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子守地蔵

俺は今、嬉しい上に焦っていた。


隣を歩くのは海。

俺は例の携帯虫取網を、海は市販の伸縮網を手に、二人並んで林へと向かっていた。




今朝、俺は出掛けるつもりなどなかったが、ふと朝日が浴びたくなって玄関を出た。

すると、彼女が居た。昨日みたいに。虫取網と虫かごを持って。



(平助、今日は虫取に行こうぜ。良いポイント知ってるから)


(いや、ごめん、今日は宿題を進めようかなと)


(じゃ、尚更だな。自由研究にもなるし)


(自由研究に虫取?)


(アゲハチョウ。理科で習うだろ?)


(まぁ、そうだけどさ)


(よし、決まりだな)



それから急いで支度して今に至る。


やれやれ…。まぁ、嬉しいけどね。






「着いた」



海が立ち止まって言う。

彼女の視線に目をやると、青々とした雑木林が青空の下に広がっていた。

そよ風で時折木立が揺れ、カサカサと葉が鳴る。


その林からそう遠く無いところに、何らかの人工的な樹木群が見える。

確かあれはミカン畑だったような。

あの地図、持ってくれば良かった。



「アゲハチョウなら、ほら、あっちのミカン畑でタマゴが見付かる。今の季節なら直ぐに見付かるだろう」


次に彼女は雑木林を指差して言った。



「そして、私のお目当てはあっちだ。実は昨夜遅くにカブトムシやクワガタ用の罠を仕掛けてるんだ」


「罠?」


「ああ、まぁ、焼酎や砂糖で発酵させたバナナを木に吊るしておいただけだけどな」



雑木林に向かってしばらく歩いていると、さっきは茂みで見えなかったところに小川が現れた。

小さな壊れかけの木の橋が架かっているのを除けばほぼ手付かずの自然のままのようにも見える。



「この川の水、すごい綺麗だろ?」


「うん」


「この時期の夕方から朝方にかけて野生のホタルがこの辺を飛び回るんだ」


「ああ、綺麗な川にしか居ないって言うもんね」


「今日帰り際に見ていかないか?」


「今日?」


「ああ。あ、もしかして用事とかあった?」


「いや、あんまり遅くなりすぎたら、じいちゃん心配するかもなって」


「なるほどな…。まぁ、じゃ、また今度かな」



会話を交わしながら足を進めていると、雑木林はもう目と鼻の先というところに着いた。

木漏れ日が古く苔むした敷石を照らしている。

恐らくは先程の小川のようにこの雑木林も全くの手付かずという訳ではないのだろう。



「平助」



海が呼ぶ。



「ほら、このお地蔵様に平助も詣っといて」



彼女の示す方に目をやると、そこには小さなお地蔵様があった。

左手に竹の杖を持ち、もう片手で小さな子どもと手を繋いでいる。

そして、目には涙を浮かべているようにも見えた。



「これは…?」


「“子守地蔵”って言うんだ」



海が静かに語り始めた。



「昔、この辺はこんな雑木林もさっきのような小川も無い、ただ荒涼とした荒野だった。


ここには大人や子どもと色々な世帯が村を成して住んでたんだけど、荒野なのもあって多くの子ども達が栄養失調や病気にかかって亡くなっていったんだ。


ある日、一人のお坊さんがこの辺を通りかかり、村の現状の嘆いた。

そのお坊さんは修行中で、自分の力では何も出来ない事を痛感していた。だから、この村に住み着いて毎日のように仏様に祈っていた。


自分だけ良い食事を摂るわけにはいかないからって、村人達が分けた数少ない食料には一切手を付けず、代わりに子ども達に分け与えていた。

そして、みるみると衰弱していった。



ある日、お坊さんは死期を悟った。

片手に竹杖を持ってこの地を訪れ、ある場所に竹杖を突き刺し、その根元に横たわり息絶えた。


次の瞬間、その竹杖はあり得ない速さで根を張って空高く成長し、その周囲からは更に沢山の木が生え始め、亡くなったはずのお坊さんの目からは涙が流れだし、あの小川になった。

お坊さんはその後埋葬されたけど、何故か小川の流れは止まらなかった。


豊かな緑と水に恵まれたこの地は食料に困ることもなくなり、多くの村人、特に子ども達が救われた。


村人達はお坊さんに感謝し、このお地蔵様をここに安置した」


「じゃあ、笹水って地名も…」


「そう、この話から来てるんだ」


「なるほどねぇ」


「あくまで伝説だって言われてるけど、このお地蔵様が残ってるのを見る限り、本当にあった話なんだろうな。因みにその竹杖が成長した“一本竹”ってのが今でも残ってるんだ。見に行くか?虫取ついでに」


「うん」



俺は学校の授業の中でも歴史が特に好きなんだ。

こういう話はやっぱりワクワクする。


海と一緒にお地蔵様に詣り、俺達は雑木林の奥へと進んだ。

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