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12.大宮殿 ④

 アクセルとゴルディアスが二人領主の部屋で語り合っていた、それと同じ頃――。


 「あら、意外と上手じゃない」

 「そ、そうですか?」

 「うん。何か話し方とかからズボラな感じもしたんだけど、やればそれなりにできるってことかしら?」


 西廊下中ほどに面する厨房の一室で、テーブルクロス手にしたクロニカは周りから笑顔混じりに割と失礼なことを言われていた。中にはからかい半分で本当にメイドなのかと聞いてくる娘までいる始末だ。むろんそれらが単なる新入りいじりで皆悪気あってのものでないのは百も承知だが、それでも何の気負いなくこうまっすぐ来られるとかえってイラつきは大きくなる。それゆえ何とかウブな新人というイメージを崩さぬよう、彼女はさっきからできる限り努力を重ねているのだった。


 「本番に強いのかもしれませんね、私」


 そうやって、時折薄っぺらな作り笑顔をふりまきつつ。



 そこは厨房の中の用具室。綺麗に整理整頓された、なかなか広く清潔感も漂う部屋である。東西に横長で、北と南の壁際には長い棚、中央には大きな長机が一つ置かれている。そしてこの部屋に20数名全員集合させられた宮殿のメイドたちは、めいめいが棚から道具を取って予行演習している最中なのだった。もちろんクロニカもその中の一人で、今彼女は机西側端にクロスを広げ、畳み方やら敷き方を色々レクチャーされていたところ。

 何せここの食堂は最大60人は収容可能な広さ、食事のみならずそれに使う道具類も当然膨大な数に及ぶ。本番に向けて決して瑕疵(かし)のなきよう、それらの使い方やしまってある場所を知るなど、いよいよ直前の準備に余念がないのもしごく当たり前のことといえよう――。


 「でもあなたが来てくれて本当助かったわ。今は一番忙しい時だから」


 するとクロニカが行き交う()れ話を適当に聞き流していたそんな中、やはり気軽に話しかけてくる娘があった。同じく隣で白いクロス畳む作業に従事していた、先輩メイドだ。むろん初顔合わせなのにそこまで壁がないのは彼女本来の性格に拠るものだろうが、クロニカはクロニカでなぜか妙に話しかけやすい雰囲気を持っていたのかもしれない。

 その証しに当人のほうも慣れた風で、皆への紹介後副長から仰せつかったここで初めての仕事の手は止めぬまま、何とはなしに答えていたのだから。


 「へえ、今が一番なんですか? そういえば副長さんもどなたか来られるって言ってましたけど……」

 「そうよ。とっても偉い方が、それもお二人も。冗談じゃなく、私たちも絶対失礼がないようにしなくちゃ」

 「げげっ、いいんですか、私なんかがいきなりそんなところへ投入されても?」


 後ろで赤髪束ねそばかす浮かべたクロニカと同年代だと思われる娘は、そんな分かり易く驚いた新入りにいかにも訳知り顔でうなずく。


 「大丈夫大丈夫。新人さんにメインの仕事任せるなんてさすがにありえないから。あなたはとにかく、私たち先輩の言うことを聞いていればいいの」

 「は、はあ……」

 「まあ仕事はキツいかもしれないけど、その分給料はいいから、頑張りなさいよ」


 まさに上から目線だが、確かに一般庶民の賃金に比べればはるかにここの羽振りは良いのだろう。その表情に隠しようのない優越感やプライドが明々と漏れ出しているもまた事実だった。

 はたしてその額が頭に浮かんだか、対して新人の方はあからさまに頑張りますといった態だ。


 「ハイっ。早く私も一人前になります!」

 「フフ、えらく気合入っているけど、そんなに最初から飛ばして明日いきなりバテたりしないでね?」

 「いえ、これでも体力だけには結構自信が――」

 「クロニカさん」


 ――だが、そんなやる気に満ちた気概も、次の瞬間たちまちにして消え失せることとなった。

 クロニカの真横から、あの副長が近づき険のある声でつと横槍を入れてきたのだ。相変わらず表情の方も厳しめである。当然それを見た隣の娘がすばやく素知らぬ顔で自らの仕事へ戻ったのは言うまでもない。

 いずれにせよそれが本来のものかあるいは相手がクロニカだからかは知らないが、そんな痩せぎすで黒髪の女性が彼女の一番苦手とするタイプであることには、何一つ異論などないのだった。


