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5話 うるさい目覚め


「ルクリア!」

うるさ。


「ルクリアぁ!いったいなぜ!!」

うるせー


「ああ、私の愛しいルクリア…!」

「触れてはなりません!」

なんだよ。

人が寝ているのにギャアギャアと…


「病が移るなど!私は構わない!」

「陛下!あなたが病に臥せってしまっては誰がこの国を動かすのです!」

陛下…?


「ルクリア!」

目を開けると20代半ばくらいの男が泣きそうな顔で私に覆いかぶさってきた。


「ぅ゛」


「良かった、目を覚まして…ああ!私の祈りが天に通じたのだな!」

うるさいのはこの男か…


「陛下!少し離れて…」

こっちはいかにもな眼鏡と白衣。医者っぽい。


体を起き上げると

少し離れた椅子に座っているのは…皇后。

冷めきった呆れ顔の皇后と目が合った。

ああ、私、まだ生きてる。

あの女の体の中にいる。


「ですから陛下!離れてください!

 ルクリア様の様子を診れないとどうなっても知りませんよ!」

医者の怒鳴り声でやっと身を引いたものの

涙目で心配そうに私をのぞき込んでいる。


医者は袖をまくったり首を触ったりして

「お体はどうですか?

 痛いところは…」

と聞いてくる。


顔の熱さはもう引いた。

唯一確認できる手にもあの時のような赤い部分はなく、白くて綺麗だった。

頭痛は少しだけある…が

それをどんなふうに喋っていいのか分からない。

「もう平気ですわ!」って言ったら絶対変だよね。

分かんないんだよ。貴族言葉なんて。

助けを求めて、医者の肩越しに皇后をじっと見た。


皇后は涙目のうるさい男と医者が見ていないのを確認すると

唇に人差し指をあてる。

黙っていなさい、ってことね。


はあ。

いっちょ演技でもしますか。

ふいっと顔を背けて返事はしたくないオーラと無表情。


「ルクリア…?」

うるさいな…この男は…


無視していても、何か言ってくれ!ルクリア!とずっとわめいて

頭に響いてどんどん頭痛がひどくなりそうだ。

思わず額に手を当てた。


「皇帝陛下。」

場を鎮める落ち着いた声。

どこかに少し怒りを感じるような、冷たい皇后の声。


「陛下は少し冷静になったほうが良さそうですね。」

皇后は立ち上がる。

皇帝陛下…このうるさい男が皇帝かよ。

ってことは、この皇后の旦那かあ。

はあ…


「ダリア!お前はこのようになったルクリアを見て何も感じないのか!」

「はあ…。

 感情にまかせて声を荒げていては、グラティッシマ嬢に危害を加えた者たちの思う壺です。」

「だからといって、心配もしないとは…。」

皇帝の言葉を無視してコツコツと靴音を立てながら

ぐるりと足元からベッドを回って、私のそばにやってきた。

右手側に皇后、左手側に皇帝と医者。


「グラティッシマ嬢。顔色が優れないようね。

 我々は一度部屋を出ましょうか。」

こくんと弱弱しくみえるように頷いた。

皇帝を追い出してくれ…、頭に響く…


「ルクリア…!」

お前が一番出てってほしいんやぞ、皇帝。


皇后を見上げて間近で見ると、疲れきっているのが手に取るように分かる。

あの後の対応で忙しかったのだろう。

誰かに気付かれたらどうしようか、という心労もあるに違いない。

あと皇帝。


皇后と目が合った。


「ゆっくりとお休みなさい。

 必要なものがあれば、わたくしが用意しましょう。」


さげすむような眼差し。

上辺だけの心配。

これは私に向けられた表情ではない、この体にいた前の魂に向けられたものだ。


この眼差しに、何か、皇后が募らせた感情の片鱗を見た。

悪魔の魂に乗り替わったと頭では分かっていたとしても、

この体にいたその女を感じると抑えきれないほど憎らしさが湧くのだろう。

嫌い、気に入らないそんな生易しいものではない…


そんな皇后の目線に耐えられず、私はすぅっと目線を切った。


コホンっと場を変える医者の咳払い。


「それでは、お(いとま)いたしまして、またしばらくしたら伺います。

 少しでも体調が優れませんでしたらお呼びください。」

医者はすぐにでも立ち去ってくれそうだ。


しかし皇帝は名残惜しそうに粘っていて、

皇后も促すが動く気はない。


皇后と私を二人っきりにするまいとしているのか。

ただ私に一番近い人物は俺だと言いたいのか。

皇后が残ろうとしていると、この皇帝も動かなさそうだ。


私と同じことを皇后も思ったのか、

皇帝には気づかれないくらいの小さなため息と刺さんばかりの蔑みの目線で一瞬で溜飲を下げ

すっと立ち去ろうとする。


いやいや!

あなたがいなくなったら、私は今後どうしたらいいのよ!!

とっさに私は皇后の袖を掴んで引き留めた。


袖を掴まれた皇后は目を丸くしてこちらを見ている。


「ルクリア…!何があったのだ、皇后ではなく私が聞くぞ、」

「はぁ…陛下。女には女にしか分からぬこともあるのです。」

うわあ、この夫婦バッチバチだ…


結局皇帝が推し負けて、しょんぼりと出て行った。


「はあ…

 ありがとうございます。

 わたくしを引き留めてくださって助かりました。」


私も皇后が皇帝を追い出してくれて助かったよ。

二人きりになり、同時に深くため息をこぼすと謎に一体感が生まれた。


皇后の表情も心なしか緩まっているようだ。

あの馬鹿っぽい皇帝の前ではいつも気を張っているのだろう。


少し温まった雰囲気に、私の緊張も緩まりかけたが

私の顔をまじまじと見つめる皇后の目の奥には

先ほど見えた冷たい刃物のような憎しみがまたチラついていて

ああ、私も悪魔として気を引き締めなければ…

と口をきゅっと結んだ。


「契約の前に、聞きたいことがある。」


皇后の事情がどうであろうが同情はナシだ。

私は私が置かれたこの状況をなんとかしなきゃ。


「ええ、なんなりと。」

「この体の娘についてだ。」

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