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16.再会 ②

 「領主の元に連れていけ、だと!」

 「そう、と言っても別にずっと宮殿で一緒に行動する訳じゃない。要するに何らかの手筈(てはず)みたいなのをつけてくれれば、後はこっちで勝手にやるつもりだから」

 「何ということを!」


 だがその内容にまず激しい反応示したのは、リオースの方だった。アクセルを差し置いて、その身をクロニカ側へぐっと乗り出してさえもいる。むろん本来ならアクセルとクロニカ二人の交渉であり彼の出る幕はないはずだったが、しかし後輩修道士がまだ十代である以上リオースとしても話を聞かないわけにはいかなかった。そこのあたりやはり責任感はひとしなみあるとは言えよう。


 「ど、どんな目的があるとはいえ、君はアクセルを、まだこんな子供をどれだけ危険に(さら)そうと……」

 「だから、彼にはいっさい危害がないように――」

 「誰が信じるか、そんな安請け合い!」


 そしてついにたまらず、実にもっともな台詞まで放つ。クロニカとしてもそう言われるとさすがに一瞬返事に詰まる一言だ。もっとも彼女はすぐさま返す刀で態勢立て直し反論していたのだから、その気の強さにもかなりのものがあると思われるのだった。


 「そりゃそうだろうけど、私だってそれなりに対価は用意するわよ。要求次第では、もっと弾んでもいいくらいだし」

 「対価……報酬のことを言っているのか?」

 「もちろん。それも結構な額よ」


 まさしくどうだと言わんばかり、そう相手が眉吊り上げ自信たっぷりに(のたま)うと、しかしなぜかリオースの方は逆に鼻で笑うような顔をした。明らかにそれを失言と捉えての表情には違いなかった。


 「どうも我々が修道士だということを理解していないようだな」

 「え?」

 「どんな仕事にせよ、修道士がその報酬を頂くことは固く禁じられている。それだと金持ちばかり相手にすることになるからな。これはどこの修道院規則にも必ず載っている鉄の掟だ」


 そうして浮かべたのは、聖職者としてのプライドに満ちた顔。クロニカでさえ、一瞬気圧(けお)されてしまったような。


 「え、そうなの? じゃあアクセルも……」

 「むろん、たとえ治療した相手が領主でも報酬は銅貨一枚貰わない。こればかりはやむをえぬ、そうだな?」

 「……はい」


 そこでふいに話を振られ驚いたのかアクセルはやや小さく返事する。その様子にクロニカはふと若干奇異な感を抱いたものの、しかし今はもっと聞くべきことがあると思い出し慌てて語を継いでいた。


 「そう、なら対価の話は一切なしね。あなたたちのプライドを踏みにじるつもりはないわ……。となると頼み事に関しても」

 「すいません、もちろん受け入れることはできません」


 するとようやく話の主役へ返り咲いたアクセルが静かに語り出す。何とも申し訳なさそうなのがいかにも彼らしい口調である。


 「何より僕は医者。あなたがはっきりゴルディアス様に近づきたい理由を(おっしゃ)らない限り、絶対にあの方の元へ導くことは果たせません。それでは患者を危険に晒す可能性がある」

 「……」

 「それが零だとあなたは証明できるのですか?」


 と、ふと少年はそこで不釣り合いとも取れる実に力のこもった声音に変え、顔つきまでやや厳しくした。報酬の話ももちろんだが、彼にとってはやはりこちらの方が重大な問題なのだろう。むろんそこにはしっかりとした答えを聞かない限り一歩も引かない、そんな強き気概さえある。

 その様に、クロニカが我知らず諦め顔となったのも当然だった。


 「――そこまで言われたら、白旗上げるしかないわね」

 「分かっていただけましたか?」

 「ええ、医術者に患者の元へ案内させようだなんて、私の方が完全に浅はかだった。もう謝るしかないくらい。……今日はもう帰るわ。お仕事中邪魔なんかしてごめんなさい」


 はたしてクロニカはもはやしおらしい態で素直に頭まで下げる。その余りにも鮮やかな豹変ぶりはかえって辛口のリオースをしてたちまち戦意喪失させるに十分過ぎるほどの力持っていた。


 「ウ、ウム、分かればいいんだ。……もう頭を上げてくれ」

 「そうですよ。それに今度はこういった話でなく、普通に遊びに来てくだされば、お茶など用意して大歓迎しますよ。特にリンツとリルカが」


 アクセルの方もそう慰め、そして隣へと目をやる。そこにはもちろん緊張した大人の話が終わりようやく笑顔現わした、金髪の愛くるしい二人組がいた。


 「ね、そうだろ?」

 「うん、クロニカさんまた来てね!」

 「またお菓子を、ってそうじゃないか。とにかくまた遊びに来なよっ」


 当然満面の笑みで声を上げる二人。かようにこのたった数十分で、すでにクロニカに親しみ覚えたのは確実な様子である。

 何よりクロニカの方からして、兄妹を見つめる眼にはもはや隠しようのない(いつく)しみが溢れていたのだから。


 「何、二人して嬉しいこと言ってくれちゃって。それだとまた来ることになるじゃない。もちろんお土産つきで」

 「い、いや。クロニカさん、そういうつもりでは」

 「いいって。喜んでくれるならいくらでも持ってくるわ。……お土産は報酬に当たらないから別に構わないんでしょ?」

 「そ、それはそうですが……」

 「確かに来るのは構わんが」


 かくてつかの間院内に和やかな空気が流れたが、そこでふとリオースがまたもや口を挟んできた。どうにも耳に痛いことを言いたがるタイプのようで、その顔は一人だけやたらと険しい。これにはクロニカのみならずアクセルですらやや腰が引けたらしく、少年はおずおずと先輩に向かって改めて問わざるを得なかった。


 「リ、リオースさん、何か問題でもありましたか?」

 「その服だ」


 対して黒髪の男は一瞬言いにくそうにしてから、まるで告発するように述べる。ただしそう言われてもその場にいる全員まだ意をよく汲むことができず、特にクロニカなどはあからさまなほど眉ひそめたくらいだ。

 もちろん怪訝な顔で質問せざるをえない。


 「え、私の服がどうしたの?」

 「いや、その、だから分かるだろ」

 「……えっと、ごめん、何が?」


 そしてそれはアクセルと兄妹二人も完全に同様の模様で、ひととき室内は妙な空気に包まれる。ただしアクセルに関しては、そう言われればと何かひっかかるものをクロニカに覚え始めていたのだが――。


 「ああ、もう、とにかく露出が多すぎるんだ、その格好では! ここは神聖な修道院なんだぞっ」


 それゆえリオースが我慢ならずとついに重い口を開いた時、ようやくにしてうぶな少年も、目の前の娘がかなり刺激的ないでたちをしていることにハッと気づいてしまったのだった。


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