 「あ、これは副長さん。何か御用で?」

 「何か御用じゃありません。まったく、さっきから本当喋り過ぎよ、あなた。仕事のはかどり具合はまあまあだけど、ちょっと目に余るほどね」


 当然思わずややうろたえた様相となってしまったクロニカにも、メイド副長は容赦なく小言を継いでくる。


 「綺麗な顔している割に性格は大雑把と思っていたけれど、どうやら予想通りだったようね。いったいどこで育ったのかしら? とにかくその様子では二日後のディナーになんか出られるはずないわ」

 「あ、ではその日は休みということで……」

 「何言っているの、今日からあなただけみっちりと特別訓練よ。一流のメイドへ近づけるために」

 「げっ」


 そしてとどめの一撃とばかりの厳命。それを聞いた瞬間、当のクロニカばかりでなく周りのメイドたちまで一斉に顔を青くしたほどだ。


 「と、と、特別……」

 「当然寝るのも惜しんで必死にやるのよ。私もつきっきりだから」

 「いや、さすがにそれは――」


 と、必死に抗議しようとする相手の声も、もちろん届くことなどない。

 かくてきつめの一言をその場に残し、怖々とした視線の群れの中副長はスタスタ部屋の奥へと立ち去ってしまったのだから……。


 「じゃあ今はその仕事を続けること。ほら、手が止まっているわよ、さぼらない!」 


 「えらく大変なことになったわね」


 一陣の突風のごとくだった副長が大分遠くへ去ると、ようやく赤毛の娘がクロニカに声をかけてきた。しばし呆然としていた件の新人が振り返ると、どうにも気の毒そうな顔がじっと視線向けている。どうやら彼女にとっても、その突如課せられた試練は相当骨折りするものと見えたようだ。

 そしてクロニカは、そんな先輩の表情より自分がいかに緊急事態へ陥ったかをさらに強烈なレベルで痛感したのだった。


 (こいつはまずい。いくらなんでも予想外過ぎる……。仕事なんか適当にこなして、途中偵察に抜け出そうなんて思ってたんだけど、そうも言っていられなくなった。ていうか、それ以前に特別訓練なんてありえない!)


 「でもまあ、副長あれで相当な切れ者だから、あなた、逆に見込まれたってことかしら?」


 かくて心の内で何とも不埒(ふらち)なことを考え出していた相手へ、加えて娘は慰めるように続ける。


 「あの人のしごきにさえ耐えられたら、もう立派なエリートメイドコース確定よ。凄いってことか……、ってねえ、クロニカ、聞いてる?」


 だが、対するクロニカは依然黙想の中……。


 (こうなったらもう、計画を急いで変更するしか。ロビーともすぐ相談して――)


 「ねえ、ちょっと、クロニカ!」

 「え? あ、はいっ」


 と、痺れを切らした先輩の一声に、黒髪の娘は突如として我に返った。その表情はまさにハトが豆鉄砲的なあれ、眼も思わずパチクリさせてしまったほどだ。

 当然ながら相手は目を三角にしている。


 「もう、せっかく心配してあげているのにボンヤリしちゃって! そんなだとまた怒られちゃうわよっ」

 「す、すいません……」

 「とにかくチャンスなのは確実なんだから、絶対にやらないと後――」

 

 ――しかし、せっかく勢いづいた娘のその先は、結局続くことがなかった。


 「あ、まずい……」


 彼女自身が何かに気づき、突如口を閉ざしたのだ。緊張感溢れる面と合わせ、それは対面するクロニカまでビクッとしたほどのいかにも何かありげな豹変ぶり――知らずクロニカは訝しげに声を掛けざるをえない。


 「どうかしました?」

 「しっ、余計な口開かないっ」


 だが相手は自分の口前に人差し指を立て、慌てて新人を制止する。そしてその視線は、再び何かを見かけたとおぼしき、用具室から調理場へ抜ける入口――それは北の壁左端、すなわちクロニカの真後ろにある――へと向けられたのだった。

 そしてそのまま姿勢を慌てて正し、顔まで真面目きわまるそれへと急変させる――。

 その時クロニカは気づいた。さっきまであんなに賑やかだった室内が、いつの間にか急に静まり返っていることに。しかも、怪訝になって周りを見回せば、隣の赤毛の娘のみならず全員が全員、むろんメイド長及び副長も含め、ビシッと直立しているのだ。

 明らかに、今までとは異質な空気が部屋を支配していた。

 そして言うまでもなく、それをもたらした元凶がいるのは、赤毛の娘、いやメイド皆がしかと見つめる入口の方……。

 唐突に(みなぎ)りゆく緊張感。

 クロニカも、遅ればせながら慌ててそちらを振り向く。


 ――そして。


 「皆、ご苦労」


 その若い男は、キザな笑み零し、軽やかに口を開いたのだった。

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