、ずっとアクセルの傍にいるから」

 「――え」

 「たとえあんたがひとりぼっちになっても、ね」


 その一瞬、二人の間の時が止まってしまったかのように、今度は不思議な沈黙が降りてきた。レイラは変わらぬ強い意志のこもった眼で、一方アクセルは戸惑ったような、焦ったような顔で。


 草の匂い漂う空気を突き刺し、天から燦々と太陽の光降り注ぐ中。

 そうしてまるで石化したように、しばし幼い二人は見つめ合い……。


 「――レイラ、何しているの、早く帰ってきなさい! おやつが出来たわよっ」


 「……あ、母さんだ! 行こう、アクセル!」

 「あ、うん」


 ――次の瞬間、遠く道の先、レイラの家の前から女性の賑やかしい呼び声がこちらへ向かって聞こえてくるまで、結局それは続いたのであった。


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